【KEKエッセイ #9】ブラックホールは黒い穴?

 
4月10日、電波干渉計の国際共同研究プロジェクト「イベントホライズンテレスコープ」(事象の地平線望遠鏡=EHT)のチームが「M87に存在する巨大ブラックホールとその影の存在を初めて画像で直接証明することに成功した」と発表しました。いったい何が新しいのか?また、何をもって”直接”なのか、ここで議論を深めて参りたいと思います。(素粒子原子核研究所理論センター 郡和範)
EHT (Event Horizon Telescope)による、M87のブラックホールの周りの様子。

直接観測されたのは、ブラックホールの外側の端である「事象の地平線」ではなく、ブラックホールを取り巻く降着円盤(アクリーションディスク)などから放出され、ブラックホールの強い重力で曲げられた後の光の束です。写真は、EHT (Event Horizon Telescope)による、M87のブラックホールの周りの様子です。オレンジ色はブラックホールの周りを取り囲む光子球をとらえた画像。内側の黒い部分は、ブラックホールの事象の地平線から約2.6倍外側まで広がるブラックホールシャドウを表すと考えられます。事象の地平線とは、不正確を承知で簡単に言うとその中の領域がブラックホールである境界を意味します。周囲を飛び回っている光の一部は、ブラックホールに吸い込まれずに事象の地平線から約2.6倍外側をギリギリ回ってきます。その光のうち、地球の方角に曲げられて放射されたものが観測されたのです。公開された画像は、ブラックホールが存在することで除かれた光でつくられた影を間接的に撮影したものです。画像に示される、黒い部分の約38%内側にブラックホールが鎮座していると期待されています。

観測は可視光ではなくて電波によるものです。アンテナをたくさん並べ、光の干渉効果を用いて観測する電波干渉計で検出しました。地球規模のアンテナのネットワークをつくり、あたかも地球の直径ほどの長さの一つの超巨大アンテナになっています。たくさんのアンテナで受け取った電波の信号を、それぞれの時間差をコンピューターで処理し、データの補完などをしたうえで画像化しました。画像はオレンジ色に描かれていますが、可視光ではないので、色は適当に彩色されていることに注意してください。

つまり、画像はブラックホールそのものの写真ではなく、周りの光の束の写真なのです。このため、観測された黒い部分はブラックホールの影(ブラックホールシャドウ)と呼ばれます。光子をつくる場所である降着円盤と、その円盤に垂直に刺さるように存在することが期待されるジェットの根元の構造は、残念ながら観測できなかったそうです。

M87は、地球から約6000万光年の距離にある、我々の天の川銀河とは別の銀河です。中心にあるブラックホールの重さは太陽の約70億倍と推定され、超巨大ブラックホールと呼ばれる種族に分類されます。太陽の質量は地球の質量の約100万倍なので、そのブラックホールの重さは約10の37乗トンということになります。よく知られる大きさの恒星が超新星爆発した後に残されると期待されるブラックホールの質量は、太陽質量の数倍程度と考えられています。つまり、なぜこんなに大きなブラックホールが作られたか、まだよくわかっていないのです。2017年にノーベル賞を受賞したアメリカの重力波実験LIGOやヨーロッパのVirgo実験で発見した連星ブラックホールの質量は、約10倍から約50倍の太陽質量でした。このような重力波実験でのブラックホールの観測こそが、初のブラックホールの直接観測だとする学者もいるので、今回のEHTの成果の解釈には注意が必要です。

ブラックホールと聞いて、何でも吸い込む黒い穴を想像する人も多いと思います。でも、それはあまり正しくないように思います。実は、ブラックホールは他の星と同様に、三次元の球状の天体であることをご存知でしょうか。もし2次元の穴だったら、何かを吸い込んだ後に裏側の奈落へ落ちてしまうイメージを持つでしょう。私たち専門家もノートにブラックホールを描く時、簡単化のため2次元の穴のように描きます。でもそうすると「本当に3次元の球なら、吸い込んだ先はどうなるの?」と別の疑問が生じます。その答えは、吸い込まれた物質などは、どこかに行くのではなくてブラックホールを太らせることに使われる、というものです。世に言う「吸い込んだものは遠くのホワイトホールから出てくる」という説は、理論的には許されるけれど、可能性がゼロでない程度の思考実験的なものです。未発見のホワイトホールを持ち出すことには、ファンタジーとしては面白いかもしれないけれど、いささかおおげさな説明ではないかと危惧いたします。

さて今回は状況証拠として膨大な情報を集め、データ化し、そこから写真を合成したわけで、そういう意味では”間接的に見た”ことになります。では”直接的に見る”とはどういうことなのでしょう。

例えば、この文章を書いたのは私ですが、私が本当に直接書いたという証拠は、いったいどう示せばよいのでしょうか。執筆中の私をビデオ撮影すれば証拠になるでしょうか? その場合でも、頭の中にある他人の原稿を単にタイプしているだけかもしれません。そもそも、そうした映像自体がフィクションのCGかもしれません。

宇宙の始まりに起こったとされるインフレーションで、原始ブラックホールというミニブラックホールが生まれた可能性が指摘されています。質量が約千兆グラムより軽い原始ブラックホールは、宇宙年齢程度で、表面からホーキング効果で光を出すことが知られています。もし、この光が表面から出ている様子を撮影できたら、正にブラックホール を直接見たと言ってもよいのかもしれません。

私自身はオカルトを好きなほうなのですが、科学者としては幽霊や宇宙人の存在は認められません。発見者しか見ていないような、独りよがりの証拠だけでは直接見たことにはなりません。科学的に認められる証拠とは、万人が信じることができる再現性のある証拠でなければなりません。それでは、どのようなものなら直接見たことの証明になるのでしょうか?

悲観的に申しますと、これまでの例でも見てきたように、素粒子実験も宇宙観測もそうなのですが、もはや万人に示せる本当の”直接の証拠”を示すことなんて、概念的に存在しないのかもしれません。そもそも、私たちが物理的に存在しているという直接的な証拠って、本人以外に見ただけで証明できるものなのでしょうか? みなさんはどう思われますか?
(ニュースをご存じない方は国立天文台のホームページ=https://www.nao.ac.jp/news/science/2019/20190410-eht.html=を参照ください)

KEKつくば実験棟から見た月(撮影:素粒子原子核研究所 荒岡修)

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