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水素を生み出す酵素を組み立てる 2007.10.4 |
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〜 ヒドロゲナーゼ成熟化因子の立体構造 〜 |
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水素自動車とか、水素燃料という言葉を聞いたことがあると思います。文字どおり、水素からエネルギーを得ることができるのですが、現在使われている石油などの化石燃料と違って、水素を燃焼させても水という無害な物質が生成するだけなので、最もクリーンな次世代エネルギーとして期待されています。しかし、水素は反応性の高い物質で、地球上には水素単体ではほとんど存在していないので、水素化合物から水素を作る必要があります。現在では、水素を作るコストが高く、水素をエネルギーとして使うことは現実的とは言えません。そのため、多くの科学者が、低コストで水素を作り出す方法を考えています。 作るのが大変な水素ですが、実は微生物の中には、水素を生成する能力があるものがあります。これは「ヒドロゲナーゼ」という名前の酵素タンパク質の働きによるものです。この能力をうまく使えば水素をもっと簡単に作れるかもしれません。このヒドロゲナーゼが水素を生み出す秘密を探るために、放射光が使われました。 ヒドロゲナーゼの金属クラスター ヒドロゲナーゼは、水素のイオンであるプロトン(H+)から水素分子(H2)への可逆的な酸化還元反応を触媒する酵素です。ヒドロゲナーゼは、活性部位に複雑な金属クラスター(数個以上の金属原子が寄り集まった化合物)を持ち、水素分子の合成がそこで行われています。ヒドロゲナーゼのひとつであるニッケル・鉄ヒドロゲナーゼ([NiFe]ヒドロゲナーゼ)は、その名前のとおり、鉄(Fe)原子とニッケル(Ni)原子で構成される金属クラスターを持っています(図1)。鉄原子には、さらに2つのシアノ基と一酸化炭素が配位しています。 タンパク質分子が生体内で作り上げられ、その機能を獲得するためには、多くの周りからの助けが必要とされます。タンパク質が正しい立体構造を取るように折れたたまれるためには折れたたみを助ける因子が必要ですし、ヒドロゲナーゼのように金属クラスターをもつタンパク質の場合には、金属原子やその配位子を組み込む役目(成熟化と呼んでいます)をする因子が必要です。[NiFe]ヒドロゲナーゼの成熟化を助ける因子(成熟化タンパク質)は、Hypタンパク質と呼ばれる複数のタンパク質で、それぞれHypA、HypB、……、HypFとアルファベット順に名前がついています。これらの成熟化タンパク質群が働くことによって、ヒドロゲナーゼの水素合成に必須であるニッケル鉄クラスターが組み込まれ、水素を合成する能力のあるヒドロゲナーゼが作られるのです。 [NiFe]ヒドロゲナーゼの金属クラスターには、一酸化炭素やシアノ基といった、生物にとって有毒な分子が組み込まれています。したがって、これらの分子を合成し組み込まれる反応が正確に行なわれないと、生命の危機にもなりかねません。シアノ基を合成し、鉄原子に配位させる反応には、成熟化タンパク質群のうち、4種類のタンパク質、HypC、HypD、HypE、HypFが関係していることが知られていました。一番小さなHypCは、鉄原子の組み込みに関与しています。HypDは、分子内に鉄イオウクラスター[4Fe4S]を含むタンパク質で、鉄原子にシアノ基や一酸化炭素を結合させて、ヒドロゲナーゼに組み込むことに関与しています。HypEは、HypFと協同でカルバモイルリン酸とATPからシアノ基を合成する反応を触媒します。合成されたシアノ基は、HypEから、HypCとHypDで構成された複合体に受け渡されることは分かっていたのですが、鉄原子にどうやってシアノ基を配位させるのか、その詳しい反応機構については謎のままでした。 連続的酸化還元で金属錯体を組み立てる 京都大学大学院理学研究科の三木邦夫(みき・くにお)教授、渡部聡(わたなべ・さとし)研究員らは、京都大学大学院工学研究科今中忠行(いまなか・ただゆき)教授のグループや理化学研究所播磨研究所と共同で、ヒドロゲナーゼの成熟化の反応機構を探るために、成熟化タンパク質群の立体構造を調べようと考えました。摂氏60〜100度で生育可能な超好熱始原菌Thermococcus kodakaraensis KOD1由来の成熟化タンパク質群のうち、HypC、HypD、HypEの3つのタンパク質の結晶化に成功し、KEKフォトンファクトリーの高性能タンパク質結晶構造解析ビームラインAR-NW12Aや、SPring-8のBL41XU、BL44B2などを用いて、立体構造を調べました。 最も小さなHypC(図2)は、コンパクトな2つのドメインで構成されており、ドメインの相対配置が柔軟に変化しうることが分かりました。HypE(図3)は、2つのドメインで構成されていて、ATPとの結合に伴って、C末端の領域(図3の水色の部分)を分子の内側と外側とに大きく構造変化させていることが分かりました。HypD(図4)は、3つのドメインで構成されており、これまでに構造がわかったタンパク質のどれにも似ていない新しい形のタンパク質であることがわかりました。HypDの分子中央には活性部位があり、この周辺でHypCおよびHypEと相互作用して複合体が形成され、鉄原子のシアノ化が行われることが示されました。また、HypDの内部には、4つのシステイン残基と鉄硫黄クラスターが連続的に配置していることが分かりました(図5)。この特別な配置から、鉄原子に2つのシアノ基を配位させる反応は、システイン残基中のチオール基(-SH)による連続的な酸化還元反応であることが浮かび上がりました。 この研究では、生物が複雑な金属錯体を合成して、タンパク質に取り込ませていく巧妙な仕組みの一端を見ることができました。これは生命現象の理解の他に、水素を合成する触媒の開発においても重要な情報をもたらします。生命に学んだ水素合成の新しい技術によって、クリーンな次世代のエネルギーが一般的に使われるようになるかもしれません。 この研究は、昨年度まで文部科学省で行われた「タンパク3000プロジェクト」での研究成果のひとつで、その詳細は、米国の科学雑誌、モレキュラー・セル(Molecular Cell)誌の7月6日号に掲載されました。
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