「加速膨張する宇宙」2011年ノーベル物理学賞の意義・前編

 
ハッブル宇宙望遠鏡が捕えた超新星1997ffの画像(写真白枠拡大図内の赤い点)/画像提供:NASA/ESA

今年のノーベル物理学賞は「遠方の超新星爆発の観測による宇宙の加速膨張の発見」に対して、米カリフォルニア大学バークリー校のサウル・パールムッター教授、オーストラリア国立大学のブライアン・シュミット教授、米ジョン・ホプキンス大学のアダム・リース教授の3氏に贈られました。

宇宙は「膨張」しています。 20世紀の初頭に米国のエドウィン・ハッブル博士が、銀河の観測の結果から「銀河同士がお互いに遠ざかっている」ことを発見しました。 また、その後退する速度は、遠い銀河ほど速く遠ざかるというものでした。 これが「宇宙の膨張」と呼ばれる現象です。宇宙には変化が無く、銀河などの天体はいつもそこに「存在している」と考えていた当時の人々にとって、これは衝撃的な発見でした。

宇宙が膨張している、つまり、銀河が後退していることは「赤方偏移」の観測によってわかりました。 赤方偏移とは、遠ざかる光源から発せられた光のスペクトルを測定すると、長波長側(可視光で言うと赤い方)にずれる現象のこと。 ちょうど、遠ざかる救急車の音がドップラー効果で低くなるのと同じ様に、光速に近い速度で運動している銀河から放射される光の波長は、赤い方にずれるのです。 銀河の後退速度がより大きいほど、より赤方偏移も大きくなることが知られています。

今回ノーベル物理学賞を受賞した3教授は、さらにこの膨張の速さが「加速」している、つまり速度を増しながらどんどん宇宙が膨らんでいる、ということを観測から明らかにしたのです。

物質※で満ち満ちている宇宙は、アインシュタインの一般相対性理論から導かれるフリードマン方程式により「減速膨張」をすると考えられています。 減速膨張とは、膨張している宇宙の膨張の速度が、時間とともに小さくなるという意味です。 物質には質量がありますから、お互いにかかる重力で引き合い、速度が落ちていきます。 例えば、石を空に向かって放り投げると、石は重力に引っ張られるので、上昇する速度がどんどん遅くなります。 そして、重力とつりあうところでいったん止まって、地上に落ちて来ます。もっと大きな力で打ち上げた時も、重力と釣り合う場所を過ぎれば、そこからはほぼ等速運動をします。 ところが、観測結果からわかったのは、遅くなるどころか速度を増しているということでした。この不思議な観測結果は、新しい物理の考え方を導き出すことになりました。

※ここで述べる物質とは、普通の物質である原子と、正体は知られていないけれども存在が知られているダークマター(暗黒物質)の両方を指しています。

パールムッター、シュミット、リースの3氏が、どうやってこの現象を発見したのか? そしてこの現象の発見から進められている研究は? KEKハイライトでは「宇宙の膨張」について2回シリーズで解説して行こうと思います。

「膨張速度の加速」の証拠とは?

パールムッター、シュミット、リースの3氏が宇宙の加速膨張の証拠をつかんだのは「超新星爆発」の観測からでした。 超新星爆発の中でも、Ia型(いちえーがた)超新星爆発の絶対光度(天体によって放射される単位時間当たりの全エネルギー)は比較的詳しく解明されています。 この絶対光度を使うと、光源までの距離を計ることができます。 パールムッター教授は超新星宇宙論プロジェクト(SCP)のチームを率い、シュミット教授とリース教授は高赤方偏移超新星探査チーム(HZT)を率いました。 2つの実験チームは、遠方のIa型超新星爆発を多数観測し、その明るさがこれまで考えられていた減速膨張宇宙からの予想より、暗くなっているという事実を突き止め、宇宙が加速膨張をしている事を発見したのです。 1998年に2つのチームがほぼ同時にそれらの研究結果を発表しています。

宇宙の遠方を見るという事は、宇宙の昔の姿を見るという事に相当します。 2つのチームが観測したのは、現在の宇宙年齢からさかのぼること、20億年前あたりのIa型超新星爆発の光でした。 宇宙年齢が137億歳ですので、宇宙が生まれてから約117億年後のIa型超新星爆発ということになります。

Ia型超新星爆発の明るさ。縦軸で上に行くほど暗い。横軸は後退速度に相当する赤方偏移z。右に行くほど遠い天体からの光を表す。点と誤差棒は観測値を表す。zが0.8までの観測値は宇宙定数なしの場合より暗い。実線は塵による吸収の理論曲線。それ以外の線は物質のエネルギー密度の割合ΩMと宇宙定数のエネルギー密度の割合ΩΛを変えたときの理論曲線。z=1.7の観測値は、逆に明るくなっている。両者の傾向を同時に説明するためにはΩM=0.35、ΩΛ=0.65の理論曲線が良く合うことが示されている。A.G.Riess et al, Astrophys.J. 560 (2001) 49-71.

宇宙膨張によって引き起こされた銀河の後退速度による赤方偏移と、地球からその銀河までの距離の関係は、宇宙が減速膨張するのか、加速膨張するのかによって変わってきます。 現在観測される超新星爆発は、遠くのものほどより昔に起こったものに対応します。 このため、減速している場合と比べて、宇宙膨張が加速している場合は、同じ距離にある超新星の後退速度は小さくなります。 超新星の後退速度は距離と共に増大しますから、これは、同じ速度で運動する、もしくは同じ赤方偏移を示す超新星までの距離が、加速膨張の場合の方がより大きくなり、みかけの明るさがより暗くなることを意味します。

しかし、初期の観測結果が発表された頃は、この発見には疑問が投げかけられました。 宇宙空間に存在する塵などによる吸収により、光が暗くなる効果との区別がつかないという反論があったのです。 この説によれば、吸収の効果により、より遠い超新星爆発ほど、より暗くなっていくことが予測されていました。 その場合、加速膨張であろうが、減速膨張であろうが、その傾向は変わらず、区別がつきません。

一方、SN1997ffというもっと遠方のIa型超新星爆発がハッブル宇宙望遠鏡により偶然観測されており、2001年にそのデータの再解析が行われました。 SN1997ffは、約30億年前(宇宙が生まれてから約107億年後)に爆発したIa型超新星爆発です。 解析の結果は、塵による吸収の予想に反したものでした。 SN1997ffからの光は、より遠くの爆発であるにもかかわらず予想したほど暗くなっていなかったのです。 このことから、一連のIa型超新星爆発の距離に依存した明るさの変化は、塵による吸収ではなく、30億年ぐらい前までは減速膨張宇宙だったものが、途中で加速膨張宇宙に転じた効果なのだと結論づけられています。

では、加速膨張はどうして起きるのでしょう? 加速膨張のしくみを説明する説の1つが、通常の物質とは違う性質を持つエネルギー「ダークエネルギー(暗黒エネルギー)」が宇宙に満ち満ちているとする説です。 ダークエネルギーは、物体に対して斥力の重力を及ぼし、宇宙膨張を減速させる通常の物質による引力の作用を打ち消してしまう謎のエネルギーです。

次回は、そのダークエネルギーの謎にせまる研究についてご紹介いたします。

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