宇宙誕生の様子、スパコンで計算

 

~超弦理論(ちょうげんりろん)が予言する9次元空間から、3次元空間の膨張、解明へ~

天気の良い日の夜、満天の星空を見て、その美しさに思わず見とれてしまう瞬間、ありますよね。この無数の星々が輝く広大な宇宙も、実は137億年ほど前、小さくて熱い火の玉の大爆発(ビッグバン)で始まった、というのですから驚きです。これは、20世紀半ばに確立した「ビッグバン宇宙論」というもので、現代科学では定説とされています。では、「ビッグバン」の前は、一体どうなっていたのでしょうか。私たちの興味が尽きることはありません。今回のテーマは、アインシュタインの理論を超えて、宇宙誕生の様子をスパコンで計算した、というものです。

ビッグバンって本当に起こったの?

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最近の宇宙観測により明らかにされた宇宙の歴史(イメージ図)
画像提供:NASA / WMAP Science Team

そもそも「ビッグバン宇宙論は定説」と言われても、なかなか信じられない、という方も多いでしょう。無理もありません。実際、アインシュタインでさえ、「一般相対性理論」を完成させた当初、宇宙は膨張も収縮もしていない定常状態だと考えていました。その後1929年にハッブルが、遠い天体ほど速く遠ざかっている、という事実を発見したことにより、宇宙が膨張していることが明らかになりました。また、ビッグバンの残り火と呼ばれる宇宙背景放射が発見されたことも、大爆発の後、宇宙が膨張しつづけていることを示す有力な証拠とされています。これは、1965年にペンジアスとウィルソンが、通信機器の開発研究をする中で、どうしても取り除けない「ノイズ」として、偶然発見したものです。また、宇宙に存在するヘリウムなどの軽い元素の割合が、これらの元素がビッグバン直後に合成されたとする理論によって説明できることも、よく知られています。

ビッグバンの前を解き明かすには

ビッグバンが起こったのは今からおよそ137億年前、ということがわかっています。これは、ここ十数年の宇宙観測の大きな成果の一つと言えます。ではビッグバン以前は、一体どうなっていたのでしょうか。それを解き明かすには、アインシュタインの一般相対性理論を超えなければいけない、ということが知られています。アインシュタイン方程式には、確かに膨張する宇宙を表すような解があります。ところがその解を見ると、過去にさかのぼったときに、有限の時間で宇宙の大きさはゼロになって、それ以上過去にさかのぼることはできません。このような状況では、もはや一般相対性理論は使えない、ということです。

立ちはだかるのは、アインシュタイン以来の難問

宇宙の始まりを探るには、一般相対性理論を素粒子レベルまで拡張する必要があります。しかし、それはアインシュタイン以来の難問だったのです。一般相対性理論では、重力を時空の歪みとして表します。ところが、素粒子レベルの計算に、この重力の効果を単純に取り入れようとすると、いたるところで無限大という計算結果が出てしまい、意味のある答えが出せません。実は、電磁気力など、重力以外の力の場合も無限大は出ますが、理論のパラメータをうまく調節することで、無限大を処理することができます。こうして、加速器実験などで見られるあらゆる現象を説明してきた理論が、いわゆる「素粒子の標準模型」と呼ばれるものです。(南部、小林、益川という3人の日本人も標準模型の確立に大きな貢献をし、2008年ノーベル物理学賞を受賞されたことは、まだ記憶に新しいですよね。)同様の方法により、重力の効果を取り入れようとした場合、無限大を処理することができない、という問題に直面することになります。

超弦理論は9次元を予言?

素粒子レベルの計算に現れる「無限大」の問題。これは、素粒子を「拡がりのない点」と考えて計算を行うことが原因で起こることが知られています。そこで、素粒子を「ひも」のように拡がりを持ったものと考える、というのが「超弦理論」の基本的な考え方です。この理論では、観測されているすべての素粒子を、弦の様々な振動のしかたとして表わします。その中には、重力を媒介する「グラビトン」と呼ばれる粒子も含まれており、一般相対性理論を素粒子レベルまで自然に拡張することができるわけです。ところが、超弦理論には大きな謎がありました。私たちは空間の中を、前後、左右、上下と3つの方向に動くことができます。ところが超弦理論によると、前後、左右、上下の3つの他に、6つも動ける方向があるというのです。つまり、私たちの空間は3次元であるのに対して、超弦理論は9次元の空間を予言しているのです。これまで超弦理論の研究では、6つの次元は小さく丸まっているため、見えなくなっているのだろう、と考えられてきましたが、どうして3つの次元だけ広がっているのか、という仕組みに関しては、納得の行く説明がなされていませんでした。

行列を使った超弦理論の新しい解析方法

KEK、静岡大学、大阪大学からなる研究チームは、行列を基本的な変数として扱う、超弦理論の新しい計算方法を開発しました。この計算では、時間を表す行列が1つ、空間を表す行列が9つ登場します。ここで、空間を表す行列が3つではなく9つもあるのは、正に超弦理論だから、ということに他なりません。行列のサイズ(行列をN行N列としたときのN)を大きくしていくことにより、超弦理論をより精密に解析できることになります。今回の研究では、時間を表す行列を正しく取り扱うことに初めて成功したことが、宇宙誕生の様子を解明する鍵となりました。京都大学基礎物理学研究所のスーパーコンピューターを使って、宇宙の大きさが時間とともにどのように変化するかを計算したところ、最初9方向に小さく広がっていた空間が、ある時点を境にして、必然的に3方向だけが急速に膨張し始めることが確認されました(研究結果の動画イメージ)。この結果により、超弦理論における次元の謎が初めて解明されると同時に、この理論に基づく宇宙誕生の様子が精密に描き出されました。なお、計算に際して調節できるパラメータは一切なく、「初期条件」のようなものを与える必要もなく、すべてが理論の持つ力学的性質だけで決まっていることは、超弦理論が本来持つべき素晴らしい特徴ですが、今回の計算結果は、正にそのような特徴を具現化していると言えます。

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本研究で得られた「宇宙誕生の様子」のイメージ図

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超弦理論に現れる9次元空間の持つ9方向の広がりを時間の経過に対してプロットしたもの。ある時点を境にして、9次元方向のうち3次元方向が膨張し始めることがわかる。

宇宙に関する様々な謎の解明に向けて

今回の計算で明らかになった宇宙誕生から、さらに時間が経過していったときに一体何が起きるのでしょうか。例えば、広く信じられているように、急速な加速膨張が起こった後にビッグバンが起きるのでしょうか。また起きるとしたら、どのような仕組みで起きるのか、といったことも含めて、行列を使った超弦理論の新しい解析方法は、教えてくれるはずです。さらにビッグバンの後、素粒子の標準模型で表されているような「4つの基本的な力」(電磁気力、弱い力、強い力、重力)、物質粒子(クォーク、レプトン)や今話題のヒッグス粒子が、どのようにして現れてくるのか、といったことを明らかにするのも、超弦理論の重要な使命の一つです。2011年のノーベル物理学賞は、現在の宇宙膨張が加速している、という事実の発見に貢献したことに対して与えられました。しかしこの発見は、膨張しても薄まらない謎のエネルギー(暗黒エネルギー)の存在を意味し、宇宙の終焉がどうなるのか、ということにも深く関係してきます。これらすべてのことが、今回の研究をきっかけに、明らかになっていくことが期待されます。

関連サイト

KEK 理論センター
静岡大学理学部
大阪大学大学院理学研究科
京都大学基礎物理学研究所

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