for pulic for researcher English
news@kek
home news event library kids scientist site map search
>ホーム >ニュース >News@KEK >この記事
last update:05/10/31  

   image 乳がんの早期発見をめざして    2005.10.27
 
        〜 放射光を利用した新しい診断法 〜
 
 
  先々週のニュースでは、KEKフォトンファクトリーで行なわれている放射光を用いた心臓の冠動脈診断システムについてお話ししました。この他にもKEKでは放射光の特徴を生かしたさまざまな新しい診断システムが開発されています。そのひとつに、X線の屈折を利用した診断法があります。今日は、X線の屈折を利用した乳がんの診断システムをご紹介しましょう。

乳がんは早期発見が肝心

がんは、ここ20年以上も日本人の死因の第1位となっている病気です。そのなかでも乳がんは女性のかかるがんの中で最も多いがんで、日本人では女性30人にひとり、欧米では8人にひとりの割合で乳がんにかかると言われています。

乳がんは比較的直りやすいがんではあるのですが、命を救うためにはなんと言っても早期発見が重要です。命だけでなく、手術によって胸を切除するというのは女性にとって精神的に大変つらいことですが、最近では治療法の進歩により、早いうちにがんを発見できれば、乳房のかたちをほとんど損なわないような温存手術を行なうことができるようになってきました。

乳がんの早期発見のため、厚生労働省は、40歳以上の女性にはこれまでの視触診だけでなく、マンモグラフィも併用して行なうことを推奨しています。マンモグラフィとは、乳房のX線撮影です。マンモグラフィでは、鮮明な写真を撮るために、乳房をアクリルの板ではさんで圧迫し、均等に薄くのばした状態で撮影するので、痛みをともなうことも多くあります。

KEKの安藤正海(あんどう・まさみ)教授は、以前より、X線の屈折を利用した「X線暗視野法」という新しい画像診断法を提案していました。そして昨年、この方法で、今までのX線撮影では見ることのできなかった関節の軟骨をはっきり映し出すことに成功しました。安藤教授は、この方法が乳がんの検査にも応用できると考え、神戸大学医学部の山崎克人(やまさき・かつひと)客員教授、国立がんセンター東病院の江角浩安(えすみ・ひろやす)臨床開発センター長らと共同で、乳がんの早期発見を目的とした診断システムの開発を行ないました。

わずかな屈折を利用

この方法は、組織の境界でX線が10万分の1度というごく小さい角度で屈折することを利用しています。詳しい原理は以前の記事を見ていただくことにして、ポイントは、平行性の高い光である放射光X線を使うことにあります(図1)。病院のレントゲン写真の中にもX線屈折画像は含まれているのですが、普通のX線はひろがって進むので、屈折画像をうまく取り出すことができないのです。

図2は、この方法で観察した乳がんの組織です。小さながんの病巣もはっきり見えているのがわかります。この方法の解像度は20ミクロンであり、かなり小さながんも発見できる可能性があります。

図3は、同じ組織をX線の吸収を利用した方法(通常のレントゲン写真と同じ原理)で撮影したものです。わずかにコントラストがついていますが、細かい構造までを見ることはできていません。病院で使われているマンモグラフィは、X線の吸収によるコントラストをつけるために、エネルギーの比較的低いX線を用います。エネルギーの低いX線は、組織による吸収が大きいので、乳房を数センチの厚みまで薄く圧迫する必要があるのです。しかし、屈折を利用した暗視野法では吸収によるコントラストをつける必要がないので、もっと高いエネルギーのX線を使うことができます。安藤教授らは、35keV(キロ電子ボルト)のX線を用いることで、乳房を10cmの厚みでも観察できるシステムを目指しています。これによって痛みの少ない検査が可能になります。

