KEKとアステラス製薬、「顧みられない熱帯病」治療のための創薬共同研究開始

 

放射光※1を用いたタンパク質の立体構造に基づく薬物設計~

平成24年9月20日

報道関係者各位

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
アステラス製薬株式会社

【概 要】

高エネルギー加速器研究機構(所在地:茨城県つくば市、機構長:鈴木厚人、以下、「KEK」)とアステラス製薬株式会社(本社:東京、社長:畑中 好彦、以下、「アステラス製薬」)は、本日、KEKの放射光施設を利用した「顧みられない熱帯病※2」の治療に向けた創薬の共同研究提携について契約締結しましたので、お知らせいたします。

【背 景】

「顧みられない熱帯病」は、熱帯地域を中心に蔓延している寄生虫や細菌による感染症で、貧困層を中心に世界で約10億人が感染し、毎年50万人が死亡している病気です。これらは地球規模での保健医療問題として位置づけられ、国家間を超えた取り組みが行われています。
一方、タンパク質の立体構造を基にした薬物設計は、新薬開発における有用な手段として、近年急速に進展しています。これは標的となるタンパク質に対し、あらゆる化合物との複合体の構造を解析、比較することで、タンパク質の活性を阻害(または促進)する仕組みを総括的に理解し、薬物を設計する方法です。KEKとアステラス製薬は、2006年から放射光を用いた創薬の研究を進めています。KEKの放射光は、高強度・高エネルギーという特性を持つため、通常のX線結晶構造解析では困難な微小結晶での解析実験や、膨大な時間を要するデータ測定を極めて短時間で収集できるメリットがあります。

【研究内容】

本研究の対象は、寄生原虫による感染症であるリーシュマニア症※3シャーガス病※4アフリカ睡眠病※5で、大きく二段階に分けて研究を進めます。第一段階は、治療薬の標的となり得る寄生原虫タンパク質の三次元構造の解明を行います。これにより、疾患を引き起こす原因となるタンパク質の働きを妨げる阻害化合物を選定します。第二段階は、標的タンパク質と阻害化合物との複合体の構造解析を行います。これらにはKEKで開発されてきたタンパク質の結晶化ロボット、タンパク質結晶構造解析専用のビームライン※6が活用され、短期間かつ効率的に構造解析がなされます。
本共同研究の成果として得られた構造情報は、寄生原虫治療薬の創薬研究に寄与します。


タンパク質結晶構造解析装置

【用語解説】

※1 放射光
光速に近いスピードに加速された電子に磁場をかけ、電子の進行方向を曲げた時に発生する赤外線からX線に至る幅広いエネルギー(波長)を持つ光を放射光と言う。その中で、波長の短い光である極紫外線や軟X線、X線は、物質に当てて反射させたり透過させたりすることで、物質を構成する分子や原子の配列や電子の振舞いを調べることができる。このような特徴を持つ放射光は物質科学、生命科学の研究に幅広く用いられている。

※2 顧みられない熱帯病
主に開発途上国の熱帯地域、貧困層を中心に蔓延している寄生虫、細菌感染症のことで、WHOで焦点を当てている17の疾患群において、世界で10億人以上が感染していると言われている。いまだ安価で安全な治療薬を入手できないために、人々の生命を脅かす健康問題にとどまらず、経済活動の足かせ・貧困の原因にもなっている。

* 17の疾患群:住血吸虫症、デング熱、狂犬病、トラコーマ、ブルーリ潰瘍、トレポネーマ感染症、ハンセン病、シャーガス病、睡眠病、リーシュマニア症、嚢尾虫症、ギニア虫感染症、包虫症、食物媒介吸虫類感染症、リンパ系フィラリア症、河盲症、土壌伝播寄生虫症

※3 リーシュマニア症
98か国で発症が認められ、世界で3億5千万人の人々が感染のリスクにさらされている。感染源となる寄生虫はリーシュマニア原虫といい、サシチョウバエが媒介する。リーシュマニア症は貧困関連疾患であり、いくつかの異なる種類がある。内臓リーシュマニア症は治療をしなければ命にかかわるものだが、最も一般的な種類は、皮膚リーシュマニア症である。

※4 シャーガス病(アメリカトリパノソーマ症)
ラテンアメリカ地域21か国でみられる風土病で、この地域ではマラリアなどのその他の寄生虫疾患よりも多くの人の命を奪っている。世界的には1億人の人々が感染のリスクにさられており、本来発症がみられなかったアメリカ合衆国やオーストラリア、ヨーロッパの一部の国々における患者数が増加している。この病気はサシガメ科の昆虫が媒介し、治療しなければ命にかかわる可能性もある。

※5 アフリカ睡眠病(ヒトアフリカトリパノソーマ症またはHAT)
サハラ砂漠以南の国々における風土病であり、何百万もの人々が感染の危険にさらされている。この病気はツェツェバエにかまれることで感染する。初期段階で治療しないと全身症状が発現し、さらに第2段階に進行して精神的衰弱が誘発され、6か月から3年の間に高い頻度で死に至る可能性がある。現在ある治療法には毒性や薬剤投与の困難さ、重大な副作用などの問題がある。この疾患は、治療せずに放置されれば、通常死に至る。

※6 ビームライン
放射光を取り出し、各実験装置まで導く装置群。ビームラインには、光を成形する「スリット」、集光する「ミラー」、特定の波長(エネルギー)を取り出す「分光器」などの装置が配置されている。

※7 回折
光などのように波の性質を持つものが、障害物の後ろに回り込んで伝わっていく現象のこと。これにより、結晶のように分子・原子が規則的に並んだ物質に光を照射すると、回折波が干渉を起こすことで回折パターンと呼ばれる分子・原子の並び方を反映したドットが現れる。タンパク質の結晶構造解析では、この原理を用いて、X線の回折パターンからタンパク質の立体構造を解明している。

【お問い合わせ】

<研究内容に関すること>
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
物質構造科学研究所 構造生物学研究センター長
若槻 壮市(わかつき そういち)
TEL: 029-864-5631
E-mail: soichi.wakatsuki@kek.jp

<報道担当>
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 広報室
TEL: 029-879-6047
FAX: 029-879-6049
E-mail: press@kek.jp

アステラス製薬株式会社 広報部
TEL: 03-3244-3201
FAX: 03-5201-7473
HP: http://www.astellas.com/jp

関連サイト

物質構造科学研究所(IMSS)
アステラス製薬株式会社
放射光科学研究施設 フォトンファクトリー
構造生物学研究センター
創薬研究用実験ステーション

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