CMRC 構造物性研究センター

KEK

新しい機構による「重い電子」状態の証拠

「幾何学的電子相関」研究グループ

<研究の背景>
希土類(ランタノイド、アクチノイド)と呼ばれる元素を含む金属では、f軌道にある電子がその原子内に留まる(=局在性が強い)傾向があり、これとは別の、広がったs軌道にある電子が「伝導電子」として金属的な伝導を担っています。さらに、このような金属では、f電子が「近藤効果」と呼ばれる相互作用で伝導電子と結合し、低温ではf電子の持つ自由度が伝導電子に繰り込まれて新しい金属状態が出現することが知られています。この新しい金属状態では、あたかも伝導電子の有効質量が何桁も重くなったように振る舞う(最も極端な場合には千倍に達することもある)ので、「重い電子状態」と呼ばれます。希土類化合物の重い電子状態が1980年代に発見されて以来、その微視的メカニズムの解明に向けた努力が固体物理学に大きな発展をもたらしたことはよく知られています。
ところで、遷移金属化合物の中にはf電子を含まないにもかかわらず一見同じように「重い電子」状態を示すものがあり、そのような金属としてYMn2、LiV2O4がよく知られています。しかしながら、これらの物質における重い有効質量の原因は依然として大きな謎となっています。特にLiV2O4では、バナジウムのd電子が二つの異なる軌道に分裂し、f電子のように局在性の高い成分と広がった伝導電子の成分に分かれて相互作用をする結果、f電子系と同じような機構で重くなるのではないかとの理論的提案がなされましたが、研究が進むにつれて実験事実と必ずしも整合しないことが明らかになりました。一方で、YMn2、LiV2O4いずれもパイロクロア格子(図1)という極めて高い結晶対称性を共通に持ち、そのような格子点上にある局在的な電子どうしが反強的な相互作用を持つ場合、「幾何学的フラストレーション」と呼ばれる特異な状態にあることも予想されることから、これが重い電子状態の出現と何らかの関係があるのではないかと取沙汰されていました。

図1:パイロクロア格子。YMn2、LiV2O4 ではそれぞれMnおよびVイオンがこの格子点上に位置する。 もちろん、それらイオンに付随するd電子は結晶全体を遍歴している。



<研究手法>
そこで、KEK物質構造科学研究所構造物性研究センターの門野良典教授を中心とする研究グループは、1990年代以降研究が中断していたYMn2に注目し、京都大学の中村裕之教授のグループと協同でミュオンスピン回転・緩和(μSR)による研究を行いました。特に、YMn2ではYを少量(数%)のScで置換えることにより低温での磁気秩序発達が抑えられ、結果として伝導電子の有効質量が10~15倍になることが知られていましたが、同研究グループはそこで重い電子状態に伴って現れる比較的緩やかなマンガンスピンの揺らぎに注目し、その振る舞いをSc濃度の関数としてμSRで詳しく調べました。

図2:ミュオンスピン緩和率から見積もられたYxSc1-xMn2中でのMnスピン揺らぎの周波数を温度に対して両対数でプロットしたもの(ベキ乗則に従う場合直線になる)。Inset:ベキ乗の指数αとSc濃度の関係。

<研究の成果>
この研究では、ミュオンスピンの緩和率からマンガンスピンの揺らぎ周波数νを見積もることに成功しました。その結果、νの温度変化が温度Tのベキ乗則(ν∝Tα)に従うことを見いだし、さらにその指数αがSc濃度の増大とともに1に近づくことも明らかにしました(図2)。このような温度に線形なスピン揺らぎはLiV2O4でも共通に見られていたもので、この温度依存性はパイロクロア格子を「交差する磁性イオンの一次元鎖からなる金属」と見なせる場合(交差ハバード鎖モデル)に理論的に予想される振る舞いと一致しています(図3)。つまり、これらの物質では低温でも電子が強い一次元性を保持していることが実験的に示されたと言えます。
一方で、これら2つの物質ではいずれも低温で一様帯磁率(揺らいでいないスピンの磁化成分に比例)が降温とともに増大することも観察されており(図4)、ある特徴的な温度T(YMn2では~100 K、LiV2O4では20 K)で電子の三次元的な相関が発達していることを示唆しています。これとスピン揺らぎの示す高い一次元性を考え合わせると、これらの物質のT以下での重い電子的な振る舞いの起源は、交差ハバード鎖モデルにおける「一次元-三次元クロスオーバー」として理解出来る可能性が高いと考えられます。言い換えると、遍歴電子系における幾何学的「フラストレーション」とは「高い軌道対称性に伴う電子の低次元性」と「三次元的相関」の競合として理解出来る可能性が高いとも言えるでしょう。同研究グループでは、現在中性子非弾性散乱を用いて揺らぎの振る舞いをさらに詳しく調べることを計画しています。

図3:交差ハバード鎖モデルで考えられるLiV2O4の 電子状態の概念図(S. Fujimoto, Phys. Rev. B 65, 155108 (2002)より)。

図4:YxSc1-xMn2の帯磁率の温度依存性。


この成果は、日本物理学会が発行する英文誌Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ)の 2011年6月号に掲載されました。