岩塩(NaCl)構造をもつレアアースメタルの水素化物を発見
#プレスリリース-水素貯蔵材料の高性能化の発展に期待-
平成24年5月7日
独立行政法人日本原子力研究開発機構
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
国立大学法人広島大学
【発表のポイント】 ● J-PARCの中性子線とSPring-8の放射光X線を相補的に利用して、ランタン2水素化物(LaH2)の高圧分解反応によって生成した新しい水素化物の結晶構造を解明。 ● 放射光で金属格子のみの構造を、中性子線で水素も含めた構造を調査。その結果、岩塩(NaCl)構造をもつ1水素化物(LaH)の生成を発見、全ての金属中で唯一、希土類金属が3つの形態で水素を取り込むことを発見。 ● 水素と金属の相互作用の解明、水素貯蔵材料の高性能化の発展に期待。 |
独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 鈴木篤之。以下「原子力機構」という。)の研究グループは、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(機構長 鈴木厚人。以下「KEK」という。)、原子力機構とKEKの共同運営組織であるJ-PARCセンター(センター長事務取扱 永宮正治)、国立大学法人広島大学(学長 浅原利正。以下「広大」という。)、国立大学法人東京大学(総長 濱田純一。以下「東大」という。)、ケンブリッジ大学(英国)と共同で、希土類金属(レアアースメタル)(注1)の水素化物の結晶構造を、J-PARCの大強度中性子線と大型放射光施設SPring-8(注3)の高輝度放射光X線を用いて解明しました。その結果、これまでに報告されていなかった岩塩(NaCl)構造をもつ希土類金属の1水素化物(LaH)の存在を世界で初めて観測しました。
希少金属である希土類金属は水素との親和性が極めて高く、水素を多量に吸収して水素との化合物(水素化物)を形成することが知られています。吸収された水素原子は金属格子の隙間を占有しますが、隙間には金属原子が四面体の頂点に配置したサイトと八面体の頂点に配置したサイトの2種類があります。水素原子は初めに四面体サイトのみを占有して2水素化物を形成し、さらに八面体サイトを占有し金属格子の隙間が飽和した3水素化物を形成します。八面体サイトのみが水素で占有された1水素化物は遷移金属(注4)ではよく知られていますが、希土類金属では報告されていませんでした。
研究グループでは、代表的な希土類金属であるランタン(La)の2水素化物(LaH2)が10万気圧を超える圧力下で、高水素濃度と低水素濃度の2種類の状態に分かれることを見出していました。今回、大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学実験施設において水素(H)を重水素(D)に置き換えた2水素化物(LaD2)の中性子回折実験を高圧力下で実施し、3水素化物(LaD3)に近い水素化物と低重水素濃度の1水素化物(LaD)の形成を初めて観測しました。LaDは八面体サイトのみが重水素原子で占有された岩塩(NaCl)構造をとっています。更に、その1水素化物(LaH/LaD)が高圧力下で安定に存在できることを第一原理計算(注5)によって示しました。
今回の発見によって、希土類金属は全ての金属の中で唯一、1水素化物、2水素化物および3水素化物という3つの状態を形成し、それらの金属格子構造が全て面心立方構造であることが示されました。希土類金属は高水素親和性のため水素貯蔵材料の構成元素として広く利用されており、今後、水素化物中の水素と金属の結合状態を詳細に調べることにより、水素と金属の相互作用の解明がされ、さらには高濃度の水素を吸収する希土類合金の開発指針が得られるものと期待されます。
この研究成果は、原子力機構 町田晃彦 副主任研究員、本田充紀 特定課題推進員(現、物質・材料研究機構 ポスドク研究員)、服部高典 副主任研究員、佐野亜沙美 研究員、綿貫徹 副主任研究員、片山芳則 研究主席、青木勝敏 特定課題推進員(現、東北大学 客員研究員)、J-PARCセンター 有馬寛 任期付研究員(現、東北大学 助教)、鈴谷賢太郎 研究主幹、KEK 大下英敏 特任助教、池田一貴 特任准教授、大友季哉 教授、広大 坪田雅己 特任助教(平成22年3月まで)、土居光一氏、市川貴之 准教授、小島由継 教授、東大 小松一生 准教授、ケンブリッジ大学 Duck Young Kim博士(現、カーネギー研究所(米国))との共同研究によるもので、その一部は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の水素貯蔵材料先端基盤研究事業「水素と材料の相互作用の実験的解明」の委託を受け、J-PARCおよびSPring-8の利用研究課題として行われました。
