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国際協力の現場で 2009.7.23 |
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〜 LHC/アトラス実験で活躍する日本人 〜 |
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6月26日、「平成21年度科学技術の振興に関する年次報告」、いわゆる「科学技術白書」が国会で報告されました。今年度の白書では、昨年の4名の日本人科学者ノーベル賞受賞という快挙について「日本の研究開発力の高さを世界に示すもの」と冒頭に挙げ、100年に1度の経済危機を迎え、世界が直面している「大転換期」を、ノーベル賞受賞に象徴されるような日本の高い研究開発力を活かしたイノベーションの創出によって乗り越えていかなければいけない、としています。特に、研究開発における国際競争力の維持・強化を図ることが重視されていて、日本の研究水準を維持・向上するためには研究者が国内外で様々な研究の場を経験することが大切、と強調されています。 素粒子物理学の分野で世界最大の実験として注目されているLHC計画と、その一つのアトラス実験グループで活躍している日本人研究者の仕事についてご紹介しましょう。 世界に認められた日本の技術力 高エネルギー物理研究分野は、その実験道具である「加速器」がどんどん大型化したことから、国際協力で研究開発が行われることが通例となっています。国内外の研究者の交流も頻繁で、KEKが昨年度に受入れた外国人研究者数は1100名超。海外に長期滞在して研究に勤しむ研究者も数多く、この分野における日本人研究者の国際的な存在感はすっかり確立されていると言ってもよいでしょう。 この分野で現在進んでいる大型国際協力プロジェクトの代表格が、LHC計画(図1)とアトラス(ATLAS)実験です。アトラスは、昨年9月にCERNが完成させた世界最大の円形加速器大型ハドロンコライダー(LHC)の測定器のひとつで、世界中からの4000名を超える研究者たちの実験グループの名前にもなっています。ヒッグス粒子の発見や超対称性粒子などの新しい物理の発見が期待されています。のべ200名を超える日本人研究者が計画に関わっていて、現在も30名ほどの研究者がスイス・ジュネーブ郊外のCERN研究所に長期滞在しています。 日本が正式にLHCプロジェクトに参加したのは1995年。当時の与謝野馨文部大臣がCERN理事会に出席し、ヨーロッパ以外の地域としていち早く建設協力を宣言しました(図2)。それ以前はCERNの加盟国の企業に限られていた入札も、加盟国以外からの参加が可能になり、LHC建設に日本企業の技術力が活かされる道が拓けました。そこで技術力が高く評価された日本企業は、その後、日本以外の国が担当する実験装置の部品も手掛けることになり、最終的な受注額は日本政府の総出資額を超える規模となりました。 「LHCプロジェクトのような超大型計画では、従来のボトムアップのみでは大規模な協力参加は難しく、幸い日本政府によるトップダウンの財政的後押しがあったおかげで、研究がスムーズに運ぶようになりました」と、前アトラス日本グループ共同代表者の近藤敬比古KEK名誉教授(図3)は語ります。その後、日本に引き続き、インド・ロシア・カナダ・アメリカが参加して、LHCはヨーロッパが主導する全世界的プロジェクトとなったのです。 直径25メートルの「大車輪」 アトラス測定器は、大きく分けて、「インナー・ディテクター」、「カロリメータ」、「ミューオン検出器」から構成されています(図4)。日本の研究者グループが担当した主要部分のひとつが、ミューオン検出器のTGCと呼ばれるガス検出器の開発と製作です。 「ミューオン」とは、物質を構成する最小単位「素粒子」の一つ。LHC加速器で人工的に作り出されます。ミューオンは物質の透過力が極めて高く、かなり厚い壁も貫通するという性質を持っているため、アトラス内部の検出器は全てすり抜けてしまいます。ミューオン検出器は、ミューオンを捉え、運動量を精密に測定する検出器。アトラス測定器の一番外側に設置されている、「ビッグホイール(大きな車輪)」というニックネームがついていることが納得できる巨大な平たい傘状の物体です(図5)。 イスラエルと日本が共同で製作したTGCは、9層のホイールで構成されていて、大きいものは直径約25メートル。