世界最高感度で超対称性大統一理論に迫る -MEG実験-

 

9月27日(月)、MEG実験(※1,図1)に参加する東京大学、KEKを中心とした国際研究グループによるプレス発表が行われました。世界最高感度を持つMEG測定器で2009年と2010年に取得したミュー粒子崩壊数1.8×1014(180兆)個に相当するデータを解析した結果、「ミュー粒子が光を放出して電子に変化する」現象がこれまで知られているよりも、5倍以上起こりにくいということが分かりました。

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図1 MEG実験の行われているπE5ビームライン

MEG実験は、スイスにあるポールシェラー研究所(※2)の陽子サイクロトロンで作った大強度ミューオンビーム(ミュー粒子のビーム)を用い、ミュー粒子が他の素粒子に変化する「崩壊事象」の中から、電子とガンマ線(光)に変化するμ→eγ(ミューイーガンマ)崩壊事象を探し出し、超対称大統一理論をはじめとした新しい物理の証拠を捉えるための実験です。

レプトンは、物質の基本的な構成要素である素粒子であり、3つの世代(フレーバー)に分類されます。μ→eγ崩壊は、第2世代のレプトンであるミュー粒子が第1世代のレプトンの電子に移り変わるという特徴を持ち(図2)、標準理論では起こりえない崩壊とされています。これまでの実験で、μ→eγ崩壊は、およそ1000億分の一回というわずかな確率でも起きないことが報告されていました。標準理論は、現在のところ、宇宙におけるほとんどの素粒子のふるまいを上手く説明することができます。ところが、標準理論が扱う3つの力、「電磁気力」「弱い力」「強い力」を、標準理論はひとつにまとめあげることができないことがわかっています。一方、超対称大統一理論では、非常に高いエネルギーにおいて、これら3つの力をひとつの力として考えることができます。ただし、このために、超対称大統一理論は、まだ発見されていない「重い超対称性粒子」の存在を予測しています。このまだ見つかっていない重い粒子が関わることで、標準理論では決して起こることがない、μ→eγ崩壊が可能となるのです。

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図2 電子とミュー粒子はレプトンに属していますが、世代が異なっています。μ→eγ崩壊では、第二世代のミュー粒子が第一世代の電子に移り変わります。

重い素粒子を生成するには、高いエネルギーが必要です。しかし、量子力学の「不確定性原理」によれば、ほんの一瞬であれば、エネルギー保存則を破ることができます。そのため、高いエネルギー状態を経由することで、重い超対称性粒子の影響を見ることができるのです。これがMEG実験で、超対称性粒子の効果を見る原理です。

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図3 μ→eγ崩壊は、超対称粒子がほんの一瞬関わることで引き起こされると考えられています。

超対称性粒子が存在すると仮定すれば、μ→eγ崩壊が起きる確率は1兆分の1から10兆分の1程度と予想されています(図3)。MEG実験はこうした非常に小さな確率で起きるμ→eγ崩壊を捉えるために様々な工夫が施されています。

MEG実験は非常に稀な崩壊事象のμ→eγ崩壊を探し出すことが目的です。そのため、毎日少しずつミュー粒子の崩壊を見ていたのではそのような事象はなかなか見つけられません。多くの崩壊事象を測定し、その中から探し出す必要があるのです。実験の行われているポールシェラー研究所では大強度の陽子サイクロトロン加速器が運転されています。この陽子サイクロトロンで加速された陽子ビームを、グラファイト(炭素の結晶)で造られたターゲットに衝突させ、ミュー粒子を生成します。そして、このミュー粒子を上手く実験室に引き出す工夫を施すことで、ミュー粒子を常に一定量、大量に実験に使用する事ができるのです。MEG実験を行うにあたってポールシェラー研究所が選ばれたのは、このような施設を有していることが理由になっています。

多くのミュー粒子による崩壊事象を測定するということは、μ→eγ崩壊以外の崩壊事象が沢山あるということです。そのため、目的としない崩壊事象の信号を取り上げない工夫も必要となります。MEG実験での、2つ目の工夫は高性能の検出器です。数ある検出器の中でもCOBRA陽電子スペクトロメータと液体キセノンガンマ線検出器は、日本グループが主導的役割を果たして開発したもので、MEG実験の要となる働きをしています。

