プラセオジム・ニッケル酸化物の高い酸素透過率の原因を解明
-燃料電池など、性能向上へ-

 

平成24年10月19日

報道関係者各位

国立大学法人 東京工業大学
国立大学法人 九州大学
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
国立大学法人 東北大学


本研究成果のポイント
○プラセオジム・ニッケル酸化物にガリウムと銅を添加することにより、酸素透過率が高くなる仕組み、また、この添加した酸化物中に動きやすい酸素原子が大量にできる仕組みを解明
○酸素透過率を支配するパラメーターが核密度※1であることを発見
○新しいイオン伝導体の開発や、固体酸化物形燃料電池の性能向上等が期待


【概要】

東京工業大学大学院理工学研究科の八島正知(やしま まさとも)教授と九州大学カーボンニュートラルエネルギー国際研究所/工学研究院の石原達己(いしはら たつみ)教授らは共同で、ガリウムと銅を含むプラセオジム・ニッケル酸化物が高い酸素透過率を持つ仕組みを解明した。この酸化物は、燃料電池材料や酸素透過膜材料として応用が期待されている化合物である。

この酸化物の結晶構造(原子配列)を中性子回折、放射光X線回折などで詳細に解析した結果、同酸化物には大量の過剰酸素が結晶の格子の間に存在していることが分かった。その理由は、ガリウムが大量の酸素原子を格子間に入れる機能を持ち、銅が結晶格子上の酸素を動きやすくさせる働きを持つためであることを解明した。また、温度上昇時には、格子上にある酸素と格子の間にある酸素の分布が連結することで、酸化物イオンの移動が起こることが確認され、その原子核の密度が酸素透過率とともに増加することを明らかにした。

本成果は、酸素透過率に優れたイオン伝導体の設計に新しいコンセプトを示すもので、新しいイオン伝導体の開発につながる。高い酸素透過率を持つイオン伝導体は、空気中から酸素を効率良く取り込めるため、固体酸化物形燃料電池※2等の性能向上と研究開発の加速も期待される。

本成果は米国化学会の学術誌Chemistry of Materialsのオンライン版に10月15日に掲載された。また冊子版に印刷中である。

【背景】

エネルギー・環境問題を解決するには燃料電池や酸素濃縮器などの高効率化が必要である。そのためには酸素透過率が高いイオン伝導体や、高い酸素透過率と電子伝導度を有する混合伝導体※3の開発が必要である。近年、高いイオン伝導度を示す混合伝導体としてK2NiF4型構造※4を有する酸化物が発見され、注目を集めているが、その仕組みは未解明であった。

そうした中、石原教授らは2008年及び2010年に、ガリウム(Ga3+)と銅(Cu2+)を含むK2NiF4型構造のプラセオジム・ニッケル酸化物が高い酸素透過率を示すことを発見した。そして八島教授らによって、その類似物質(Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δ中で酸化物イオンが拡散する過程が原子スケールで可視化された。

しかしながら、プラセオジム・ニッケル酸化物の高い酸素透過率におけるGa3+とCu2+の役割や、格子間酸素と酸素透過率の関係は良く分かっていなかった。

【研究内容と成果】

本研究グループは、K2NiF4型構造を有する混合伝導体として、Pr2(Ni0.75Cu0.25)0.95Ga0.05O4+δ、Pr2Ni0.75Cu0.25O4+δ及びSr2Ti0.9Co0.1O4-εの3種類を合成し、その酸素透過率と酸素濃度を調べた。また、結晶構造、酸化物イオンの拡散経路と電子密度分布を、日本原子力研究開発機構・東海研究開発センター・原子力科学研究所の研究用原子炉JRR-3Mに設置されている東北大学・金属材料研究所の高温中性子回折装置HERMES(エルメス)、及び高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリーBL-4B2の放射光X線回折装置を使用し、第一原理計算※5により調べた。中性子回折実験の一部は大強度陽子加速器施設J-PARC(ジェイ・パーク)の物質・生命科学実験施設に設置された超高分解能粉末回折計SuperHRPD(スーパー・エイチアールピーディー)を用いて、また放射光X線回折実験の一部は大型放射光施設SPring-8(スプリングエイト)のBL02B2において実施した。

その結果、ガリウムと銅の両方を添加したPr2(Ni0.75Cu0.25)0.95Ga0.05O4+δの酸素透過率は従来の混合伝導体と比べて高く、同じK2NiF4型構造を有するSr2Ti0.9Co0.1O4-εの酸素透過率は極端に低いことが分かった(図1)。その理由は、ガリウムと銅を添加すると、大量の酸素原子が格子間に入るためであることが分かった(図2)。

さらに理論計算による検証を重ねた結果、添加したガリウムによって酸素O3が格子間に入ることが分かった。また通常、O3は格子上の酸素O2と静電的な反発を起こすため、格子間に入りにくいが、銅を添加することで格子上のO2の位置がずれやすくなり、格子間酸素O3が安定化されることが分かった(図3)。

さらに、温度を室温(20℃)から高温(約1000℃)まで上昇させると、格子間酸素O3と格子上酸素O2の分布が連結して酸化物イオンが移動する様子が確認された(図4)。温度上昇とともに原子核の密度は減少するのに対し、O2-O3間の最小核密度は増加することも分かった。そして、この最小核密度は酸素透過率とともに増加することから(図5)、酸素の拡散を決める有用なパラメーターになることが示された。


論文名:「Role of Ga3+ and Cu2+ in the High Interstitial Oxide-Ion Diffusivity of Pr2NiO4-based Oxides: Design Concept of Interstitial Ion Conductors through the Higher-Valence d10 Dopant and Jahn-Teller Effect」(Pr2NiO4系酸化物の高い格子間酸化物イオン拡散におけるGa3+とCu2+の役割:高い価数のd10添加物とヤーンテラー効果による格子間イオン伝導体の設計思想)