合計3,588台のワイヤーチェンバーと呼ばれる、ミューオンがチェンバーを通過した際に生ずる電気信号を捕らえる装置が、傘型に組上げられています(図6)。信号の読み出し機構は約32万チャンネル。「それらの読み出し信号を処理する電子回路システムは、日本グループが設計から製作まで担当しました。32万チャンネル全て、手作業でつないだんですよ」と、アトラス実験グループの佐々木修KEK准教授(図7)。想像を絶する作業です。 停止期間を利用して徹底的にメンテナンス 昨年9月10日に世界中の注目を集めて「ファーストビーム」イベントを行い稼働したLHCは、そのわずか9日後にヘリウム漏れ事故により停止しました。現在、復旧に向けて修理作業が行われています。加速器が停止している間は当然のことながらアトラスが捉えたいミューオンが作り出されない、ということになります。では、各実験グループは復旧を待つ間、何をしているのでしょうか? 「確かに、ヘリウム漏れは残念な事故でした。でも一方で、ファーストビームまでのスケジュールは実験グループにとって非常にタイトであったことも事実です」と佐々木氏。ミューオンは加速器で人工的に作り出す以外に、自然界にも存在します。実験グループは、不具合が発生した後、ビームの代わりに宇宙から降ってくるミューオンを利用して測定器の試験を行いました。約1ヶ月間半の間に 2万2千件ものデータを記録。 「ファーストビームで得られたデータと、その後の宇宙線からのデータの解析結果から、50数カ所のケーブル接続に不具合が見つかりました」(佐々木氏)。実験が始まった後に見つかるこれらの接続ミスは、コンピュータープログラムで調整することが可能です。32万ヶ所の中の50ヶ所の接続不具合は、この種の実験における規模を考えれば比較的高い精度と言えます。しかし、このまま測定をしていれば、重要な素粒子反応を取りこぼしてしまうおそれが無いと言い切ることはできません。そこで、この停止期間を利用して、アトラス測定器を解体し、心配される箇所を徹底的に見直すことにしました。 地道なメンテナンス作業 10月半ばに、メンテナンスするために、アトラスを「開ける」作業を開始。このために必要となるのが、ケーブルを抜く作業です。ホイール間を走っている約1,000本のうち800本を抜く必要があります。これには、6人の研究者が2日間がかりで作業にあたりました。ケーブルを抜いたら、メンテナンス用の位置にTGCを動かします。 TGCは高価で巨大な精密機械。作業は慎重に行わなければいけません。毎分10センチという緩やかな速度で、様々な方向から 10名を超える研究者が監視しながら移動。不具合があったと思われる箇所のファイバー交換作業を行いました。この作業も容易ではありません。クレーンでつられた小さなゴンドラに乗り込んだ研究者が、手作業で行うのです。それらのファイバーからきちんとデータが読み出せるか確認した後は、抜いた800本のケーブルを元通りにもどし、更に接続に間違いが無いか試験をしなければなりません。この作業には、6人で4日間を要しました。続いて、また慎重に「閉める」作業を行い、他のホイールも同様に確認作業を続けていくのです。 対等な立場で イスラエル、中国、日本、そしてCERNと国際協力して進めているアトラス実験。「お互いに意見を出し合って進めています。イスラエルの研究者は、本国に逐一電話をして指示を仰ぐなど、命令系統などに決定的な違いがあったりしますが、総体的にコラボレーションはうまくいっています」、と佐々木氏。 かつては、コラボレーションというと、「どちらかが主人でどちらかが使用人になる」というような関係だったそうです。「今回はどちらの立場?」などという冗談ともつかない会話が交わされていたこともあったとのこと。今は、対等に話をすることができ、ようやく、科学研究には人種間の差が無い、という本来あるべき状況になりつつあるようです。 「十数年にわたる準備と建設が終わり、やっと、やりたかった物理実験が始まろうとしています」と、近藤氏。「このような大規模国際プロジェクトを実現するには、それだけ年月がかかる、ということです」。 この貴重な経験は、今後の国際協力プロジェクトに確実に活かされていくことでしょう。アトラス実験グループは、メンテナンス終了後、宇宙から飛んでくる宇宙線の中に含まれるミューオンを利用した試験を再び行って、11月に予定されているLHCの再稼働に備えています。
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