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素核研理論センターの阿部智広研究員と佐藤亮介学振特別研究員、サウサンプトン大学の柳生慶学振海外特別研究員の3名が第10回素粒子メダル奨励賞に選ばれました。 受賞論文のタイトルは「Lepton-Specific Two Higgs Doublet Model as a Solution of Muon g−2 Anomaly」(Journal of High Energy Physics 1507 (2015) 064)です。

素粒子メダル奨励賞は、著者全員が博士の学位を未取得または取得後10年後未満である論文に対して審査され、素粒子論を志す若手研究者の優れた研究を評価し、奨励することを目的としています。

授賞式は2016年3月21日、日本物理学会第71回年次大会の素粒子懇談会にて開催されました。

受賞理由の解説

現代の素粒子物理学は素粒子の標準模型という理論体系の上に成り立っている。 この模型は、事実、過去の様々な加速器実験による精密な検証を経て生き残った非常に成功した理論体系でもある。 しかし近年、さらなる精密検証が行われる中で、そのびが見えはじめている。

数ある綻びの兆候の中でも、特にミューオン異常磁気能率は、実験による測定値と理論値との間の「ずれ」が非常に大きいことが報告されており、注目を集めている。 このずれは、標準模型を超える新物理模型の兆候であると考えることができ、これまで様々な模型による説明が試まれてきた。 その中にヒッグス2重項場を2種類含む拡張模型(Two Higgs Doublet Model;2HDM)がある。 この模型は標準模型の単純な拡張、かつ様々な物理的動機のある模型として注目されており、ミューオン異常磁気能率への寄与に関する先行研究もなされてきた。

しかし、これらの先行研究において、レプトン結合の標準模型からの逸脱に関する制限は考慮されていなかったため、 今回の論文ではこの点に着目してレプトンが含まれる結合に関する制限を包括的に調べ上げた。 その結果、レプトン結合のユニバーサリティーからの制限が非常に強く、新たに模型のパラメータ空間の大部分が排除されることを示すことに成功し、さらに、ミューオン異常磁気能率の実験値と理論計算の差を完全に埋めることは不可能で、必ず1標準偏差以上のずれは容認せねばならないことを世界で最初に示した。

また、この時に残されたわずかなパラメータ空間におけるLHC実験での現象論について調べ、ミューオン異常磁気能率によって動機付けされるこの模型の具体的な検証法を考案。 特に、ヒッグス粒子の荷電レプトンおよび光子との結合が大きくずれることと、複数のタウレプトンを終状態に含む事象の標準模型からの超過が付加的なヒッグス粒子からの信号として現れることを明らかにした。 この2点の兆候は現在稼働中のLHC実験及び将来の国際リニアコライダー実験によって確実に検証が可能であり、2HDM模型の直接的検証に大いに役立つものである。

用語解説

ミューオン異常磁気能率

素粒子の磁気能率は量子ループ効果により、すべての素粒子相互作用による量子補正を受けるため一般に2からずれている。 その量子補正の大きさを異常磁気能率と呼びg-2と表記する。 異常磁気能率の値は標準理論から極めて精密に計算ができるため、「未知の物理現象」が介在するならばその効果は理論値からのずれとして顕著に表れると考えることができる。 そのため、異常磁気能率の精密測定によって標準理論を超える「新しい物理現象」が発見できると期待されている。

ミューオン異常磁気能率は、ミューオンにおける異常磁気能率のことで、理論値と実験値に大きなずれが見られている現象である。

2-ヒッグス2重項模型(Two Higgs Doublet Model)

現在の素粒子の標準模型にはヒッグス場が1つ存在し、そこには4つの粒子が介在する。 2-ヒッグス2重項模型は、標準模型のヒッグス場と同じ性質を持つ場をもう1つ追加し、拡張した理論模型である。 その結果、新たな粒子が4つ加わり、合計8つの粒子が登場する理論模型である。 この新しく追加した粒子の相互作用について調べることで、これまでの標準理論とは異なった現象論的帰結が導かれる。

タイプX型ヒッグス2重項2個模型

これまでの研究から、2つのヒッグス場がどのような相互作用をするかに応じて4つのタイプに分類される。 今回はミューオン異常磁気能率に有利な、特にレプトンとの相互作用が大きいタイプXと呼ばれる型を研究した。

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