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私にスピンをわからせて! スピンオフコラム ~ KEKの2つの研究所 ~

物構研トピックス
2018年12月14日

「私にスピンをわからせて!」(わたスピ)からスピンオフしたコラムのコーナーです。
本筋のスピンの話からは脱線するけれど、製作過程で飛び出した、わたスピ読者にぜひ聞いてほしいお話です。

KEKの2つの研究所

物質構造科学研究所 村上 洋一

素核研と物構研

KEKにある2つの研究所「素粒子原子核研究所(素核研)」と「物質構造科学研究所(物構研)」。どちらも大型加速器を使って研究を行っていますが、両者はとても対照的な面を持つことをご存知ですか?
素核研では、加速器で加速された粒子同士をぶつけてその粒子を調べ、大勢で一つの大きな実験を行います。一極集中型による研究で、大きな研究資源が必要であるため、ビッグサイエンスと呼ばれています。一方、物構研は、加速器で加速された粒子によって生み出されるビーム、いわゆる量子ビーム(放射光・中性子・ミュオン・陽電子)を対象物にぶつけてその対象物を調べます。一つの加速器からたくさんのビームラインが伸びているので、小さなグループが多数集まり、それぞれのテーマで研究しています。一つの研究テーマ当たりの研究者数が少なく、必要な資源規模も小さいことから、スモールサイエンスと呼ばれています。ビッグ、スモールというのは、このように研究規模の違いを形容しています。KEKでは、ビッグサイエンスとスモールサイエンスが共存しているのです。

また、こんな見方もできます。
素核研は、物質の在り方の根源に遡り、素粒子や原子核の世界の法則を発見するために研究を行っています。その名の通り、素粒子や原子核の1個を取り上げて詳しく調べています。
一方、物構研では、原子や分子がたくさん集まった物質・材料や生体高分子などを研究対象としています。原子・分子がたくさん集まると、個々の原子や分子が持ち得なかった多様な性質(電気・磁気的性質や生命現象など)が現れます。それらの性質がなぜ生まれるのか、物質の構造や状態を調べることによって理解し、そこで現れる新たな法則を発見するために研究を行っています。
このように、極微の世界を解明する研究と、原子・分子の集合体の性質を解明する研究、いわば、個と多を扱う2つの研究所を併せ持つのがKEKなのです。

スケールが変われば、世界が変わる

素核研の研究で取り扱う究極的に小さい空間スケールとしては、「プランク長さ(約10-35 m)」というものがありますが、一般に素粒子物理学で扱う空間スケールは10-18 m程度以下です。 原子核物理学では、原子核の大きさ(10-15 m程度)以下のスケールを扱います。
一方、物構研では、原子や分子の集合体を研究対象とするので、原子の大きさ(10-10 m程度)以上のスケールを扱います。分子の大きさは、nm(=10-9 m)程度ですが、それらが集合した物質・生命科学の実験試料の大きさは、μmからmmのサイズを持っています。

研究対象のスケールが違うと、構成粒子数も違い、粒子間(あるいは粒子群間)の相互作用も変わってきます。私たちの世界では、ある粒子が集まると一つの集合体を形成し、その集合体がさらに大きな一つの集合体を形成するということが幾重にも積み重なり、いわゆる階層構造を持つことがよく起こります。このような階層構造をもつ世界では、各階層ごとに独特な物理(あるいは化学、生命科学)の法則が生じます。ミクロの世界の法則から、このマクロな世界の法則を導くことは、一般に容易ではありません。

「わたスピ」では、マクロな世界に住む我々が、ミクロな世界の有り様をできるだけ直感的に理解しようとしています。

4つの力

現代の物理学では、この宇宙には4種類の力が存在することが分かっています。素粒子を結び付け核子や原子核を作る「強い力」、中性子が陽子に変わるときなどに関わる「弱い力」、電気や磁気に関係する「電磁気力」、そしてニュートンの万有引力の法則で表される「重力」です。素核研では、これらの4つの力を統一的に理解できるような究極の理論を探し求めています。
現在の宇宙が構成されるためには、この4つの力が不可欠ですが、私たちが日常的に感じることができる力は、電磁気力と重力だけですね。また、物構研の研究対象である「物質」の中で、原子・分子間に働く重要な力は電磁気力だけです。電磁気力というただ一つの力から、驚くほど多様な*(磁性体・誘電体・超伝導体などの相)、さらには生命現象が生じています。なお、重力は電磁気力に比べて、桁違いに小さいので、物質・生命科学の中では、一般に重要な役割は果たしません。

*相:物質系において明快な境界で他と区別され、その内部では化学的組成および物理的状態が均一である領域のこと。典型的な例として、氷・水・水蒸気に代表される物質の三相(固相・液相・気相)があります。

数学と物理

一般に数学は、物理・化学・生命科学のような自然科学とは、学問領域として区別されています。KEKでは自然科学の研究を中心に行っています。数学は自然科学を研究するときの世界共通の言語で、KEKの研究者の多くは日々、数学という言葉を用いて研究を進めています。数学は、非常に厳密で曖昧さがないので、自然科学研究の言語として最適だからです。 数学では、一度証明されたことは未来永劫正しいのですが、自然科学では、あるとき正しいと思われたことが、後で厳密には正しくなかったことが判明するというようなことがよくあります。厳密にいえば、自然科学は近似的にしか正しくないということです。
素核研と物構研では、研究する自然科学は違っていますが、利用する数学という言語は共通で、多少の方言はあるにしても、数学を通じて互いの学問を理解することは可能です。

さて、物理で使うスピンのような概念を正確に理解するためには、数学を使う必要がありますが、「わたスピ」では、数学なしに直感だけに頼って、どこまで本質が理解できるかに挑戦してみたいと思います。

物質・生命科学って何?

素粒子物理学者 九後 太一(くご たいち)先生は、素粒子物理学を指して「『存在』の必然性を明らかにする学問である」と看破されました。
だとすれば、 物構研で進めている物質・生命科学を、同じように一言でいうと、どんな学問であると言えるのでしょうか。「生命科学は『生命』の必然性を明らかにする」、つまり、何故、生命というものが生まれてきたか、その理由を明らかにする学問であると言えそうな気がしますね。それでは物質科学はどうでしょうか。「物質科学は物質の『相』の必然性を明らかにする」学問であると言えるのではないでしょうか。
この後の「わたスピ」で、物質の「相」の話が出てくるかもしれませんよ。


参考ビデオ:京都大学OCW 九後 太一(基礎物理学研究所 教授)最終講義「素粒子論に志して」 ©2012 九後 太一 教授
この資料は、京都大学OCWウェブサイトに掲載されている、京都大学 九後 太一 教授の授業「素粒子論に志して」(2012年)の講義資料であり、その著作権は同教授に帰属します。

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