【KEKエッセイ #21】チコちゃんは知っている!? ビールの泡が消えない理由

 

ビールやコーラなどの炭酸飲料から立ち上る泡。これは中に溶けている二酸化炭素(炭酸ガス)が出てくる、ということはご存知の方も多いかと思いますが、その泡が表面ですぐに消えてしまう場合と、泡の層を作って残る場合があります。泡の層を作る代表的な飲みもの、といえばビール。このビールの泡はなぜなかなか消えないのか。“勝手にチコちゃんに叱られる”シリーズ第3弾として、この「泡の秘密」を取り上げます。(物質構造科学研究所 瀬戸秀紀)

ビールの泡
Osamu Araoka

チコ「ねえねえ岡村、この中で一番、苦いものが似合う渋い大人ってだあれ?」

岡村「山田和芳さん行きますか」

山田「いいよ」

チコ「カズは元物構研所長だし、お酒には詳しいよね」

山田「おお、任せとけ」

チコ「ビールとかシャンパンとか知ってる?」

山田「昨日も飲んだよ」

チコ「ビールもシャンパンも泡が出るよね。だけどシャンパンの泡はすぐに消えるのに、ビールの泡は残るじゃない。なんで」

山田「え!えーーっ?」

お酒の中に含まれるアルコールは、グルコースやショ糖などの糖を酵母が分解することで作られます。シャンパンなどのワインは、もともとブドウの中に含まれていた糖が発酵してできます。一方、ビールの原料である大麦に含まれているのは糖ではなくデンプン。従って、まずは麦芽に含まれる酵素がデンプンを分解して糖を作り、その後、酵母がアルコール発酵を行います。どちらの場合も、酵母が糖を分解する時にアルコールを作ると同時に二酸化炭素も作ります。このため、どんなお酒でもできた当初は二酸化炭素を含むことになります。

二酸化炭素は水に多少は溶けるのですが、室温で溶ける量はそれほど多くなく、そのまま放置するとガスが抜けて「気抜け」になってしまいます。また、温度が上がると溶ける量が減るので、ビールやシャンパンなどは瓶や缶に密封して保管します。このため、瓶や缶の蓋を開けると圧力が急に下がり、水に溶けていられなくなった二酸化炭素が出てきて気泡になり、表面に向かって上昇します。水と二酸化炭素だけの炭酸水の場合は、水中で発生した泡が水面に出るとそのまま空気中に逃げるだけです。シャンパンも同様で、グラスの中で立ち上った泡は水面に達するとそのまま消滅します。

では、ビールはなぜ水面に泡の層ができるのか。ビールについて考える前に、同じように泡立つ石けん水について考えてみましょう。石けんは、水を引きつける部分(親水基)と油を引きつける部分(親油基)を持つ「両親媒性分子」でできています。台所用洗剤の成分表を見ると「界面活性剤」と書いてありますが、この界面活性剤と両親媒性分子は同じものです。油汚れの表面にはこの両親媒性分子が親油基を向けて吸着し、膜を作ります。すると油汚れの外側は両親媒性分子の膜に覆われて、水に馴染むようになります。こうして、油汚れを油滴の形にして水中に分散させるのです。

同じことは、ビールの中でも起きています。ビールには麦芽に由来する両親媒性のタンパク質が含まれています。二酸化炭素の泡が発生した瞬間、これらのタンパク質の親油基が泡の中を、親水基が泡の外を向くように泡の表面を覆います。泡は表面を覆われているとはいえ水より軽いので、炭酸水と同様、表面まで上っていき、表面に出る時は両親媒性分子膜に覆われた状態となります。この膜はそれなりに強くてすぐには壊れないので、水面に泡の層を作るのです。

では、コーラなど水面に泡ができる炭酸飲料は他にもたくさんあるのに、なぜビールの泡だけが長く残るのでしょう。それは、ビール中の分子に秘密があります。ビールには両親媒性のタンパク質だけでなく、ホップに由来する苦味成分であるイソフムロンも含まれています。このイソフムロンはタンパク質同士を結合させて膜をより強くする性質があります。このためビールの泡だけを口に含むと苦味を強く感じるのです。つまりビールは麦芽とホップで作るからこそ、黄金色の液体表面に分厚い泡の層を作って美味しさを閉じ込めることができるのです。

「泡沫(うたかた)のように儚い」という言葉があるように、脆くすぐに消えてしまうものの代表の「泡」ですが、泡を作る「発泡」と泡を消す「消泡」を制御する技術は工業的にたいへん重要です。今夜はビールで乾杯する前にちょっとだけ泡に目を留めて、ここにもサイエンスがあることに思いを馳せてみませんか。

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