H.Tada

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図1. ハイパーカミオカンデ検出器の完成予想図。(提供 ハイパーカミオカンデ研究グループ(図の一部を編集))

図1. ハイパーカミオカンデ検出器の完成予想図。(提供 ハイパーカミオカンデ研究グループ(図の一部を編集))

2020年、ハイパーカミオカンデ計画を正式に開始する事が決定しました。テレビやインターネットなどで「(スーパー)カミオカンデ」という言葉を目にしたことのある方は多いのではないでしょうか。では「ハイパーカミオカンデ」ではどのような研究を計画しており、そのためにどのような準備をしているのでしょうか?様々な疑問を解き明かすため、今回はハイパーカミオカンデ計画と、前身となるスーパーカミオカンデを用いたT2K実験に取り組むKEK素核研ニュートリノグループの研究者にお話を聞きました。

●スーパーを超える!ハイパーカミオカンデとは
ハイパーカミオカンデ計画とは、前身のスーパーカミオカンデ検出器を高性能化した装置を用いてニュートリノ(注1)を観測し、その性質を探る実験計画です。2020年4月現在、18ヶ国から約340名の研究者が参加する国際共同研究プロジェクトで、2027年実験開始を目指しています。実験の舞台はハイパーカミオカンデ検出器の建設予定地である岐阜県飛騨市神岡町と更にもう一ヶ所、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設(J-PARC)です。

ハイパーカミオカンデ計画では、スーパーカミオカンデを用いたT2K実験(注2)同様、J-PARCでニュートリノを大量に生成し、295km離れた神岡のハイパーカミオカンデ検出器に打ち込みます。ハイパーカミオカンデ検出器は円筒形のタンク型で、中には透明度の非常に高い水が入っています。検出器内部に入ってきたニュートリノがこの水と衝突すると、チェレンコフ光と呼ばれる光を発します。タンクの壁には超高感度センサーが40,000本取り付けられ、センサーでチェレンコフ光を捉えることでニュートリノを検出します。検出器の大きさはスーパーカミオカンデ検出器の約10倍で、スーパーカミオカンデ検出器の100年分のデータを約10年で取得可能です。

この巨大な検出器を用いて、ニュートリノのCP対称性の破れ(物質・反物質の性質の違い)の発見を目指しています。誕生直後の宇宙には物質と、電荷の正負以外の性質は全く同じ反物質が同量存在していました。ところが現在の宇宙にはなぜか反物質が存在しません。「反物質がなぜ消滅したのか」という素粒子物理学最大の謎を解明する鍵となるのがCP対称性の破れです。ニュートリノのCP対称性が大きく破れていれば現在の宇宙にある物質の量を十分説明可能で、反物質が消滅した謎を解明できると近年注目されています。T2K実験グループはニュートリノと反ニュートリノそれぞれのニュートリノ振動現象(注3)を測定し、両者を比較することでニュートリノのCP対称性の破れを発見すべく努力を続けています。ハイパーカミオカンデ計画に移行後は10倍早くデータを取得し、同研究で世界をリードすることを目指しています。ハイパーカミオカンデ計画では他にも、3種類あるニュートリノ質量の大きさの順番の決定や、宇宙から降り注ぐニュートリノを観測して宇宙で星や重元素が誕生する過程の解明、陽子崩壊の発見を目指しています。

●ニュートリノがJ-PARCから打ち出されるまで
J-PARCでは3つの加速器で陽子を加速してニュートリノなど種々の粒子を生成します。メインリングと呼ばれる加速器から打ち出された陽子ビームが一次ビームラインと呼ばれる輸送系を通りグラファイトで出来た標的に衝突し、パイ中間子(注4)が大量に生成されます。パイ中間子は数十m程飛ぶ間にニュートリノ(または反ニュートリノ)とミュー粒子と呼ばれる素粒子に崩壊します。生成したニュートリノビームは神岡の検出器に加え、J-PARC施設内にある前置検出器でも捉えられます。J-PARCではハイパーカミオカンデ計画に向け、前置検出器の高性能化とビームの大強度化を進めています。

●一次ビームライン
メインリングには陽子をそのまま加速するラインと一次ビームライン、そしてアボートライン(ビーム試験や緊急時に陽子をビームダンプと呼ばれる装置へ出射するライン)の3つに分岐する箇所があります。まずメインリングの増強を行い、バンチ(注5)内の陽子数と回転頻度を上げることでビームパワーを向上します。2021年に大きな増強を行い、2027年までの間で少しずつパワーを上げ、500kWから1.3MWと約3倍にする計画です。現在の陽子の回転頻度は2.5秒に1回の割合ですが、最終的には1.1秒に1回の頻度にする予定です。

