【KEKエッセイ #16】引き出しをいっぱい持った"機械屋"参上!

 

私が所属する機械工学センターには、実にいろいろな方が相談に来られます。少しでもお力になれればと思い、いつも精一杯対応しています。私の理想は漢方薬局にある引出しがたくさんある薬箪笥です。「ここが痛い」「ここが調子悪い」と聞けば、さっと引出しをあけて薬を調合する。そんな引出しをたくさん持った機械屋になりたいと思っています。KEKに来てだいぶ引出しを入れ替えましたが、まだまだ足りません。機械屋修行もなかなかたいへんです。(機械工学センター 山中将)

使い込まれた道具たち
KEK/松井龍也

私は機械屋として、2011年から共通基盤研究施設の機械工学センターに勤務しています。共通基盤研究施設には機械工学センターの他に、放射線科学センター、計算科学センター、超伝導低温工学センターがあります。機械工学センターは、機械工学を専門とする教員と技術職員で構成されています。試験装置や実験に使う機械部品を依頼に応じて製作します。そのため、各種工作機械を備えた試作工場があります。ちょっとした町工場よりずっと大きいです。年間500件程度の依頼をこなします。また、将来の加速器科学に必要となる技術や課題を研究しています。最近、国際リニアコライダー(ILC)計画を推し進めるため、超伝導加速空洞の製造に関する研究を精力的に進めています。

私の機械屋としてのキャリアは、大学卒業後に入社した工作機械メーカでスタートしました。時はバブルの後半、ちまたでは高級車がすごく売れていました。自動車の生産に用いる工作機械は通常3〜4年に1回モデルチェンジするか新製品を出すのですが、当時は毎年、新製品を上市していました。このため製品開発部隊は大忙しで、ネコの手も借りたいほど。機械を1台作るのに数百枚の図面を書く必要がありますが、製図のプロになるためには数年の修行が必要です。簡単な図面から始めて、少しずつ大きな複雑な図面に進みます。

この図面を元にして現場(工場)で製品を造ります。図面に間違いがあれば、工場から呼び出されます。怖そうなオジさんが「こら新人、図面が間違ってるぞ」ときます。仕事量は気の遠くなるほどあり、のんびり新人育成をしてもらう時間的余裕も、教えてくれる指導者もいません。とにかく図面をたくさん書き、たくさん失敗し、現場に怒られる。これの連日連夜の繰り返しでした。この時の経験が30年以上たった現在、私の機械屋としての基礎になっています。多くのことを学べたのは、ほんとうにバブルのおかげです。

それから大学、高専を経てKEKに赴任しました。第一印象は「見たことも、聞いたこともない世界がここにある」でした。機械屋として二十数年間やってきて、いろいろなことを知っていると自負していました。しかし、加速器科学は門外漢のため、見るもの、聞くものが新鮮で、ちょっとしたカルチャーショックでした。ただ、一研究者として驚いたことは、発表時のスライド(トラペ)のファイルを他人に渡すことです。スライドには研究のアイデア、結果、ノウハウが満載です。興味を持って発表を聞いていただくのはありがたいのですが、これをタダで差し上げるのは、私の生きてきた世界では有り得ません。これまでは個人商店のような研究室単位の研究と企業との共同研究が全てでした。似たような研究をしている方は世界中におり、これらと差別化して論文を書き研究費を獲得するためには、独創性と情報管理が生命線です。スライドはチラ見せが基本でした。KEKに来て、かなり大勢の方が参加する研究プロジェクトを初体験しました。このあたりに研究成果を共有する哲学があるのかと思っています。スライドの件は、だいぶ慣れましたが、未だに少し違和感があります。

そういえば、こんなこともありました。実験のスピードアップのために自動的に試料を交換するロボットを導入したいという相談がありました。短期間で納品してもらいたいとのことで、パワーがありそうなロボット屋を見つけて、私と依頼者(研究者)、企業(ロボット屋)の三者で打合せをしました。何をやりたいのかを明確にし、必要な機能や設置スペース、予算などを詰めていく”仕様決め”という作業を最初に行います。研究者とロボット屋のやり取りを聞いていたのですが、まあ、かみ合いません。困った両者は私を見つめます。これでは、よいモノはできないと即座に判断し、仲介に入りました。ずばり”通訳”です。両者はもちろん日本語で話していますが、テクニカルタームを逐次、翻訳・補足説明しながら、双方の知りたいことを伝え、理解を深めました。機械屋のよしみで少しロボット屋に寄り添って。最初は、だいぶこわばった顔をした両者も、穏やかな表情に変わりました。ロボットは無事に納期までにJ-PARCに据付けが終わり、現在も稼働しています。依頼者には、とても喜んでいただき、こういう支援もあるのかと思い、私もうれしくなりました。通訳という新しい引き出しが増えました。まだまだ足りない引き出しを増やすための修行は続きそうです。

KEK/松井龍也
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