病理診断、そして三次元画像へ

研究グループは、この方法が臨床検査、つまりがんを発見するための検査だけではなく、病理診断にも応用できると考えました。病理検査とは、人体から摘出した組織片から病気を診断し、治療の方針を決める重要な検査です。通常、病理検査は、組織を固定し、パラフィンに埋め込んで薄い切片を作り、組織を見やすくするために染色してから顕微鏡で観察する、という、時間がかかり熟練の必要な手順で行なわれます。しかし、X線暗視野法を用いれば、非常に短時間で組織の像を得ることができます。臨床検査と違って、高いエネルギーのX線を使う必要はなく、また大きな視野も必要ありませんが、解像度の高い像が得られることが重要です。図4は、図2の白線で囲んだ部分を、病理診断用のシステムで観察した画像です。乳がんの細胞を捉えることができています。図5は、同じ試料を従来の病理検査の方法で観察したものですが、X線暗視野法でもほぼ同じ程度の情報が得られていることがわかり、この方法が病理検査にも応用できる可能性が開けてきました。

CTという言葉を聞いたり、実際に人体の輪切りのような画像を見たことがある方も多いと思いますが、CTとは、さまざまな角度からあてられたX線画像をコンピュータで処理して、輪切りの画像を再現する技術です。研究グループでは、屈折画像から三次元CT画像を得るためのアルゴリズムの開発もすすめています。図6は、乳管がんの試料の屈折画像CT像です。乳管中の石灰、石灰化した乳管壁の様子が三次元的に捉えられています。

未来の病院には放射光が?

現段階では、まだ人体から摘出した組織片による画像診断試験ですが、研究グループでは、現在、フォトンファクトリーで乳がん早期発見に向けた臨床試験の準備をすすめています。X線暗視野法は、平行性の高い光という放射光の特徴を利用しているので、いまのところ放射光加速器があるところでしか使うことができません。しかし、将来、低コストの小型放射光加速器ができるようになれば、病院でもX線屈折画像を用いた検査ができるようになるでしょう。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
     http://pfwww.kek.jp/indexj.html

→関連記事
  ・02.01.24
     物質構造を探る加速器 〜新生PF-AR運転再開〜
  ・02.08.29
    加速器で心臓診断 〜冠動脈を撮影〜
  ・03.03.13
    新しいX線撮像法 〜位相情報で高感度化 〜
  ・04.06.30プレス発表記事
    放射光を利用した新しい整形外科的画像診断法の開発
  ・04.11.25
    放射光で関節軟骨が見えた! 〜新しい整形外科用画像診断法〜
  ・05.10.13
    加速器で心臓診断 II 〜より鮮明な画像に〜
  ・05.10.17プレス発表記事
    乳ガン早期診断をめざす2次元、3次元X線屈折画像化技術の開発

 
image
[図1]
X線を対象物に照射すると、組織の境界でわずかな角度の屈折を受ける。屈折の角度がわずかなために、そのままでは捉えることが難しいが、平行性が高いという放射光の特色を利用し、透過型の角度分析板により直進した光を反射させ、屈折した光のみを透過させると、屈折像のみを取り出すことができる。
拡大図(33KB)
 
 
image
[図2]
X線暗視野法で観察した乳頭腺管がん組織。空間解像度は20ミクロン(0.02mm)で、小さな乳がんの病巣も捉えることができている。
拡大図(62KB)
 
 
image
[図3]
図2と同じ組織を、X線の吸収を利用した方法(通常のレントゲン写真と同じ原理)で撮影したもの。わずかにコントラストがついているが、小さながん巣を見ることはできない。
拡大図(33KB)
 
 
image
[図4]
図2の白枠の部分を、病理診断用に最適化した条件で撮影したX線暗視野像。空間解像度は10ミクロン(0.01mm)で、乳がん細胞や間質(周りの組織で血管やリンパ管がある)まで見える。
拡大図(119KB)
 
 
image
[図5]
図4と同じ試料を、通常病理診断で行っている染色法で観察したもの。
拡大図(174KB)
 
 
image
[図6]
乳管がんの組織の3次元CT像。試料を0.2度刻みで180度連続回転し、撮影された900枚のX線画像から、新しく開発したアルゴリズムによりコンピュータ上で3次元画像を構築したもの。乳管中の石灰化したがんや、乳管壁を捉えることができている。
拡大図(54KB)
 
 
 
 
 

copyright(c) 2004, HIGH ENERGY ACCELERATOR RESEARCH ORGANIZATION, KEK
〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1
proffice@kek.jpリンク・著作権お問合せ