図2. ビームラインの分岐点。中央のオレンジ色〜奥の青色の磁石へと繋がるラインが一次ビームラインです。((C)KEK/IPNS)

図2. ビームラインの分岐点。中央のオレンジ色〜奥の青色の磁石へと繋がるラインが一次ビームラインです。((C)KEK/IPNS)

一次ビームラインには、メインリングから取り出された陽子を漏れなく標的まで送り込むためにビームの強度や位置・形状を測定する陽子ビームモニター装置が設置されています。現在、ビーム形状は金属箔に陽子を当てて測定していますが、このときに生じるビームの消失が今後の大強度化では問題になるため、細いワイヤーを使用した新しいモニターを現在開発中です。

図3. 新たに開発中の陽子ビームモニター装置(写真右下)の説明をする坂下健准教授。((C)KEK/IPNS)

図3. 新たに開発中の陽子ビームモニター装置(写真右下)の説明をする坂下健准教授。((C)KEK/IPNS)

●電磁ホーン
一次ビームラインから届いた陽子ビームが標的に衝突した際に生じるパイ中間子は四方に飛び散り、パイ中間子から生じるニュートリノを神岡へ正確に打ち出すことができません。そこで、電荷を持ち磁石で軌道を修正できるパイ中間子の状態の内に粒子をビーム状に絞ります。この時活躍するのが電磁ホーンです。電磁ホーンは陽子ビームを標的に打ち込む施設、ターゲットステーションに3台設置されています。

電磁ホーンにはもう一つ、ニュートリノと反ニュートリノどちらを神岡に飛ばすか選択するという重要な役割があります。ニュートリノのCP対称性を調べる際には、ニュートリノと反ニュートリノのビームをそれぞれ分けて測定します。ニュートリノはプラス、反ニュートリノはマイナスの電荷を持ったパイ中間子から生じますが、電磁ホーンで電流の向きを変えるとどちらかの電荷を持った粒子だけを絞ることができるので、ニュートリノと反ニュートリノどちらを神岡に飛ばすか選択できます。「ビームラインのエンジンのような重要な装置です」と多田将准教授はコメントしました。

図4. 「第一電磁ホーン」3号機の説明をする多田将准教授。装置中央部が電磁ホーンでその周囲は電磁ホーンに電流を送る役割を担っています。ラッパのような形状がホーンという名前の由来です。第一電磁ホーンの内部には標的が入っており、ここでパイ中間子が生成されます。パイ中間子ビームを3台の電磁ホーンを用いて絞ります。((C)KEK/IPNS)

図4. 「第一電磁ホーン」3号機の説明をする多田将准教授。装置中央部が電磁ホーンでその周囲は電磁ホーンに電流を送る役割を担っています。ラッパのような形状がホーンという名前の由来です。第一電磁ホーンの内部には標的が入っており、ここでパイ中間子が生成されます。パイ中間子ビームを3台の電磁ホーンを用いて絞ります。((C)KEK/IPNS)

現在T2K実験では「第一電磁ホーン」の2号機を使用中で、ハイパーカミオカンデ用に大強度ビームを受けることができる3号機も開発中です。第一電磁ホーンの2号機から3号機への交換は2021年に実施し、2022年から3号機を使用する予定です。

●地中を進むニュートリノビームは方向オンチ!?
ニュートリノビームは、実は地中に向かって打ち出しています。295kmも遠く離れた場所へ地上からビームを打つと、地球の丸さが影響して目的地までビームが届きません。そこで、地中1.7kmの所を通るようビームを打つとちょうど神岡までビームが届きます。「地球が実験室です」物質を通り抜けるニュートリノの性質を活用した大胆な実験方法に対して坂下健准教授はこのように表現しました。さらにニュートリノビームは、ハイパーカミオカンデから2.5°程度ずれた方向に向かって打ち出されます。明後日の方向にビームが向かっていると不安になるかもしれませんが、敢えて2.5°程度ずらすことによって、ニュートリノ振動しやすい特徴的なエネルギーを持つニュートリノを集中的に集めることができるのです。これはオフアクシス法と言う実験の特徴の一つです。方法自体は既知のものですが、T2K実験が世界で初めて本格的に実験に使用しました。

