本当にあった!「中間スピン状態」

 

何か不可解な、説明のつかない現象が起きた時、皆さんならどうしますか? 研究者の場合、不可解な現象に出会うと、まだ知らないサイエンスがある!とわくわくするようです。これは、長年の謎であった「中間スピン状態」が、確かに存在するということを示した実験のお話です。

磁石に付くものと付かないもの

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図1 Sr3YCo4O10.5の3次元結晶構造(左)と各層の結晶構造(右)

酸素の欠損している層(右上)と欠損していない層(右下)ができ、これらが層構造を成しています。

物質には磁石に付くものと付かないものがあります。その違いは、物質を構成している原子がもつ小さな磁石「スピン」の並び方によって決まります。これらが 一方向に揃って並ぶと磁石に付くようになり(強磁性)、逆に交互に並ぶと打ち消し合い磁石に付かなくなります(反強磁性)。スピンの並び方はいろいろな要 素によって決まりますが、その一つに温度があります。スピンの向きが揃っていたとしても、温度を上げていくと熱運動によりスピンの向きがバラバラになって しまうのです。そうすると、物質全体では打ち消し合ってゼロ、つまり磁性を失ってしまうのです。このような温度を強磁性転移温度と言います。

今回の研究で使用されたSr3YCo4O10.5は、コバルト酸化物の中 で最も高い強磁性転移温度、約100℃(370K)を持つ物質として最近発見されました(図1)。なぜこんなにも高い温度なのか?多くの研究者がこぞって 調べ、ここには「中間スピン状態」が存在し、その並び方(軌道秩序)が鍵を握っているのではないかと考えられるようになりました。しかし、「中間スピン状 態」という存在そのものが本当にあるのか実験的に確かめられない限り、この議論に決着を付けることができませんでした。

スピンの中のスピン

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図2 ペロブスカイト型コバルト酸化物の構造(左上)とCo3+の電子軌道(右上・右下)

コバルト(Co)を青球、酸素(O)を赤球で示し、Coを中心にOが八面体を作るものをペロブスカイト型と言います。
Coの電子は周りのOをよけるように広がるt2g軌道から入りやすい。t2g軌道には電子が6個まで入ることが可能で、t2g軌道が埋まるとeg軌道に入る。eg軌道はOのある場所とぶつかっているため、ここに入るにはエネルギーがt2g軌道より必要になります。

では「中間スピン状態」とは一体何でしょうか? ここからは原子のスピンからもう一段階小さな世界に入ります。ここでの役者は磁気的な性質を決める スピンを持つ電子、舞台はコバルトの3d電子軌道です。この3d電子軌道に電子がどのように分布しているかがテーマになります。実験で使用したコバルト酸 化物は酸素八面体構造(図2左上)をしていて、そのような環境では、コバルトの電子は周りにある酸素を避ける方向に伸びるt2g軌道と、酸素が存在する方向に伸びるeg軌道の2種類の軌道をとります。障害物を避けているのでt2g軌道は、eg軌道に比べてエネルギー的に安定となります。そのt2g軌道には3方向の軌道があり、各軌道には電子が2個、ただし上向きスピンと下向きスピンは1個ずつ入ることができます。つまりt2g軌道全体では3×2で6個の電子が入ることができます。同じように、酸素がいるところに伸びるeg軌道には、2方向の軌道があり、2×2で4個の電子が入ることができます。

ここで、役者であるCo3+の6個の3d電子を安定なt2g軌道に単に詰めていくと、t2g軌道にちょうど6個収まった状態になり、上向きと下向きが3つずつとなり打ち消し合い、スピンの合計はS=0となり、これを低スピン状態といいます(図3右)。ところが原子の中では、スピンを揃えようとする力もあり、安定な軌道より、スピンを揃えることを選ぶ場合もあります。この場合、可能な限りスピンを揃えようとしますので、まず上向きスピンでt2g軌道とeg軌道に入っていきます。すると、電子5個までは、上向きで並べることができるのですが、残りの1個はエネルギー的に安定なt2g軌道に下向きスピンで入れることになり、S=2の高スピンといわれる状態になります(図3左)。

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図3 スピン状態の自由度

6個の電子がどのように2つの軌道eg軌道t2g軌道に収まるかによって、スピンの現れ方が異なります。軌道の安定性を優先させるとスピンは全て上下交互になりS=0の低スピン状態になります。スピンの向きを揃えるのを優先させると、eg軌道にも入りS=2の高スピン状態になります。この2者は存在が知られていましたが、この間の中間スピンは存在が確かめられていませんでした。

「中間スピン状態」とは、文字通り、この2つの中間の状態です(図3中)。このような状態が本当に存在するのでしょうか? KEK物質構造科学研究所の中 尾裕則(なかお・ひろのり)准教授を中心とする研究グループは「中間スピン状態」の姿を捉えようと、KEKフォトンファクトリーのBL-3A、および BL-4Cを利用し、共鳴X線散乱実験を行いました。共鳴X線散乱実験は、フォトンファクトリーで生まれた実験法で(「ふしぎな物性の謎を解く光」参照)、任意のエネルギーのX線を高い強度で得られる放射光ならではの手法です。この方法を用いると、電子軌道の状態を直接観測することができます。この手法を巧みに使って、研究グループはCo3+の「中間スピン状態」が確かに存在することを実験的に証明しました。この「中間スピン状態」の出現が、高い強磁性転移温度を持つこの物質の強磁性発現の鍵を握っていたのです。

中尾准教授は中間スピン状態の発見を「新しいスパイスを発見したから、早く料理したい。そんな気分です」と今の心境を語ってくれました。この研究は単に 「中間スピン状態」の存在を示しただけではありません。磁気ディスクやメモリーなど、わたしたちの生活には「磁性」を利用した製品がたくさんあり、今回の 発見によって「磁性」をコントロールする手段につながる大きな一歩を踏み出したことは事実です。中尾准教授の言葉にあるように、研究者らはもう次のステッ プへ進み始めています。

この成果は日本物理学会が発行する英文誌Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ)の 2011年2月号に掲載され、編集委員会が推薦する注目論文Papers of Editors' Choiceに選ばれました。

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