本研究成果は、5月8日に米国科学雑誌『Physical Review Letters』のオンライン版に掲載される予定です。
【研究開発の背景と目的】
次世代クリーンエネルギーとして、水素エネルギーは有力な候補の一つとして期待されています。水素ガスの大量かつ安全な貯蔵・輸送には水素貯蔵合金など水素貯蔵材料の高性能化が必要であり、その開発に向けた取り組みがなされています。水素の吸蔵・放出には材料構成元素と水素との相互作用(結合状態)が大きく関わっており、吸蔵・放出過程にかかわる水素と材料の結合状態の形成・切断過程に関する知見は重要な要素であり、その相互作用の解明が期待されています。
本研究で対象とした希土類金属(レアアースメタル)は、水素との親和性が極めて高いことが知られており、容易に水素との化合物である水素化物を形成します。水素を多量に吸収できるという性質を持つことから水素吸蔵合金の構成元素として広く利用されています。金属格子の隙間には金属原子が四面体に配置したサイトと八面体に配置したサイトの2種類が存在し、この隙間に水素原子が入ることで水素が吸蔵されます。希土類金属では吸収された水素原子は初めに四面体サイトを一つずつ占有して金属原子1個に対して水素原子が2個存在する2水素化物となり、さらに八面体サイトを占有してすべての隙間が埋められ、金属原子1個に対して水素原子が3個存在する3水素化物となります。八面体サイトだけが占有され、金属原子と水素原子が1対1となる1水素化物はバナジウムなどの遷移金属やリチウムなどのアルカリ金属(注6)の水素化物では良く知られていますが、希土類金属では報告がなく、存在しないと考えられてきました。
これまでに研究グループでは大型放射光施設SPring-8において、代表的な希土類金属であるランタンの2水素化物(LaH2)が10万気圧を超える高圧力下で金属格子の大きさが異なる2つの状態に分かれることを見出していました。通常、金属格子は水素を吸収することによって大きく膨張することが知られています。ランタンでは2水素化物を形成する際におよそ20%も金属格子の単位体積が増加します。高圧力下で形成された小さい金属格子の状態は2水素化物の状態よりも単位体積が約17%も小さいため、水素濃度が低い状態であると考えていましたが、圧力を下げると元の2水素化物単一の状態に戻ってしまうために回収試料の分析が不可能で実際の構造は未解明でした。金属格子内で水素原子がどのサイトをどのくらい占有しているのかを決定し、高圧下でどのような状態が形成されたのか原子レベルで明らかにするため、大強度陽子加速器施設J-PARCで従来日本では困難であった10万気圧を超える高圧力下での中性子回折実験を実施し、2つの状態に分かれた後の水素占有状態を調べました。
【研究の手法】
本研究では、広島大学先進機能物質研究センターの水素化反応装置を使用して作製したランタン(La)と重水素(D)の化合物であるランタン2水素化物(LaD2)に高い圧力をかけて圧縮し、その状態の構造をX線回折と中性子回折によって調べました。本研究では、中性子回折による水素の構造決定を容易にするため、水素(H)を重水素(D)に置き換えた重水素化物(注7)を用いました。
高圧力下のLaD2のLa金属格子の構造決定のため、放射光を利用した高圧力下X線回折測定は大型放射光施設SPring-8に原子力機構が所有しているビームラインBL22XUに設置されているダイヤモンドアンビルセル(注8)用回折計で実施しました。
また、高圧力下で水素の状態を決定するため、大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学実験施設のBL21にKEKが建設した大強度全散乱装置NOVAに高圧発生装置であるパリ・エディンバラ・プレス(注9)を導入し、中性子回折を実施しました。NOVAは中性子の強度が強く、少量の試料でも十分な強度が得られます。試料によって全方向に散乱された中性子を検出するために多数の検出器が配置されていますが、今回の実験ではパリ・エディンバラ・プレスの構造から、入射中性子線に対して90度方向に散乱する中性子を検出する検出器を使用しました。
X線回折強度は物質中の原子の原子番号が大きい(電子数が多い)ほど、相互作用が大きくなるので、原子番号57のランタンに対して原子番号が1の重水素の寄与は無視でき、ランタン金属格子構造(原子配列)を反映したものとなります。一方で中性子回折強度は物質中の原子核の中性子散乱長によって決まりますが、この中性子散乱長の大きさは原子番号とは無関係です。ランタンと重水素の中性子散乱長はそれぞれbLa=8.24 nmとbD= 6.671 nmと同程度の大きさですので、回折強度は重水素とランタンの両方の原子配列を反映したものとなります。X線回折、中性子回折ともに結晶構造を反映したある特定の原子面からの回折が観測されます。
