世界初、ポジトロニウム負イオンの共鳴状態の観測に成功

 

~三体量子系の解明への大きな一歩~

2016年3月18日

東京理科大学
理化学研究所
 大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構


成果のポイント

陽電子※11個と電子2個が束縛し合っているポジトロニウム負イオン※2が、光照射によって共鳴状態※3を形成することを、世界で初めて観測。
・三体量子系の解明に向けての大きな一歩。
・寿命が長い励起状態のポジトロニウムビームの生成が可能に。

【概要】

東京理科大学、理化学研究所、および高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の研究チームは、陽電子1個と電子2個が束縛し合っているポジトロニウム負イオンの共鳴状態を生成し、その分光を行うことに成功しました。誰も容易に実現できるとは考えていなかった、ポジトロニウム負イオンの共鳴状態の生成と観測が可能になりました。
最も単純な三体系であるポジトロニウム負イオンの分光実験が可能になったことで、三体量子系の研究の発展が期待されると同時に、寿命が長い励起状態のポジトロニウム※4ビームの生成への道が開けました。
 
本成果は、英国の科学雑誌「Nature Communications」2016年3月17日(現地時間)にオンライン掲載されました。

【背景】

世の中でもっとも軽い原子は水素原子ですが、電子と電子の反粒子である陽電子が束縛しあった「ポジトロニウム」は、さらに軽い水素原子様の束縛状態(複合粒子)です。ポジトロニウムに、さらにもう1個の電子が加わってポジトロニウム負イオンを作ることもあります。ポジトロニウム負イオンは質量が全く等しい3個の粒子からなる珍しい束縛状態です。

ポジトロニウム負イオンに特定の波長の光を照射すると、ポジトロニウムと電子の束縛が一時的に継続している状態(共鳴状態)を経て、短時間のうちに電子が一つ分離して、ポジトロニウムと電子に分かれると考えられています。これは量子力学の効果の一つであり、共鳴状態を実験的に観測することは、量子多体問題解決における重要な一歩となります。共鳴状態は一般の原子や分子ではしばしば観測されます。ポジトロニウム負イオンの共鳴状態も、30年以上前から存在が理論的に予測されていましたが、実験的に観測した例はありませんでした。

【研究内容】

今回の研究では、ナトリウムを蒸着したタングステンを使ってポジトロニウム負イオンを効率よく生成し、それをレーザー光で照射して共鳴状態を検出することに成功しました。

これまでの研究から、波長が3.8 μmより短い(エネルギーが0.33 eVより大きい)光をポジトロニウム負イオンに当てると、電子1個がイオンから分離してポジトロニウムになることがわかっています(図1a)。この現象を光脱離と呼びます。光脱離は先ず共鳴状態になってから起きることもあります(図1b)。共鳴状態ができる波長は230 nm付近で、

図1 ポジトロニウム負イオンの光脱離。(a)は直接的な光脱離、(b)は共鳴状態を経由した光脱離。

そこでは量子力学的な効果によって光脱離が他の波長よりも起こりやすくなることが予測されていました。レーザー光の波長を変えながらポジトロニウム負イオンに照射すると、光脱離によって生成されるポジトロニウムの数が、共鳴状態が形成される波長で突然増大し、幅が狭くて鋭いピークとなって現れるはずです。実験では、この付近の波長をもつパルス色素レーザーを用いました(図2)。

図2 ポジトロニウム負イオンの共鳴状態を観測するために開発した装置
(Nature Communications, vol. * より転載)

【成果】

照射したレーザー光による、ポジトロニウムの生成数の変化を図3に示します。ピークは、共鳴状態ができたためにポジトロニウムの生成量が増加したことを表しています。黒の実線は理論で予測されるピークの形をフィッティングしたものです。ピーク位置とその形状は、理論とよく一致していることが確かめられました。

図3 得られたデータ。ポジトロニウム生成数を光子のエネルギーに対してプロットしたもの
(Nature Communications, vol. * より転載)

本研究は、科研費基盤研究(S)、研究活動スタート支援、KEK放射光共同利用研究によって行われました。

【今後への期待】

今回の研究成果は、ポジトロニウム負イオンの大量生成、レーザー光を使ってポジトロニウムと電子に分離する「光脱離」(図1)や、ポジトロニウム負イオンの光脱離を利用したエネルギー可変ポジトロニウムビームの生成に続く重要なステップとして、ポジトロニウム負イオンの共鳴状態の観測に世界で初めて成功したものです。誰も容易には実現できると考えていなかったポジトロニウム負イオンの共鳴状態の観測が、ナトリウムを蒸着したタングステンを使った大量生成で可能になりました。また加速器でつくられる短パルス低速陽電子ビームとパルス色素レーザーを組み合わせたことも、大きな役割を果たしています。

