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last update:08/11/20  

   image ニュートリノの反応を見る    2008.11.20
 
        〜 米国フェルミ研究所 SciBooNE実験 〜
 
 
  このニュースで何度も取り上げている「ニュートリノ」は、幽霊粒子と言われ非常に稀にしか物質と反応しない素粒子です。ニュートリノを研究するためには、このニュートリノと物質の反応を正確に理解する必要があります。ニュートリノ実験、特に茨城県にあるJ-PARC加速器から岐阜県にあるスーパーカミオカンデ測定器にニュートリノを発射し、ニュートリノ振動を研究するT2K実験では、まさにこの理解が重要です。しかし、ニュートリノは幽霊粒子の名の通り、物質との反応を記録したデータの精度はあまり良くありません。そのため、ニュートリノと物質の反応の高精度なデータを収得することを目的に、日本のグループを中心として、アメリカ・シカゴ郊外にあるフェルミ国立加速器研究所(フェルミ研)でニュートリノ反応測定実験(SciBooNE実験)が行われました。

SciBooNE実験

SciBooNE実験は日本・アメリカ・イギリス・スペイン・イタリアから約60名の研究者が参加する国際共同実験です。日本からは京都大学、東京大学、東京工業大学、KEKの研究者が参加しています。特に、大学院生の数人は長期間フェルミ研に滞在し、世界各国からの若手研究者と切磋琢磨し、研究に励んでいます(図1)。

SciBooNE実験の実験装置は図2にあるように、サイバー(SciBar)測定器と呼ばれるニュートリノと物質の反応を記録する装置、その下流に電子と光子のエネルギーを計測する電磁カロリメータ、最後にミューオンの運動量を測定するミューオン飛程測定器から成り立っています。特にSciBar測定器は、日本で開発された高性能ニュートリノ測定装置で、ニュートリノからの反応で出てくる全ての荷電粒子を観測できる、世界的に見ても非常にユニークな測定器です。また、フェルミ研では強度の高いニュートリノビームの生成が可能で、SciBooNE測定器は、ビーム生成標的下流100mの位置に設置されています(図3)。2007〜2008年にかけて実験データの収集が行われました。測定器で観測されたニュートリノ反応の一例を図4に示します。今回、SciBooNE測定器で記録した全ニュートリノデータを使って、最初の物理結果を得ることに成功しました。

ニュートリノと物質の反応

SciBooNE実験で目標にしている物理は多数ありますが、その研究対象は大きく分けて次の3つに分類できます。(1)ニュートリノが原子核中の中性子と反応して、ミューオンと陽子が生成される反応、(2)ニュートリノがやはり原子核中の核子(陽子と中性子の総称)と反応して、ミューオンと核子とπ中間子が生成される反応、(3)ニュートリノが反応してニュートリノはそのまま生き残り、その際に核子(+π中間子)が原子核から放出される反応。特に(2)のπ中間子が生成される反応は、これから行われるT2K実験において重要で、SciBooNE実験でも精力的に研究が進められています。これらのうち今回発表したのは、ニュートリノが原子核全体と反応し、原子核を壊すことなくミューオンとπ中間子を生成する「コヒーレントπ生成反応」と呼ばれるプロセスについてです。

最新結果

「コヒーレントπ生成反応」の特徴は、ニュートリノが原子核に与える運動量が非常に小さいことです。実験では、ニュートリノがミューオンとπ中間子を生成した事象を選抜し、そのニュートリノが原子核に与えた運動量の自乗を計測しました(図5)。実験データでは、理論モデルが予想する 「コヒーレントπ生成反応」の信号が観測されず、その反応確率は理論予想よりもはるかに小さいことを突き止めました。この結果の詳細は11月21日に開催されるフェルミ研の物理セミナーで、平出克樹氏(京都大学)によって報告されます。

「コヒーレントπ生成反応」は高エネルギーニュートリノでは観測されており、なぜSciBooNE実験のエネルギーで観測できないのかは謎で、今後の研究が期待されています。今後、よりデータの精度を上げて、様々な過程でこの反応を研究していくことが重要です。

あとがき

SciBooNE実験は今後より数多くの結果を、順を追って発表していきます。この実験は、2005年に草案が作られ、2007年実験を開始し、2008年に物理結果を出すという、近年の素粒子実験に比べると比較的短期間で成し遂げられました。また、この実験の実現には、今年逝去された戸塚洋二先生多大なるご尽力がありました。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→SciBooNEのwebページ(英語)
  http://www-sciboone.fnal.gov/
→フェルミ国立加速器研究所のwebページ(英語)
  http://www.fnal.gov/

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[図1]
SciBooNE実験の共同研究者。イギリスのインペリアル大学にて。
拡大図(79KB)
 
 
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[図2]
SciBooNE測定装置の概略図。測定装置はSciBar測定器、電磁カロリメータ、ミューオン飛程測定器の3種類で構成されています。
拡大図(89KB)
 
 
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[図3]
SciBooNE実験の実験装置配置図。図中の陽子標的/ニュートリノ収束装置のところに陽子ビームが照射され、崩壊領域と呼ばれるところでニュートリノが生成されます。SciBooNE測定器は標的から100m下流に設置されています。SciBooNE測定器の440m下流には別のニュートリノ測定器MiniBooNEが置かれています。
拡大図(35KB)
 
 
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[図4]
SciBooNE測定器の断面図で、図中の赤い点は測定器で記録された粒子の飛跡を示しています。ニュートリノは左から入ってきてSciBar測定器内で反応し、ミューオン(上側の飛跡)とπ中間子(下側の飛跡)が生成された事象と考えられています。
拡大図(55KB)
 
 
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[図5]
ニュートリノが原子核に与えた運動量の自乗(Q2と名付ける)。点が実験データで、ヒストグラムがシミュレーションによる予想(緑色がコヒーレントπ生成信号の予想値)。今回の研究対象である「コヒーレントπ生成反応」では、このニュートリノが与える運動量(Q)が非常に小さいと予想(緑色の領域)されていましたが、今回の実験ではQ2が小さい領域では「コヒーレントπ生成反応」信号が観測されていません。
拡大図(33KB)
 
 
 
 
 

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