図5. J-PARCから神岡までニュートリノビームを打ち出す際は、地中1.7kmの所を通るように打ち出します。さらにスーパーカミオカンデ検出器から2.5°程度ずれた方向に向けます。ハイパーカミオカンデ検出器へも、同様に打ち出しています。((C)T2K国際共同実験グループ)

図5. J-PARCから神岡までニュートリノビームを打ち出す際は、地中1.7kmの所を通るように打ち出します。さらにスーパーカミオカンデ検出器から2.5°程度ずれた方向に向けます。ハイパーカミオカンデ検出器へも、同様に打ち出しています。((C)T2K国際共同実験グループ)

●J-PARCの前置検出器
長距離移動したニュートリノの変化を正しく理解するためには、初期状態の把握も欠かせません。そこで、J-PARCの地下に3つの前置検出器を設置して打ち出した直後のニュートリノビームも検出します。

ND280(オフアクシス検出器)
周囲が磁石に覆われており、中に検出器が入っています。ここでは、ニュートリノがプラスチックシンチレーター(注6)検出器(FGD)と反応して生じる荷電粒子の軌道を磁石で曲げ、その飛跡をガス検出器(TPC)で観測して、振動する前のニュートリノのエネルギーやビーム中のミュー型ニュートリノの数を調べています。ここから、ニュートリノ振動が生じていないと仮定した場合にスーパー/ハイパーカミオカンデで観測されるミュー型ニュートリノの数を予測し、実測値と比較します。ND280は来年アップグレードが予定されていて、一部の検出器を入れ替えて新しくSuperFGDとHigh-Angle TPCという検出器が設置されます。現在のFGDは150cm程度の棒状構造ですが、SuperFGDは1cm3のキューブを約200万個、縦横各約200cm、高さ約56cmに並べ、3次元的に粒子を測定できます。また、High-Angle TPCによって、これまで測定が難しかったビームに対して大きな角度を持った粒子も詳しく測定できるようになります。

図6. ND280外観。写真では赤い磁石に覆われて見えませんが、中に検出器が入っています。((C)KEK/IPNS)

図6. ND280外観。写真では赤い磁石に覆われて見えませんが、中に検出器が入っています。((C)KEK/IPNS)

図7. ND280の構成図(左)とSuperFGDのキューブ(右)。写真は100個並べた状態のものです。キューブ1個は1cm3と、10円玉よりも小さいです。((C)T2K国際共同実験グループ/ KEK IPNS)

図7. ND280の構成図(左)とSuperFGDのキューブ(右)。写真は100個並べた状態のものです。キューブ1個は1cm3と、10円玉よりも小さいです。((C)T2K国際共同実験グループ/ KEK IPNS)

INGRID検出器
日仏共同開発による十字型をした検出器で、縦横各7台の検出器を並べることで1辺10mの長さになります。INGRID検出器はその中央がニュートリノビームの中心に設置されており、ニュートリノビームの方向と強度の安定性を監視しています。

図8. 前置検出器の全体図(左)と、INGRID検出器1台分の写真(右)。前置検出器は全て地下に設置されています。((C)T2K国際共同実験グループ/ KEK IPNS)

図8. 前置検出器の全体図(左)と、INGRID検出器1台分の写真(右)。前置検出器は全て地下に設置されています。((C)T2K国際共同実験グループ/ KEK IPNS)

WAGASCI/Baby-MIND
上記2つはT2K実験開始当初から稼働していますが、WAGASCI/Baby-MINDは新しい前置検出器です。特徴として、WAGASCIは水とプラスチック質量比が約4:1であり、磁場をかけられるBaby-MINDも用いて、ニュートリノと水やプラスチックの反応を詳細に調べることができます。スーパーカミオカンデ(水を使用)とND280(主にプラスチックを使用)では別の物質との反応を測定しているので、これまでは測定結果に系統的な誤差(系統的にずれが含まれる測定で生じる誤差)が含まれてしまいました。そこで、WAGASCI/Baby-MINDを用いて両方の物質との反応を高精度で測定し比較することで、系統誤差の大幅な削減を目指しています。

●T2K実験からハイパーカミオカンデへ、繋ぐバトン
今後もビームパワーと前置検出器の増強を進めながら、T2K実験も並行します。2009年に開始したT2K実験は現在13ヶ国・70の研究機関から約500名の研究者が参加する国際共同実験で、現在もCP対称性の破れの発見に向けた測定・解析は順調に進んでいます(ニュートリノの「CP位相角」を大きく制限 - 粒子と反粒子の振る舞いの違いの検証に大きく前進する成果をネイチャー誌で発表 -)。「大強度化と合わせ現在の30倍のスピードでデータを取得できるハイパーカミオカンデ計画を2027年に最善の状態で開始するためには、T2K実験を継続しながら装置を増強してスムーズに次に繋げることが鍵となるのです。」とT2K実験の元スポークスパーソンである小林隆教授は語ります。その理由は3つあります。