この成果によって、ポジトロニウム負イオンの分光が初めて可能になりました。今後は、もっと広い範囲の波長のレーザー光を使って、ポジトロニウム負イオンの光脱離の全容が解明される予定です。また形状共鳴を経由して得られるポジトロニウムは寿命が長い励起状態にあるため、このプロセスを利用することによって、寿命が長いポジトロニウムビーム生成への道も拓けます。


本研究は、東京理科大学満汐孝治助教、長嶋泰之教授、理化学研究所金井恒人専任研究員、久間晋研究員、東俊行主任研究員、高エネルギー加速器研究機構兵頭俊夫特定教授、柳下明教授、和田健特別准教授、望月出海研究員のグループによる共同研究です。本成果は英国の科学雑誌「Nature Communications」オンライン版3月17日付(現地時間)に掲載されました。

<論文名>
「Nature Communications」vol.*、オンライン版(3月17日付、現地時間)"Observation of a shape resonance of the positronium negative ion"
(日本語名:ポジトロニウム負イオンの形状共鳴の観測)

【お問い合わせ】

<研究内容に関するお問い合わせ>
東京理科大学 理学研究科物理学専攻
教授 長嶋泰之
Tel:03-5228-8724
E-mail:ynaga@rs.kagu.tus.ac.jp

理化学研究所 東原子分子物理研究室
主任研究員 東俊行
Tel:048-462-1614
E-mail:toshiyuki-azuma@riken.jp

高エルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
特定教授 兵頭俊夫
Tel:029-864-5658
E-mail:toshio.hyodo@kek.jp

<報道に関するお問い合わせ>
東京理科大学 研究戦略・産学連携センター
Tel:03-5228-7440
FAX:03-5228-7441
E-mail:ura@admin.tus.ac.jp

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-4098 (内線:91-2739)
E-mail:ex-press@riken.jp

高エネルギー加速器研究機構
広報室長 岡田小枝子
Tel:029-879-6046 Fax:029-879-6049
E-mail:press@kek.jp

【用語解説】

※1 陽電子
電子の反粒子。質量は電子の質量に等しく、電荷は正で電子の電荷の絶対値に等しい。放射性同位元素のβ崩壊や高エネルギーγ線からの対生成で得られる。電子と出会うと対消滅して2本または3本のγ線になる。

※2 ポジトロニウム負イオン
陽電子1個と電子2個の束縛状態(複合粒子)。平均寿命は0.479 ナノ秒で陽電子と1個の電子が自己消滅し、2本のγ線を生じて(2光子消滅)1個の電子が残る。

※3 共鳴
一時的な束縛状態のこと。様々な原子分子過程その他で、中間状態として形成される。本当の束縛状態ではないが、それによく似ていて、短い寿命で崩壊する。ポジトロニウム負イオンで予想されている共鳴にはフェッシュバッハ共鳴と形状共鳴の2種類があり、今回、形状共鳴の観測に成功した。
フェッシュバッハ共鳴:原子や分子が他の原子や分子と衝突したり光を吸収したりしてエネルギーを得て、一時的に2個の電子がエネルギーの高い軌道に移った状態。次の瞬間に1個の電子が飛び出し、もう1個の電子は低いエネルギーの軌道に戻る。
形状共鳴:原子や分子がエネルギーを得て、1個の電子がたたき上げられて一時的に弱く束縛されている状態。この電子は、次の瞬間に束縛から放たれて飛び出していく。

※4 ポジトロニウム
電子と陽電子の束縛状態(複合粒子)。構成要素である電子と陽電子が対消滅してγ線になる。75%はオルソポジトロニウムと呼ばれる状態で、真空中では142 ナノ秒の平均寿命で自己消滅して3本のγ線を生る(3光子消滅)。残りの25%はパラポジトロニウムと呼ばれる状態で、真空中では0.125 ナノ秒の平均寿命で自己消滅して2本のγ線を生じる(2光子消滅)。これらの寿命は人間の感覚では極めて短いが、その間にポジトロニウムは原子として様々な振る舞いをする。

関連サイト

物質構造科学研究所
低速陽電子実験施設
東京理科大学
理化学研究所

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