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分子進化論

物構研ハイライト
2016年7月23日

地球に初めて生命が誕生したのは約38億年前。どんな姿形をしていたのだろうか。そこからどのように進化し、現在のように多様な生物界を作り上げてきたのだろうか。直接見ることのできない進化の様子を、DNAを読む仕組みから解明する研究が行われている。

生物が受け継いできた仕組み

原始生命は、遺伝情報を持つDNAが膜に包まれただけの単純なものだったと考えられている。その後、真正細菌(バクテリア)と古細菌が分かれたのが約35億年前。そして細胞膜や細胞質が複雑になると共に、DNAは別の膜に包まれ、核を持つ生物、真核細胞が約20億年前に誕生したと考えられている。

核を持ったことでDNAはより長く、複雑な情報を安定して保存できるようになったようだ。この時一緒に発達したのが、DNAの情報を読む仕組み。DNAとはアデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)の4種類の塩基が鎖状につながってできた、生きるための機能全ての設計図となる重要な物質。DNAの中には遺伝子の情報が書いてあり、その25文字上流にTATAという順で塩基が並んでいる箇所がある(図1)。遺伝子の情報を読む時には、まずTATAという配列にTBP(TATAボックス結合タンパク質)が結合する。そしてTBPを足場として次々とタンパク質が結合し、DNAの一部がコピー(RNA合成)される(転写)。RNAは核の外へ運ばれ、タンパク質合成の場であるリボソームに移動しタンパク質へと変換される(翻訳)。この複雑な仕組みが全ての細胞内で行われているだけでも驚きに値するが、現在生き残っている古細菌からヒトに至るまで、この仕組みは殆んど同じだと言うから驚嘆する。種を超えて保存されているということは、生物にとって重要であることを意味する

図1:DNAから遺伝情報を読む仕組み

TBPはどこから?

遺伝子の情報を読むために必須なTBPを、1989年に世界で最初に発見したのが東京大学分子細胞生物学研究所の堀越正美准教授。その後、色々な生物からTBPの発見が相次いだが、真正細菌(バクテリア)にだけは存在しなかった。「こんなに重要なTBPが、真核細胞と古細菌にはあって、真正細菌にはない。TBPの祖先は何なのか?」と堀越准教授は疑問に思っていた。

安達成彦特別助教

学生の頃、堀越准教授に師事していたKEK物質構造科学研究所の安達成彦特別助教(写真)はTBPの研究に着手した。「昔の生き物を調べる方法といえば、化石や凍土から発見された遺骸ですが、古細菌のような単細胞生物は化石になり難いし、DNAやタンパク質が解析できるほど良い状態で保存されていることは、ほぼありません。」と語る。古細菌は今でも深海の熱水噴出孔や塩分濃度の高い湖など、原始地球に似た特殊環境で生存している。そこで今現在、生存している古細菌のTBPの立体構造をフォトンファクトリーを利用してKEK物構研の千田俊哉教授と共に決定(図1左下)。古細菌と真核細胞が持っているTBPを比較した。すると、形状や機能は同じであるにも関わらず、表面の性質が古細菌では酸性、真核細胞では塩基性と幅広いバリエーションがあることが立体構造から明らかになった。TBPの結合相手であるDNA表面は酸性のため、TBPも酸性だと反発して近づきにくく、塩基性であるほうが結合に有利となる。これらの違いは、進化の結果として生じたものであるが、古細菌と真核細胞のどちらのTBPが祖先に近いかは、決定できなかった。

「古さ」を決める基準

古細菌という名から古い生き物という印象があるが、必ずしも祖先に近いわけではない。古いか新しいかを決めるには基準が必要であり、古細菌のTBPが真核細胞のTBPより祖先に近いと決定づける証拠は今のところなく、いわば状況証拠的に古いとされている。この問題に対し、安達特別助教が着目したのは、DNAにコードされているTBPを作る遺伝子配列の「繰り返し」部分。具体的にはこうだ。TBPの遺伝情報のある部分に「AAAAA」という配列があるとして、何かをきっかけに重複が起こる。重複コピーされた瞬間は「AAAAA - AAAAA」という全く同じ文字列が二回連続する。この状態を祖先と考える。一度重複した遺伝情報は、世代を超えて受け継がれていく。その間、ある確率で変異が起こる。すると全く同一だったものが「ATAAA - AATAA」に、さらに時間が経つと「ATATA - AATAT」と変化していく。重複配列の間の差異を数値化し、祖先からの変化と考える。つまり、変化量の大きいものほど、祖先から遠いと言えるのだ。この方法を用いて、古細菌からヒトを含む生物34種のTBPの繰り返し配列を比較、ランク付けをした(図2)。同様に転写においてTBPと一緒に働くタンパク質TFIIBについても繰り返し配列を比較した(図3)。その結果、両者ともに古細菌の方が真核細胞より共通祖先に近く、特にメタン菌のTBPやTFIIBが共通祖先に近い性質を持つことが示された。

図2:共通祖先から近い順のランキング(dDR: distance between Direct Repeats)

TBP遺伝子を共通祖先から近い順に並べると、最初に調べたTBP表面の性質の違いも説明できる。祖先から近い順に、TBPのアミノ酸組成を調べると、徐々に酸性から塩基性へと変化していた。DNA表面は酸性なので、TBPはDNAとの結合に不利な酸性のアミノ酸を減らしていったと考えられる。さらに3人で考察を進めると、DNAから遺伝情報を読むシステムが進化的に発達する過程で、TBPよりもTFIIBが先に加わったことも明らかになった。



図3:本手法dDRにより書き換えられた新しい無根系統樹
赤字ほど共通祖先に近く、青字ほど共通祖先から遠いことを示す。

情報を利用する仕組み

「DNAは生命の設計図です。A、T、G、Cのたった4種類の文字で構成され、ヒトDNAは30億文字、データ量にすると750MB。CD一枚に収まってしまうくらいしかないんです。それなのに、こうやって話をしたり、考えたり、色んなことが出来ます。それにはDNAに書き込まれた限られた情報を上手に活用する方法、つまりDNAを読む仕組みに何か巧妙な仕掛けがあると思うんです。」と研究の動機を語る。安達特別助教は遺伝子発現制御の仕組みの解明を専門としている。DNAから遺伝情報を読むには、80種類以上のタンパク質が関わっている。これらが必要に応じて集合し、仕事をしてまた解散する。今回の中心となったTBPもその一つ。「DNAの情報を活用する仕組みが解明できれば、今の情報社会の中で、例えば人工知能の性能向上にも応用できるかもしれない。」と展望を語った。



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関連サイト
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構造生物学研究センター
東京大学分子細胞生物学研究所