【KEKのひと #27】「生きている」とはどういうことか? 安達成彦(あだち・なるひこ)さん

 
生きているとはどういうことなのか。その果てしなく大きな謎に、DNAやタンパク質というナノサイズの小さなものを研究することで迫ろうとするKEK物質構造科学研究所 構造生物学研究センター特別助教の安達成彦さんにインタビューしました。
「生きていること」の謎に迫る 安達成彦さん
生きているとはどういうことなのか。その果てしなく大きな謎に、DNAやタンパク質というナノサイズの小さなものを研究することで迫ろうとするKEK物質構造科学研究所 構造生物学研究センター特別助教の安達成彦さんにインタビューしました。
―どのような研究をされているのですか?

「生き物が持っている非常に洗練された仕組みの研究をしています。生き物を作るための情報は、すべて、細胞の中のDNAに書き込まれているのですが、そのDNAから情報を読み出す反応を『転写』と呼びます。転写という反応を起こすためには、TFIID(ティエフ・ツーディー)というタンパク質が必要です。TFIIDはほとんどすべての生き物が持っていて、これがないと生き物は死ぬわけですが、このタンパク質の形を明らかにして、DNAから情報を読み出す仕組みを調べるということをしています」

―とても小さな世界の研究ですね。

「タンパク質の大きさは、数ナノメートルなので、1ミリの1000分の1のさらに1000分の1の世界ですね。タンパク質はナノメートルの大きさしかないのに、エネルギーを作ったり、新しい物質を作ったり、DNAを編集したりできます。人間が作るマシンでは、このサイズでこれほどの性能のものは作れません。そしてすごいのが、自動車のエネルギー変換効率が30%なのに対し、生き物のタンパク質には、ほぼ100%の効率でエネルギーを利用できるものもあります」

―生き物はそれを自然にできているわけですね。

「さらに、DNAに書き込まれている全情報量は人間でさえ750MB(メガバイト)程度で、CDロム1枚分くらいのものなのです。この少ない情報量を元にして、体を作ったり、話したり、社会を作ったり、すべての活動が行われています。一体どうやってそんなことができるのかというのが、知りたいことです」

―TFIIDというタンパク質の構造を調べることで、その生き物の仕組みが分かるということですか?

「TFIIDは転写におけるハブ空港のような存在なので、TFIIDを中心に研究を進めればなんとかなると考えています。ただ、転写の仕組みはとても複雑なので、まず、放射光を使ってタンパク質の形を明らかにすることが必要です。形を知らずに研究を進めることは、目をつぶってパズルを組み立てるようなもので、とても難しいですし、間違いやすいのです。ただし、これは写真のようなもので、タンパク質が静止している状態なので、動いている状態を見る顕微鏡での研究を組み合わせて、まさに生きている様子に迫ろうとしています。さらに、今ある生き物がその仕組みをいつどのように獲得したのかという進化の研究も行っています」

―生き物の仕組みに興味を持たれたきっかけは?

「もともと飛行機のパイロットになりたくて、大学は早稲田大学理工学部の機械工学科に入りました。当時は視力の条件が厳しくて、勉強しているうちに視力が落ちてしまい、パイロットの夢を断念せざるを得なくなってしまいました。そんな時、物理学科の先生が講義で『タンパク質はあたかもナノマシンのように働く』というお話をされていて興味を持ち、2年生から物理学科に移り、生物物理の分野に進みました」

―それから生物の世界へ?

「もっと生き物について知りたいと、科学技術振興事業団(現JST)のERATOプロジェクトに所属して転写の研究をして、博士号を取得しました。2005年からは当時お台場の産業技術総合研究所にいらっしゃった千田先生(KEK構造生物学研究センターの現センター長)の研究室に移り、その流れで2013年にKEKに入りました」

―DNAから情報を読み出すというのは、いろいろな生き物で同じことをしているのに、人間が言葉や道具を使ったり、社会を構成したりするのは、どこが違うからなのでしょうか?

「それについては、よくわかっていません。先ほど人間の1個の細胞にあるDNAの情報が750MB程度という話をしましたが、人間はその中に、タンパク質の設計図である遺伝子が2万6000個、含まれています。遺伝子の数を比べると、大腸菌は4000個、酵母は6000個と人間よりも少ないのですが、ネズミやトウモロコシは3万個ほどと人間よりも多いので、DNAにたくさん情報を持っているからといって、複雑なことをできるというわけではないようです。とにかく、生き物がやっていることは不思議です。ここで1つ、例え話をしますが、人間は60兆個の細胞からできあがっていて、それぞれの細胞に2万6000個の遺伝子があって、どの遺伝子が働くかによって、細胞が役割分担をしています。これは、2万6000個のアプリが入ったスマホが60兆個あって、各々が別々のアプリを起動しながらネットワーク作っているような状態です。こんなに複雑なのに、うまく連携しあって生きているのが、生き物のすごいところです。」

―ものすごく不思議な話ですね。生き物と機械の境界、という話にもつながってきますね。

「とにかくよくできているとしか言いようがないです。我々の研究成果が、生き物が持つ新しい情報処理の仕組みの発見につながれば、コンピューターや人工知能などの開発にも活かせるのではないかと思っています。生きているとはどういうことなのか、その仕組みはまだ想像もできないのですが、生き物、自然から教えてもらいたいです。自分が生きている間に、その仕組みがわかるといいなと思います」

―ありがとうございました。

(聞き手 広報室・牧野佐千子)

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