【得られた成果】
LaD2に11万気圧の高圧力を加えると、金属格子の大きさが異なる2つの状態が現れることがX線回折実験により観測されました。これはランタン2水素化物(LaH2)への加圧時と同様の結果です。2つの状態に分かれる際の金属格子の体積変化もLaD2とLaH2はほぼ等しく、同位体(HとD)による違いはなく、高圧力下ではLaD2でも低重水素濃度と高重水素濃度の2つの状態をとることが確認できました。また、中性子回折実験の結果でも10万気圧を超える高圧力下で低重水素濃度の状態の形成を示す回折線の出現を観測しました。(図1)。低重水素濃度の状態からの回折に注目すると、X線回折では金属格子が面心立方構造の回折パターンが観測されますが、中性子回折では面心立方構造の回折パターンの内、奇数で表される指数の回折強度が観測されていないことがわかります。これは中性子回折強度の計算からランタンと重水素が岩塩(NaCl)構造をとることで説明ができます(図2)。岩塩構造はランタン原子と重水素原子が3次元的に交互に並んだ結晶構造で、面心立方構造で配列しているランタン原子が作る八面体サイト全ての中心に重水素原子が存在している構造とも見ることができます。実際に岩塩構造で中性子回折パターンのシミュレーションを行ったところ、実験結果を良く再現しますが、重水素の占有率が低くなると実験結果を再現できなくなることがわかりました。
したがって高圧力下で現れる低濃度の状態は、岩塩構造を持つランタン1水素化物(LaD)であると結論付けました。また、高重水素濃度の状態からの回折についても、回折強度の変化から元のLaD2からよりLaD3に近い状態が形成されていることがわかりました。熱力学的な安定性を第一原理計算によって評価したところ、高圧力下では1水素化物が安定に存在できることが示されました。また高圧下で2つの状態をとることも実験と計算で良い一致を示しました。
希土類金属水素化物では2水素化物、3水素化物が存在することは良く知られていましたが、1水素化物はこれまでその存在が観測されていませんでしたが、本研究によって1水素化物の形成が世界で初めて示されました。
|
【今後の予定】
本研究によって希土類金属は全ての金属の中で唯一、1水素化物、2水素化物および3水素化物を形成し、さらに金属格子構造が全て面心立方構造をとることが示されました。そのために水素の占有しているサイトの違いによる水素と金属の間の相互作用の違いを明らかにできる可能性があります。希土類金属はその高い水素親和性のためにLaNi5など水素吸蔵合金の構成元素として広く利用されていますが、その水素吸蔵・放出特性に対しての水素と金属の相互作用の影響は水素吸蔵合金の高性能化に向けた重要な知見となります。今後、1水素化物中の水素と金属の結合状態を調べ、2水素化物と3水素化物中の結合状態と比較することにより、水素と金属の相互作用の解明がされ、さらには高濃度の水素を吸収する希土類合金の開発指針が得られるものと期待されます。
図1: 高圧力下13万気圧における放射光X線回折パターンと中性子回折パターン。
赤色で示したピークがLaDからの回折線です。中性子回折パターンでは岩塩構造を反映して奇数の指数で表される回折線が観測されていないことが分かります。八面体サイトの重水素(DO)の占有率を変えて回折パターンのシミュレーションを行った結果、占有率が下がると実験結果を再現できないことが分かりました。
図2: 金属格子が面心立方構造で水素濃度が異なる3つの水素化物の構造。
黄色が金属原子、水色が八面体サイトの水素、青が四面体サイトの水素を表しています。左から八面体サイトのみを占有している1水素化物、四面体サイトのみを占有している2水素化物、両方のサイトをすべて占有している3水素化物です。八面体サイトのみを占有している構造は岩塩(NaCl)構造で、本研究では希土類金属で初めて岩塩構造の1水素化物の形成を観測しました。
用語説明
1) 希土類金属(レアアースメタル)
周期律表で原子番号57番のランタンLaから71番のルテチウムLuまでのランタノイド族と呼ばれる15元素と21番のスカンジウムSc、39番のイットリウムYを合わせた計17元素からなるグループを希土類金属と呼びます。水素吸蔵合金の他にも磁性材料として利用されており工業的にも重要な金属です。
2) 大強度陽子加速器施設J-PARC
茨城県東海村に原子力機構とKEKが建設した世界最大規模の陽子加速器群と実験施設群の呼称です。J-PARCはJapan Proton Accelerator Research Complexに由来しています。加速した陽子を原子核標的に衝突させることにより発生する中性子、ミュオン、中間子、ニュートリノなどの二次粒子等を用いて、物質・生命科学、原子核・素粒子物理学などの最先端学術研究及び産業利用を行っています。中性子を利用した研究はJ-PARC内にある物質・生命科学実験施設で行われており、この施設では世界最高性能のパルス中性子を利用することが可能です。
3) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す独立行政法人理化学研究所の施設で、その管理運営は高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来しています。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、基礎研究から産業利用まで幅広い研究が行われています。
4) 遷移金属
周期律表の第3族から第11族の間に存在する元素の総称です。
5) 第一原理計算
経験的パラメータや実験データを用いずに行う理論計算で、原子核と電子それぞれの間で働く相互作用から量子力学に基づいて物質の性質(結晶構造や電子状態など)を計算します。
6) アルカリ金属
周期律表の第1族のうち水素を除いた6元素(リチウムLi、ナトリウムNa、カリウムK、ルビジウムRb、セシウムCs、フランシウムFr)のこと。
7) 重水素化物
水素化物の水素(H)の部分が重水素(D)で構成された化合物。一般に水素を含む物質の中性子回折実験では水素を重水素で置き換えた重水素化物が用いられます。中性子は原子核で散乱されますが、干渉性散乱と非干渉性散乱という2つの性質があり、非干渉性散乱は無秩序さを反映して回折を生じない性質で、回折パターンのバックグラウンドが増大する原因となります。水素は非干渉性散乱の影響が強いため、干渉性散乱の方が支配的な重水素に置換した試料を用いることで、構造解析に適した回折パターンの取得が可能になります。
8) ダイヤモンドアンビルセル
ダイヤモンド用いた小型の高圧発生装置。ダイヤモンドは圧力を発生させる部品(アンビル)として用いられます。ガスケットと呼ばれる金属の板に小さな穴をあけ、その穴に試料と圧力媒体を入れて対向する2つのダイヤモンドアンビルで挟み荷重を加えることで高圧を発生します。ダイヤモンドの先端のサイズによって発生できる圧力が異なりますが、試料の量が微量であるため、SPring-8のような放射光を利用することで高圧力下においても高精度の測定が可能となります。
9) パリ・エディンバラ・プレス
パリ大学とエディンバラ大学で開発された対向アンビル型の高圧発生装置。広い開口角を持っており、またトロイダルアンビルと呼ばれる先端に半球状のくぼみと環状の溝があるアンビルを使用することで試料の体積を稼ぐことができるため、ヨーロッパを中心に中性子回折実験で多く利用されています。アンビルの材質は超鋼(タングステンカーバイト WC)や焼結ダイヤモンドが使用されます。リング状、またはカプセル状の金属ガスケットに試料と圧力媒体を入れて対向する2つアンビルで挟み荷重を加えることで高圧を発生します。
【本件に関する問い合わせ先】
<研究内容について>
独立行政法人日本原子力研究開発機構
量子ビーム応用研究部門 副主任研究員 町田 晃彦(まちだ あきひこ)
TEL: 0791-58-2632
FAX: 0791-58-0311
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
物質構造科学研究所 教授 大友 季哉(おおとも としや)
TEL: 029-864-5615
FAX: 029-864-5258
<報道担当>
独立行政法人日本原子力研究開発機構
広報部 報道課長代理 藤原 利如(ふじわら としゆき)
TEL: 03-3592-2346
FAX: 03-5157-1950
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
広報室長 森田 洋平(もりた ようへい)
TEL: 029-879-6047
FAX: 029-879-6049
<J-PARCについて>
J-PARCセンター
広報セクション リーダー 鈴木 國弘(すずき くにひろ)
TEL: 029-284-3587
FAX: 029-282-5996
関連サイト
BL21:高強度全散乱装置NOVA
KEK中性子科学研究系 KENS
独立行政法人 日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
J-PARC 物質・生命科学実験施設
SPring-8
国立大学法人 広島大学 先進機能物質研究センター
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
水素貯蔵材料先端基盤研究事業「水素と材料の相互作用の実験的解明」
関連記事
2009.06.04 トピックス
中性子全散乱装置NOVA完成披露式典
-
カテゴリで探す
-
研究所・施設で探す
-
イベントを探す
-
過去のニュースルーム