グラフェンと磁性金属の界面で起こる特異な電子スピン配列を発見

 

-グラフェンへのスピン注入の効率化に新たな指針 -

平成25年7月16日

独立行政法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人千葉大学
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構




【発表のポイント】
・ グラフェンと磁性金属の界面近傍で、電子スピンの向きが面内方向から面直方向に変化して配列していることを発見
・ グラフェンのスピントロニクス応用の鍵である高効率スピン注入源の実現に道筋


独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 松浦祥次郎)先端基礎研究センターの松本吉弘任期付研究員、境誠司グループリーダー、国立大学法人千葉大学(学長 齊藤康)大学院融合科学研究科の小出明広氏、藤川高志教授、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(機構長 鈴木厚人)物質構造科学研究所の雨宮健太教授らは、グラフェン※1と磁性金属(ニッケル)薄膜の接合体について、界面の近傍で生じる電子スピン※2の特異な配列状態の存在を明らかにしました。

グラフェンは、スピン情報の伝達に優れた性質を有することから、次世代スピントロニクス※3の基盤材料として世界的に注目されています。グラフェンをスピン素子に用いるためには、電子スピンの向きに偏り(スピン偏極※2)を持つ磁性金属などから、グラフェンにスピン偏極した電子を移動(スピン注入)させる必要があります。その際に電子のスピン偏極を保つことなど、スピン注入効率の向上が応用の実現に向けた課題となっています。スピン注入は、磁性金属等のスピン注入源とグラフェンの接合面(界面)を介して行うため、効率的なスピン注入源の設計には界面の電子スピン状態の理解が重要です。

今回、当研究チームは、原子層スケールの分解能で表面からの深さが異なる場所の電子スピン状態を検出できる、深さ分解X線磁気円二色性分光法※4を用いて、グラフェンと磁性金属(ニッケル)薄膜の接合体を分析しました。通常、磁性金属の薄膜はスピンの向きが面に沿って(面内方向に)配列する性質があります。しかし、本研究の結果、グラフェンとニッケル薄膜の界面では、界面からわずか数原子層の領域で、電子スピンの配列の向きが面内方向から面に垂直な方向(面直方向)に回転していることが明らかになりました。これまでのスピン注入源では、このような界面に特有の電子スピン配列状態は考慮されておらず、スピン注入を妨げる原因になっていた可能性があります。今後、本成果を新たな設計指針とすることで、グラフェンへの高効率スピン注入の実現に道を拓くことが期待できます。

本研究成果は、英国王立化学会誌「Journal of Materials Chemistry C」に近日中に掲載されます。


【背景と経緯】

グラフェンは、非常に長い時間や距離に渡り電子スピンの向きを保持したまま電子を輸送できることなど、スピン情報の伝達に優れた性質を数多く有することから、次世代スピントロニクスの基盤材料として有望視されています。グラフェンをスピン素子に用いるためには、スピン偏極した電子を効率よくグラフェン中に移動できるスピン注入源の開発が重要な課題となります。グラフェンへの有力なスピン注入源の一つが、磁性金属をグラフェンの表面に直に接合させた電極構造になります。この構造の場合、グラフェンへのスピン注入は磁性金属とグラフェンの接合面(界面)を介して行われますが、磁性金属からグラフェンに電子を注入する際に界面で電子のスピン偏極が減少し、スピン情報が失われてしまうことが問題となっています。このような観点から、グラフェンにスピン偏極した電子を効率良く注入できる注入源の実現が強く望まれています。

【研究の内容と成果】

当研究チームは、グラフェンと磁性金属の接合体について、界面における電子スピン状態を調べることでスピン注入の効率化に対する糸口を探ろうと考えました。本研究では、グラフェンと磁性金属の電子スピン状態を原子層スケールの分解能で検出できる手法として、雨宮教授らが開発した深さ分解X線磁気円二色性分光法に着目しました。磁性金属(ニッケル)薄膜の表面を単原子層のグラフェンで被覆した接合体(参考: http://www.jaea.go.jp/02/press2011/p12033001/index.html)を作製し、同分光法によりグラフェンからニッケル薄膜に至る領域の電子スピン状態を解析しました。

図1に、観測されたニッケルのX線磁気円二色性スペクトルを示します。X線の入射角度が浅い条件(左図)で観測されたスペクトルの大きさは面内方向に並んだ電子スピンの割合を、入射角度が深い条件(右図)で観測されたスペクトルの大きさは面直方向に並んだ電子スピンの割合を強く反映します。また、青線は主に界面に近い場所からの、赤線は界面から離れた場所も含むニッケル全体からのスペクトルにそれぞれ対応します。X線の入射角度が浅い場合、青線に比べて赤線のスペクトルの大きさが強く現れていることが分かります。一方、X線の入射角度が深い場合には、その強弱関係が逆転していることが見て取れます。このことは、界面から離れた場所にあるニッケル原子層では面内方向に電子スピンが配列しやすく、逆に、界面近くのニッケル原子層では面直方向に電子スピンが配列しやすいことを表しています。

