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K2K実験の研究者の日常 2004.12.02 |
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〜 150人が共に研究をする現場 〜 |
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世界各国から多くの研究者が集まる実験では、研究者同士はどのようにコミュニケーションをとり、研究を進めているのでしょうか。今回は国際共同実験のひとつ、K2K実験のメンバーだった元学生が若手研究者の日常をレポートします。 K2K実験はKEKの加速器で素粒子ニュートリノをつくり、250km離れた装置、スーパーカミオカンデに向かって発射する実験です。10カ国、30以上の大学や研究機関の約150人の研究者や学生が集まって研究を進めています。大人数の研究グループは効率よく仕事を進められるように、いろいろな工夫がされているのです。 高エネルギー物理分野の国際共同実験では、100人、200人の共同研究は珍しくはありません。例えばアメリカフェルミ国立研究所で1994年にトップクォークの証拠を捉えたCDF実験グループは、当時約400人で共同研究を行っており、論文に全員の名前を載せるため、2ページが使われました。現在一番大きなグループはヨーロッパのCERNで建設が進んでいるLHC加速器におけるATLASとCMSのグループで、その共同研究者の数はそれぞれ1500人ほどにもなります。 シフトとエキスパートシフト どこか遠くで携帯電話が鳴っている・・・。ハッと気づいて目を覚まして時計を見ると朝の4時過ぎ。携帯電話は枕元で鳴っていました。 「こんな時間に電話なんて!」 とは言えないのが“エキスパートシフト”のつらいところ。半分寝ぼけて、それでも反射的に数時間前にみたモニターを思い出しながら電話をとると、イタリア語なまりの早口の英語で 「コンピューターにこれこれというエラーがでた。これはあなたの担当だと表に書いてあるが、どうすればよいか」 と聞いてきます。それは“シフト”をしていたイタリア人の学生からの連絡でした。朝までは大丈夫だと思ったのになぁ、とぼやきつつも急いで身支度をして現場にかけつけます。 KEKのように加速器を使った実験では、ある一定期間実験を続けて必要な量のデータをとることが必要です。実験の期間はそれぞれの実験で異なりますが、1週間程度の短いテスト実験から、数年にわたる実験まで様々です。 実験が始まると24時間体制で実験データの収集や、異常があったときにすぐに対処できるように、交代で見張りがつきます。この当番のことを“シフト”と呼んでいます。実験を準備する際には、異状が発生した時に気づきやすいように多くのモニターが用意されていて、シフトにあたった人は一定時間ごとにそれらの数値をノートなどに記録していきます。 K2K実験のシフトは共同研究者全員が交代で行います。小さい実験は数人から十数人が一緒に実験をするため、シフトも細々としたことをよく理解した人がなり、問題があったときにも比較的スムーズに対処できます。 しかし実験が大型化して共同研究者の人数が増えると、装置の数も多くなり仕事も細分化されます。そこで、それぞれの装置や場所に特化した人“エキスパート”が指名され、何か問題がおこったときにシフトがすぐに連絡をとれるようにしているのです。 実際には、KEKの若手スタッフや常駐している学生が、いくつかのエキスパートを兼任していることが多いのです。この“超エキスパート”は実験の稼動中、気が休まることもありません。初めてKEKに来た学生は、KEKに来たらまず知っておかなければならないこととして、この“超エキスパート”の携帯番号を教えられるのです。 ミーティングの作法 「今日は5つ、明日は3つ」 と若手スタッフが数えていたのは、出席しなければならないミーティングの数です。普段から行われているミーティングは、物理の解析結果をだすためのミーティング、装置を維持運転するためのミーティング、将来計画のための数々のミーティングなど、数多くあります。 そのうちのひとつに“steering meeting”(運転ミーティング)と呼ばれるものがありました。K2K実験に用いている装置群を大きく分けると6つあるのですが、それぞれの装置を常に見ているエキスパートが集まり、それまでの一週間の運転状況、翌週の計画を報告して調整を行うのです。 それぞれの担当者は、設計から建設、解析まで担当している、もしくは長く装置に関わっているスタッフや学生でした。物理結果をだす装置をよく理解し、大事にする人たちです。実験で結果をだすためには、装置と物理、両方を理解して解析を行うことが大切です。 このミーティングのリーダーが、装置の周りをほうきでシャッ、シャッと掃いていた姿を見かけたことがありました。筆者は今でもその光景をよく覚えています。 ミーティングは各地点をインターネット回線で結んだテレビ会議です。例えば筆者が参加していた週一回行われる解析ミーティングでは、KEK、岡山、神戸、ボストン、ワシントン、ソウル、モスクワなどをいっせいに結んでミーティングが行われていました。テレビの画面は、マイクが声をひろうとその場所のカメラに切り替わるようになっており、相手の顔を見ながら議論をすることができます。 このとき問題になるのが時差ですが、それぞれの地域がなんとか妥協できる時間帯を選んで行われていました。ミーティングが始まるときに「おはよう」と言うスタッフもいれば、終わったときに「おやすみなさい」といって帰っていく学生もいました。 大きなテレビ会議になれば、世界各国の30強の研究機関につながれ、それぞれのカメラの前には10人から多いときには30人ほどの参加者が発表を聞いていることもありました。 テレビ会議には独自の作法があります。ミーティングが始まる前に、発表者はファイルを用意し、そのファイルをウェブでアクセスできる場所に置きます。ミーティングが始まる前に、出席者にその場所を電子メールで連絡するのです。発表を行う際には、発表者のPCがテレビにつながれ、ファイルをテレビ画面で見ながら議論を進めていきますが、大抵の出席者が自分のノートPCにファイルをダウンロードして、それを見ながら発表を聞きます。テレビ会議の部屋に行くと出席者が皆、自分のノートPCを見ているのですが、これはそういうわけなのです。 また、無線LANのおかげで、自分の机に戻らずに、ミーティングをしているその場からネットワークにアクセスできるようになりました。これは大変便利なことで、ミーティング中に問題になったデータをすぐにその場で用意、議論に役立てるようなこともできるようになりました。 ミーティングの場は戦場と言っても過言ではないでしょう。議論が白熱してくると、初めて参加する人はけんかではないか、と思うような激しい応酬がありますが、ミーティングが終わると、さっぱりとしています。皆、そういう点では後腐れがありません。手を緩めることなく徹底的に議論をしながら仕事を進めていくスタイルは、この分野で脈々と受け継がれているよい点でもあります。 (サイエンスライター 横山広美)
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