1. 大強度の加速器を安定して運転するため
ハイパーカミオカンデ実験が目標とするような大強度の加速器を安定して運転し、厳しい国際競争に勝つためには、加速器運転を何年も継続しつつ十分調整する必要があります。

2. 誤差を減らして測定精度を上げるため
ハイパーカミオカンデの時代にはデータ量が増えるため、統計誤差(データ量の不足による誤差)よりも系統誤差による影響が大きくなります。一番大きく影響するのは、ニュートリノの反応確率を求めるために必要な断面積という値です。反応確率はニュートリノと水の反応を観測する本実験では重要な値です。反応確率に含まれる誤差を減らすには断面積の誤差を小さくする必要がありますが、一朝一夕にはいきません。そこで、T2K実験の時代から前置検出器を高性能化しデータを極力溜めて、反応確率の精度を向上する必要があります。

3. CP対称性の破れの信頼度を上げるため
現在までの結果では、ニュートリノのCP対称性は最大に破れているように見えていますが、まだデータ数が少なくその信頼度は十分ではないです。CP対称性の破れの大きさを早急に見極めたいというチームの狙いがあり、途切れることなく実験を続けたいと考えています。

ハイパーカミオカンデに移行しT2K実験のデータ取得が終了した後も、素粒子物理学最大の謎を解き明かすため、T2K実験の解析作業は引き続き行われます。

用語解説

注1. ニュートリノ
物質を構成する素粒子の1つで、レプトンと呼ばれる電子の仲間ですが電荷を持っていません。物質を通り抜けやすい性質があるため、地中を295km移動して検出器の壁を通っても、さらには宇宙から降り注いできても消滅しません。ニュートリノには観測できる状態で電子型、ミュー型、タウ型の3種類存在すると分かっています。質量によっても3種類(m1,m2,m3)に分けることができますが、それぞれの質量の値や大小の違いはまだ分かっていません。T2K実験やハイパーカミオカンデ計画では、J-PARCでミュー型のニュートリノを生成して、スーパー/ハイパーカミオカンデ検出器でミュー型と電子型のニュートリノを検出します。タウ型のニュートリノを検出するには高いエネルギーのニュートリノが必要なので、本実験の条件では検出されません。ミュー型からタウ型に変化するニュートリノ振動は、もともとあったミュー型のニュートリノの数の減少から測定できます。

注2. T2K実験
J-PARCで作り出したニュートリノビームを、295キロメートル離れた岐阜県飛騨市神岡町にある東京大学宇宙線研究所のニュートリノ検出器「スーパーカミオカンデ」で検出する長基線ニュートリノ振動実験です。J-PARCがある茨城県東海村と神岡町(Tokai to Kamioka)の頭文字を取って「T2K実験」と名付けられました。T2K実験はニュートリノの研究において世界をリードする感度をもち、13ヶ国・70の研究機関から約500人の研究者が参加する国際共同実験です。

注3. ニュートリノ振動
ニュートリノが空間を伝わるうちに別の種類のニュートリノに周期的に変化する現象です。電子型、ミュー型、タウ型のニュートリノはそれぞれ3種類の質量の混ざり合いで出来ています。ニュートリノの質量の状態は、その質量に応じた振動数を持つ存在確率の波として振る舞います。その波の干渉効果によって、空間を伝わるうちに混ざり合う割合が変化する「うなり」が起こり、結果として観測できる状態の存在確率が周期的に変化します。この現象がニュートリノ振動です。この現象の発見によってニュートリノが質量を持つことが示され、2015年に梶田隆章教授(東京大学宇宙線研究所)がノーベル物理学賞を受賞しました。

注4. パイ中間子
クォークと反クォークが結合した粒子を中間子と呼びます。中間子には様々な組み合わせがあり、パイ中間子はアップ、ダウンクォークとそれらの反クォークで主に構成されます。

注5. バンチ
陽子はビームライン中で加速する時、ある程度の量がまとまった雲のような塊(バンチ)の状態のものが一定の時間間隔で加速しています。

注6. シンチレーター
放射線が入射して発光する物質。高エネルギー物理学分野で素粒子の検出器として用いられているだけでなく、医療分野などでも活用されています。


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