雑誌名:Chemistry of Materials

著者:M. Yashima, H. Yamada, S. Nuansaeng and T. Ishihara(八島 正知(東京工業大学教授)、山田 裕樹(東京工業大学修士課程大学院生*)、ヌアンサング シリカンダ(九州大学博士課程大学院生*)、石原 達己(九州大学教授))
*研究を実施した当時の所属と肩書

【今後の展開】

本研究により、ガリウムと銅を含むプラセオジム・ニッケル酸化物の高い酸素透過率の構造的要因を解明するとともに、格子間イオン伝導体をデザインするための新しいコンセプトを示した。今後はこのデザインコンセプトに基づいて、新しいイオン伝導体を開発していく。また、本研究で活用した材料評価技術を応用して、他のイオン伝導体のイオン伝導メカニズムを解明していく。

【お問い合わせ】

東京工業大学 大学院理工学研究科 物質科学専攻教授 八島正知
TEL: 03-5734-2225
FAX: 03-5734-2225
E-mail: yashima@cms.titech.ac.jp

九州大学 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)
大学院工学研究院 応用化学部門教授 石原達己
TEL: 092-802-2868
FAX: 092-802-2871
E-mail: ishihara@cstf.kyushu-u.ac.jp

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 広報室
TEL: 029-879-6047
FAX: 029-879-6049
E-mail: press@kek.jp

東北大学金属材料研究所 量子ビーム金属物理学研究部門准教授 大山研司
TEL: 022-215-2403
FAX: 022-215-2036
E-mail: ohoyama@imr.tohoku.ac.jp

【用語説明】

※1 核密度:
原子核の密度。結晶は原子から構成されており、原子は原子核と電子からできている。電荷を持たない中性子は原子核により散乱するので、中性子回折データから原子核密度の空間分布を得ることができる。

※2 固体酸化物形燃料電池(SOFC):
電解質に固体酸化物を用いた燃料電池。電池の作動温度が400~1000℃と高いため、固体高分子形燃料電池(PEFC)と比べて高い発電効率が期待される。

※3 混合伝導体:
2種類以上の電荷担体(例えばイオンと電子)により電気伝導性を示す固体又は液体を混合伝導体と呼ぶ。本研究で調べたPr2(Ni0.75Cu0.25)0.95Ga0.05O4+δPr2Ni0.75Cu0.25O4+δ及びSr2Ti0.9Co0.1O4-εは、酸化物イオン(O2-)と電子のホール(正孔)が電荷担体である混合伝導体である。

※4 K2NiF4型構造:
遷移金属イオン等を中心に酸素原子が八面体を構成しているペロブスカイト型構造と、岩塩型構造を一層ずつ積み重ねた構造(図2参照)

※5 第一原理計算:
量子力学の原理のみに基づいて物質の構造や性質を計算する手法。本研究では、
原子が格子の間に安定に存在することの確認、及び局所構造や電子密度分布の研究に利用した。

【参考図】

図1:種々の混合伝導体の酸素透過率の温度依存性。
Pr2(Ni0.75Cu0.25)0.95Ga0.05O4+δの酸素透過率()は従来の混合伝導体と比べても高いのに対して、同じK2NiF4型構造を有するSr2Ti0.9Co0.1O4-εの酸素透過率()は極端に低い。

図2:中性子回折データの構造解析により分かったPr2(Ni0.75Cu0.25)0.95Ga0.05O4+δPr2Ni0.75Cu0.25O4+δ 及びSr2Ti0.9Co0.1O4-εの結晶構造(室温)。すべてK2NiF4型構造を有する。ガリウムと銅が添加されているPr2(Ni0.75Cu0.25)0.95Ga0.05O4+δPr2Ni0.75Cu0.25O4+δ には、結晶格子の間に過剰酸素O3が確認できる。

図3:第一原理計算により決めたPr40Ni15Cu4GaO86の原子配列の一部。Pr40Ni15Cu4GaO86はPr2(Ni0.75Cu0.25)0.95Ga0.05O4+δの近似スーパーセルである。図のa、bに示すように、格子間酸素Oiの周りでは、Oiとの距離をある程度保つように、頂点酸素がOiとは反対の方向にシフトする(ずれる)(赤い矢印)。図cに示すように、d10 Ga3+ドーパント近くの局所緩和が観察される。この局所緩和により別の種類の格子間酸素Ogが安定化される。

図4:(a-d)  Pr2Ni0.75Cu0.25O4+δ及び(e-h) Pr2(Ni0.75Cu0.25)0.95Ga0.05O4+δの等核密度面の温度依存性。O2は頂点酸素、O3は格子間酸素を示す。×は拡散経路O2-O3上の最小核密度となるボトルネックを示す。(a) 25℃、(b) 602℃、(c) 807℃、(d) 1011℃、(e) 20℃、(f) 605℃、(g) 810℃、(h) 1011℃

図5:最小核密度ρN(T)の増加とともに酸素透過率ρP(T)は増加する。

関連サイト

東京工業大学 大学院理工学研究科 物質科学専攻 八島研究室
九州大学 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)
物質構造科学研究所(IMSS)
放射光科学研究施設 フォトンファクトリー
BL-4B2 多連装粉末X線回折装置
BL08 超高分解能粉末中性子回折計装置 SuperHRPD
東北大学金属材料研究所(IMR)量子ビーム金属物理学研究部門
高温中性子回折装置HERMES(エルメス)
J-PARC
SPring-8(スプリングエイト)
BL02B2

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