COBRA陽電子スペクトロメータ(図4)は中心に向かって磁場が強くなるという、磁場に勾配を持たせた非常に特殊な超伝導電磁石で、低い運動量の陽電子(※3)と高い運動量の陽電子を区別し、高い運動量の陽電子だけを取り出すことに有効です。これにより、μ→eγ崩壊で出てくるとされる高い運動量の陽電子だけに的を絞って検出することが出来ます。COBRA陽電子スペクトロメータの開発には、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の超伝導工学センターが貢献しました。

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図4 COBRA陽電子スペクトロメータ。中央部に垂れ下がっているのはターゲット、下部にある放射状に並んだ装置(赤い筋のように見える部分はガスを供給するための配管)はドリフトチェンバーです。

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図5 液体キセノンガンマ線検出器。ガンマ線が入り液体キセノンがシンチレーション光を発する様子のシミュレーション。発せられたシンチレーション光は検出器全体を囲む光電子増倍管で電気信号に変換して増幅されます。

もう一つは液体キセノンガンマ線検出器です(図5)。通常、ガンマ線検出器には、ヨウ化ナトリウム結晶などガンマ線が入ってきた際にシンチレーション光(※4)を発するような固体結晶を用います。しかし結晶の場合、結晶格子が一様でなかったり、不純物が含まれていたりすることがあります。これは、ガンマ線を検出する時の精度に影響を与えます。

液体キセノンガンマ線検出器では、こういったの結晶の代わりに、シンチレーション光の発光媒体として稀ガスのキセノンを液体にした液体キセノンを使うことで、一様性を保ち、純化作業による不純物の排除が可能になりました。また、液体キセノンのシンチレーション光は発光後にすばやく消えて残光が残らないため、沢山のガンマ線が入ってきても崩壊事象ごとに信号を区別することが出来ます。他にも様々な工夫を加えることでガンマ線を高精度に検出できるようになりました。開発にあたっては三原智(みはらさとし) KEK素粒子原子核研究所准教授が中心に貢献しました。
また、キセノンを液化させるためには161K(ケルビン)から165Kまでの超低温に冷やさなければいけません。この冷却技術はKEK 素粒子原子核研究所の低温グループによる大きな貢献がありました。この他の検出器も、高精度の測定のために様々な工夫が施されており、MEG実験の世界最高感度達成につながりました。

今回の結果では、μ→eγ崩壊を確認することができませんでした。しかし、この結果はこれまでの実験で明らかになっていたμ→eγ崩壊の起きる確率であった「1.2×10−11(830億分の1)以下」を「2.4×10-12(4200億分の1)以下」へと塗りかえることになったのです。超対称大統一理論の証拠を得るためには、もう一桁探索を進める必要があります。
今後、更に良い感度で実験を行うことで、μ→eγ崩壊を探し出すことに成功することが期待されています。

補足説明

※1 MEG実験グループ
東京大学と高エネルギー加速器研究機構(KEK)、早稲田大学の研究者とロシアの研究者によって提案された実験で、2009年よりデータ取得が開始されている。現在ではスイスとイタリア、アメリカのグループも加わり、総勢70名の研究者からなる国際共同実験である。

※2 ポールシェラー研究所
スイスのドイツ国境近くチューリッヒ郊外にある研究所。1.2MW(メガワット)を越える世界最強のビームパワーを有する陽子サイクロトロンがある。

※3 陽電子
電子の反粒子で、プラスの電荷を持っている。MEG実験ではプラスの電荷を持ったミュー粒子を実験に使用しており、μ→eγ崩壊の中でもμ→eγ崩壊事象の検出を目指しているため、陽電子スペクトロメータで陽電子の 信号を捉えるようにしている。
尚、プラスの電荷のミュー粒子を使用するのは、マイナスの電荷を持ったミュー粒子は静止ターゲット中の原子核に捕獲されてミューオン原子を作るなどしてしまうためである。

4 シンチレーション光
ガンマ線を含む放射線が物質中に入ってくると、物質中の原子又は分子と衝突を起こす。その時、最もエネルギーが低く安定な状態(基底状態)だった原子が一時的にエネルギーの高い状態(励起状態)になる。この励起状態になった原子が再び基底状態に戻る際に発する光がシンチレーション光である。

関連サイト

Physical Review Letters - New Limit on the Lepton-Flavor-Violating Decay μ+→e+γ
MEG実験グループHP
MEG実験日本グループHP
ポールシェラー研究所(PSI)
高エネルギー加速器研究機構(KEK)HP - ミューオン稀過程研究
総合研究大学院大学HP - ミューオン稀過程研究

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