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タンパク質構造の非対称性と遺伝子制御システムの複雑性
~東大 分生研・物構研・理研の研究グループが「分子進化論」続編にあたる論文を発表~

物構研トピックス
2017年12月27日

生命を形作るために必要な遺伝情報はゲノムDNAに記録されています。 生命の情報処理の仕組みは非常に優れていて、人間のように複雑な生物でさえ、わずか750メガバイトの情報量で成り立っていると言われています。 ということは、生命は少ない情報から複雑性を生み出す何らかの仕組みを持っているということが予想できるでしょう。 もし、遺伝情報の読み出しの作動原理や設計原理を解明できれば、人類の作る演算装置・情報処理装置・人工知能の開発に応用できるかもしれません。

KEKハイライト「分子進化論」より


生命は、バクテリア・古細菌・真核細胞生物の3種類に分類できます。 バクテリアは大腸菌や納豆菌などを含むグループ、古細菌は温泉や海底噴火口付近に生息するメタン菌などを含むグループ、 真核細胞生物は酵母・昆虫・植物・動物などを含むグループです。 近年の研究から、生命の共通祖先からまずバクテリアが分岐し、その後、古細菌と真核細胞が分岐したことがわかっています。
遺伝情報を読み出す仕組みは、まずバクテリアにおいて研究が進みました。 バクテリアの遺伝情報の読み出し機構はとても単純で、転写*酵素・転写開始因子・転写調節因子という3種類の因子(全部で7種類のタンパク質)が必要であることが知られています。
古細菌・真核細胞においても3種類の因子が必要という点は同じですが、古細菌では複雑化が進み16種類のタンパク質が、真核細胞ではもっと複雑化が進んで、少なくとも70種類のタンパク質が必要です。
真核細胞の遺伝情報の読み出しシステムの複雑性は、真核細胞生物の複雑性を生む原動力となっていると想像されますが、 これらの分子レベルの情報は化石としては残らないので、進化の過程で真核細胞のシステムがどのように複雑化したかは全く分かっていませんでした。

*転写:DNAに書き込まれている情報が、転写酵素によってRNA(mRNA, tRNA, rRNA, snRNAなど)と呼ばれる物質として写し取られること


転写開始に必須で全遺伝子の9割の発現を制御する転写開始因子「TATAボックス結合因子(TBP)」は真核細胞と古細菌にはあって、バクテリアにはないことが分かっています。 東京大学 分子細胞生物学研究所の堀越 正美 准教授、物構研 構造生物学研究センターの千田 俊哉 教授・安達 成彦 特別助教らの研究グループは、 2008年にフォトンファクトリーで、古細菌の中で、古くからモデル生物として使われている メタノカルドコックス・ヤンナスキイ*という生物のTBPの結晶構造を決定しました。 2016年に、メタノカルドコックス・ヤンナスキイの立体構造情報を出発点とした分子進化的な解析を、真核細胞・古細菌あわせて34種に対して行いました。 その結果、この生物の転写システムは、真核細胞と古細菌の共通祖先が持つ転写システムにかなり近いことが分かりました。
今回、理化学研究所の川上 英良 上級研究員を研究グループに迎え入れ、データベースで取得可能な全ての真核細胞(277種)、および古細菌(176種)に対して、 分子進化的な解析を行いました。

*メタノカルドコックス・ヤンナスキイ(Methanocaldococcus jannaschii):
超好熱性のメタン菌で、深海の熱水噴出孔から発見された。古細菌として初めて全ゲノムが解析された種。


TBPは180度回転させると同一の形になる 2回対称 の構造を持ちます。 これは約30億年前に起こった遺伝子重複*と呼ばれる現象の産物と考えられていて、 その直後は完全に2回対称でしたが、進化の過程で突然変異が蓄積したため対称性が崩れていったと理解されています。
研究グループは、進化の過程で形成されたタンパク質構造の非対称性を、独自に開発した分子進化の指標(dDR)によって定量し、 さらに、既存の分子進化の指標(PD)や立体構造情報と組み合わせて考察することで、
(1) 古細菌TBPはほぼ2回対称な立体構造を持つため、相互作用因子を増やせなかったこと
(2) 真核細胞TBPは甚だしく非対称な立体構造を持つため、相互作用因子を増やせたこと
(3) 真核細胞TBPは、複数の相互作用因子を獲得した後に、急激に変化できなくなったこと
を明らかにしました。

*遺伝子重複:遺伝子組み換えにより遺伝子を構成する塩基配列が重複して繰り返し配列が生じること。 遺伝子全体が重複する場合もあれば、一部の領域だけが重複する場合もある。また、重複回数が1回の場合もあれば、数百回に及ぶこともある。

今回の計算結果の模式図(左)と分子進化のモデル図(右)
左図の一番上(予想)は、ランダムに変異が起こった場合、通常期待される分子進化の指標の振る舞いを示している。
実際に調べてみると、TFIIBは予想どおりだが、TBPでは多様性の指標PDが予想を裏切って低下することが分かった。
それを説明するため、右図のようなモデルが考えられた。

この研究によってもたらされた知見を基にして、真核細胞の転写システムが複雑化した進化的な軌跡を明らかにすることが可能となるでしょう。 また、このことは生命が持つ情報処理機構の設計原理の解明に貢献できると考えられます。

論文情報

関連情報東大プレスリリース(2016/6/16)
「分子進化の新しい解析法の発見により、数十億年前から現在に至る遺伝子制御システムの進化を明らかにした」

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