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巨大な車輪でミューオンを捉える 2007.12.6 |
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〜 完成間近な世界最大の測定器 〜 |
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スイスのジュネーブ郊外のCERN研究所の地下約100mに、7階建てのビルがすっぽりと収まるほどの巨大な空間があります。その巨大な空間を埋め尽くすように、世界最大の実験装置、アトラス測定器の建設が進められています。世界の35カ国、約1600名の研究者が参加するこの測定器の設計と建設に、日本の研究者は実験グループ発足当初から積極的に関与してきました。13年におよぶ建設作業がいよいよ最後の大詰めを迎えています。 直径25メートルの「車輪」 全長44メートル、高さ25メートル、重量7000トンのアトラス測定器は、まさに世界最大の実験装置です。日本からはKEK、東京大学、神戸大学、首都大学東京、信州大学、岡山大学、筑波大学、大阪大学、名古屋大学など15の機関から約60名の研究者が参加して、主に3種類の装置の建設を担当してきました。 その中の一つ、ミューオントリガーシステムは、円筒形のアトラス測定器にふたをするような形で、測定器の中心で発生する素粒子反応から生まれて飛び出してくる粒子、ミューオンを捉えます。ミューオンは電子の仲間の素粒子の一種ですが、他の粒子と比べて物質透過力が強いので、内側にある他の検出器を通過した後の一番最後の検出器で捉えます。 このため、ミューオントリガーシステムはアトラス測定器の中でも最大の面積をカバーする必要があり、円筒形のふたをする部分は直径25メートルの巨大な車輪(ビッグホイール)の形をしています。学校のプール1個分ほどの大きさの巨大な車輪が地下の空間を埋め尽くす様は、人間の五感を狂わせてしまうような光景です(図1)。 巨大で繊細な装置 アトラス測定器は、これまでの記事でも何度かご紹介してきましたが、CERN研究所で建設中のLHCという世界最大の加速器で行われる実験の一つで、陽子と陽子を正面衝突させた時の素粒子反応を調べます。LHCの加速器が発生させる陽子と陽子の衝突エネルギーは14兆電子ボルトで、これは現在最も高いエネルギーで稼動しているテバトロン加速器(米国シカゴ近郊)の約7倍のエネルギーに相当し、来年初夏から実験が開始される予定です。 質量の謎を握るヒッグス粒子の探索や、超対称性理論の検証など、素粒子物理研究者が待ちに待った実験がいよいよスタートします。 高エネルギーのミューオンを正確に捉えることはヒッグス粒子や超対称性粒子の探索に非常に有効な手段となります。ビッグホイールは、衝突反応が起こってから100万分の2秒という短い時間のうちにこの鍵となるミューオンを捜しだす装置です。巨大なだけではなく、ミューオンが残す微弱な信号を捕らえる繊細な装置でもあるのです。 ビッグホイールの組立 それぞれのビッグホイールは、12個の扇形(セクター)からできています。各セクターは畳ほどの大きさの台形のTGCチェンバーと呼ばれる検出器を2台あるいは3台の組(ユニット)にして、そのユニットを18組ないし22組ならべて組み立てます(図2)。日本のグループは2000年から5年間かけて約1200台のTGCチェンバーを量産しました。 完成したTGCチェンバーはKEKから神戸大学に送られ、宇宙線を使った性能試験を行った後、空調付きコンテナにパックされて、神戸港からインド洋経由でCERN研究所に送られました。CERN研究所では届いたTGCチェンバーを地上でセクターに組み立て、信号ケーブルの接続確認、電子回路機器の動作確認、検出器用のガス配管の確認などがおこなわれました。 ビッグホイールは全部で6面。それを作るには72台のセクターが必要です。2年と4ヶ月をかけ今年6月に全数のセクターが完成しました。図3はその時の記念式典の様子です。赤いひな壇の後ろには地下での組み上げを待つセクターが見えています。 地上で作られたセクターはクレーンで地下100メートルの実験ホールに1台ずつ降ろされ、ビッグホイールを組み上げていきます。まず時計の1時の方向のセクターから取り付けて、時計回りに順次取り付けてゆきます。最後に12時のセクターを取り付けます(図4)。出来上がったビッグホイールを広角カメラで撮った写真が図5です。 アトラス測定器は円筒形をしていますが、その両端にビッグホイールが3面ずつ配置されます。そのうちの衝突点に近いビッグホイールの直径は約23mで、外側の2面のものが約25mです。図5の写真は直径23mのもので、まだ壁まで余裕がありますが、25mのものは壁ぎりぎりまで占拠します。図では遠方から見ているので分かりませんが、近づいてよく見ると信号ケーブル類やガス配管が複雑に走りまわっています。図6は一番外側のビッグホイールの電子回路機器のまわりを拡大して見たもので、配線がいかに込み入っているかお分かりでしょう。 宇宙線による動作確認試験 地下のアトラス測定器は、組立作業と平行して、それぞれの検出器の動作確認や調整も進められています。宇宙線は地下にも飛び込んでくるので、検出器の確認や調整には最も有用な粒子です。図7はTGCでトリガーした宇宙線のイベントの様子です。下側の図がアトラス測定器を横から見たもので、左の水色がTGCのビッグホイールです。この図ではビッグホイールが最終位置に描かれていますが、この宇宙線を取った試験時には左の壁側に位置していたため中央部の飛跡とずれているように見えています。 その後の実験ホール 今年はTGCビッグホイールの他にも、地下実験ホールでは大型の装置の組み込みがありました。そのうちの最も大きなものはエンドキャップ・トロイドマグネットです。図8はその超電導磁石がアトラス実験ホールに下ろされたときの写真です。現在、この電磁石の励磁試験が行われています。その後の大物はスモールホイールと呼ばれる円盤で、TGCも含め、ミューオンの位置を精度良く検出するための装置が一体となった検出器です。ただしスモールといっても直径は9m以上あります。またビッグホイールを組み立てる際に使った壁面にはミューオンの位置を精度良く検出するための装置の取り付けが進んでいます。 来年の4月にはビーム回りの全後方シールドの取り付けが完了し、いよいよLHC加速器からのビームを待つことになります。
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