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偉容を現した巨人 2006.8.10 |
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〜 ATLASミューオントリガー現状 〜 |
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ギリシャ神話の「アトラス」はティタン神族という巨人の一人で、この世界の天空を一人で支えている怪力の持ち主とされています。スイスのジュネーブ郊外で建設中のLHC計画の4つの実験のうちのひとつ、ATLAS実験グループの測定器は重さ約7000トン、長さが約43m、読み出し電子回路のチャンネル数が1億5千万という、世界最大規模の実験装置です。 質量の謎を握るヒッグス粒子の探索や、我々の世界を形作る素粒子の種類が一挙に倍に増えてしまう可能性を秘めた超対称性理論の検証など、素粒子物理学者の期待を一身に担った実験がいよいよ来年からスタートします。日本の研究者も密接に関わっているATLAS測定器のミューオントリガーシステムの建設の様子についてご紹介しましょう。 水に浮かぶ「巨人」 LHC計画では陽子を時計回りと反時計回りにそれぞれ7兆電子ボルトまで加速して正面衝突させます。このような衝突実験の測定器では粒子の飛跡やその曲がり具合を測定したり、カロリメータと呼ばれる検出器で粒子のエネルギーを測定します。しかしミュー粒子(ミューオン)という粒子は透過力が強いので、カロリメータの外側でもう一度、磁場中の飛跡を測定します。このためミュー粒子をとらえるシステムは測定器の一番外側を覆っています。 ATLAS測定器の特徴の1つは、このミューオンをつかまえるためのシステムとして、空芯の電磁石コイルを使っていることです。コイルの内側と外側をすっぽり覆い隠すように作られる検出器の1つがミューオントリガーシステムで、日本とイスラエルが分担して製作にあたっています。この空芯の電磁石コイルは巨大なので、もし、全体を丈夫なビニールシートなどですっぽりと密閉したとすると、7000トンもあるATLAS測定器がプカプカと水に浮かんでしまう計算になります。 ヒッグス粒子の動かぬ証拠 ヒッグス粒子とは、いろいろな粒子に質量を与える起源の粒子としてその存在が予言されていますが、まだ見つかっていません。LHC加速器でヒッグス粒子を生成させることができるのではないかと期待されていますが、陽子と陽子をぶつける衝突実験では、その他にも様々な粒子が同時に出てくるので、ヒッグス粒子生成の動かぬ証拠をとらえるためには、何種類かの典型的なパターンに崩壊した時の様子をとらえる必要があります。その中でもヒッグス粒子がミュー粒子に崩壊するパターンは、他の事象と見分けることが比較的容易なので、きわめて重要なものです。 LHC加速器では1秒間に10億回の頻度で衝突現象が起こるので、処理が可能になる程度にまでデータ量を選択する必要があります。ミュー粒子を検出するシステムのうち、日本などが参加しているシンギャップチェンバー(TGC)という検出器の32万チャンネルの読み出し信号を処理するための高速トリガー電子回路の開発もKEKや日本の大学グループにより順調に進められました。 データ選択の判断は、合計8種類の専用電子回路で行われます。32万チャンネルあるTGCからのデータを読み出し、専用回路によりミュー粒子であるかどうかの判定を行います。このうち4つの回路はASIC(Application Specific Integrated Circuit)というフルカスタムメイドのICで構成されます(図3)。信号の伝送時間などを除く回路そのものの決断時間が10億分の850秒以内になるように設計、製作されています。また、これらの回路は実験中、中性子やガンマ線などの非常に強い放射線環境下に設置されるため、研究者らが自ら放射線テストを行い、十分放射線に耐えることを確認しました。 巨大な扇型 TGCはATLAS検出器の両端(エンドキャップ)に合計6面の大きな円盤(これをビッグウィールと言います)として設置されます。各3面に合計7層ずつのTGCが配置され、ミュー粒子の飛跡がこれら7層に残した情報を元に事象選択の判定を行います。 円盤を12分割した扇形のフレーム(これをセクターと呼びます)に、1台約2平方メートルの台形をしたユニットを順次設置します。図4はユニットが取り付けられた後のセクターの写真です。1つのセクターあたり、18台または22台のユニットが取り付けられます。円盤の総面積は約2700m2あり、全てを覆うのに1488ユニットが設置されます。 ユニットは1枚が80kg近くあり、とても人の手では持ち上げる事が出来ません。そのため、特別な吊り具を作成し、クレーンを用いて吊り上げてセクターに取り付けます。ユニットは取り付けられる場所により様々な角度に傾けて取り付けなければならないため、吊り具は中心で回転出来るよう製作されました。 エレクトロニクスの接続やガスの流入、高電圧の印加テストなど様々なチェックを行った後に、地下100mの実験ホールに移され円盤状に組み上げられます。 2006年7月3日に最初のセクターが実験ホールに移動しました(図5)。移動にはタイヤが40個も付いた台車上にセクターを載せてトラックで牽引し、移動中は極力振動を与えないよう非常にゆっくり(時速10km以下)で輸送されました。地上から20分かけて地下100mの実験ホールに降ろされたセクターは、壁に一時的に固定され、そこから徐々に円盤状に組み上げられます(図6)。8月1日までに合計4枚のセクターが地下に降ろされ壁に固定されました。今後2006年末までに全体の半分にあたるエンドキャップ片側全3面のビッグウィールが組み込まれ、宇宙線を用いた動作テストを行う予定です。 国際色豊かな作業現場 CERNには様々な国の研究者が集まって来るので、セクターへの取り付け作業は、非常に国際色豊かな現場となっています。現在、日本グループの他に、イスラエルや中国、さらにはパキスタンなどからの方たちがTGCシステムの建設作業に加わっています(図7)。彼らとのコミュニケーションは英語でなされ、現場では常に活発な議論が繰り返されています。また、作業がひと段落した時には皆でパーティーやバーベキューなどをしたりして、より信頼関係を深めるという事も行われています。 今後2007年夏までに全ての検出器が組み込まれ、ビームパイプを閉じた後の秋からいよいよ試運転の開始となります。3ヶ月かけて陽子ビームや検出器の調整を行い、冬の実験開始を目指します。今まさに夜明けが目前に近付いて来ました。長い間夢見た瞬間に向かって、研究者の努力と挑戦が続きます! (杉本拓也 著)
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