界面の情報を含む割合を少しずつ変えてX線磁気円二色性スペクトルの大きさを測定し、その大きさの変化を詳細に解析したところ、図2に示すようにグラフェンとニッケル薄膜の界面からニッケル側の約1ナノメートル(数原子層)の領域で、電子スピンの向きが面内方向から面直方向に回転し、薄膜内部とは異なる配列状態が生じていることが明らかとなりました。さらに、同様の測定を接合体のグラフェンについても行った結果、グラフェンにも面直方向に電子のスピン偏極が生じていることが分かりました。このような現象はニッケル薄膜単独では観測されないため、グラフェンとニッケルの結合によって界面に生じる強い相互作用により引き起こされる、界面特有の現象であると考えられます。

【今後の展開】

磁性金属薄膜は一般に電子のスピンの向きが面内方向に配列する性質があることから、グラフェンに用いるスピン注入源についても、この性質により面内方向にスピンの偏極した電子を注入する方法が考えられていました。しかし、本研究の結果、磁性金属薄膜とグラフェンの界面近傍では電子のスピンが面直方向に配列しやすいことが分かりました。このことから、磁性金属薄膜のスピン注入源から面内方向にスピン偏極した電子を注入しようとしても、電子スピンの配列が面直方向に向きやすい界面近傍の影響により、グラフェンに実際に注入される電子のスピンの向きが乱されてしまうことが予想されます。本結果は、スピン注入源を設計する上で界面に特有な電子スピンの配列状態を考慮することの重要性を示しています。今後、本研究の成果を踏まえてグラフェンスピン素子の研究・開発を行うことで、スピン注入の効率化など素子特性の著しい向上に繋がることが期待できます。

図1 グラフェンとニッケル薄膜の接合体の深さ分解X線磁気円二色性スペクトル
X線の入射角度を変えることで、入射角度の浅い条件(左図)では面内方向に並んだニッケルの電子スピンの割合を、入射角度の深い場合(右図)は面直方向に並んだニッケルの電子スピンの割合を多く含んだX線磁気円二色性スペクトルを得ることができます。また、図中に青線/赤線で描かれたX線磁気円二色性スペクトルは、試料表面から小さな角度(挿入図の青矢印)/大きな角度(挿入図の赤矢印)で放出された電子を測定して得られたスペクトルで、ニッケル薄膜とグラフェンとの界面から浅い/深い領域にそれぞれ対応します。

図2 ニッケル薄膜と単原子層グラフェンの接合体の界面近傍におけるスピン再配列の模式図
深さ分解X線磁気円二色性分光の結果、グラフェンとニッケルの界面から約1ナノメートル(数原子層)の範囲でニッケルの電子スピンの向きが面内方向から面直方向に回転して配列しており、それに対応してグラフェンの炭素原子にも面直方向にスピンの向きの偏りが生じていることが明らかになりました。

【用語解説】

※1 グラフェン
単層の炭素原子から成る二次元物質。炭素原子層の蜂の巣状のネットワーク構造に起因して、高速かつ少ない抵抗で電子を輸送でき、長い距離に渡って電子スピンの状態が保持されることなどから、スピントロニクス材料として卓越した性質を示すことが期待されている。

※2 電子スピン
電子はスピンと呼ばれる自転のような性質を有しており、これは磁気の起源となっている。スピンには上向きと下向きという2つの状態がある。物質中で上向き/下向きのスピンを持った電子の数に偏りが生じることをスピン偏極という。

※3 スピントロニクス
電子スピンの向きを操作することで、電子の持つ電荷に加えて、磁気的性質であるスピンを利用して情報の伝達や処理を行う新しい電子技術がスピントロニクスである。従来のエレクトロニクスデバイスと比較して、高速動作や低消費電力化、高い機能集積度の実現が可能とされている。

※4 深さ分解X線磁気円二色性分光
試料表面からの深さに応じた電子状態を獲得できる深さ分解X線吸収分光と試料内の電子スピンの大きさや向きを知ることができるX線磁気円二色性分光を組み合わせた分光手法。深さ分解X線吸収分光では試料表面から放出される電子の検出角度を変化させることで、深さに応じた電子状態に関する情報を獲得できる。X線磁気円二色性分光では磁化させた試料のX線吸収強度の差を測定することで、電子スピン状態に関する情報を定量的に獲得することができる。

【本件に関する問い合わせ先】

<報道担当>
独立行政法人日本原子力研究開発機構
広報部報道課長 中野 裕範
TEL:03-3592-2346, FAX:03-5157-1950

国立大学法人千葉大学
工学系事務センター総務室 山本 康平
TEL:043-290-3044 FAX:043-290-3039

大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
広報室 報道グループリーダー 岡田 小枝子
TEL:029-879-6047 FAX:029-879-6049
E-mail: press@kek.jp

関連リンク

日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター
千葉大学大学院 融合科学研究科
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所(IMSS)
放射光科学研究施設 フォトンファクトリー
高エネルギー加速器研究機構 構造物性研究センター(CMRC)

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