【KEKエッセイ #29】チコちゃんは知っていた!ゴムはなぜ元に戻るのか

 

タイヤやスポーツ用品、免震材料など日常のさまざまな場面で使われるゴム。引っ張ると伸びて、緩めると元に戻るのはなぜか、を理解するには物理学の知識が必要です。また、ゴム材料としての性能を上げるための研究では放射光や中性子などの量子ビームが活用されています。“勝手にチコちゃんに叱られる”シリーズ第4弾は、この「ゴムの秘密」を取り上げます。(物質構造科学研究所 瀬戸秀紀)

ゴムが伸ばされると「高分子」の動ける自由度が下がってしまう。

チコ「ねえねえオカムラ、この中で一番、リーダーシップを持っている素敵な大人ってだあれ?」
岡村「山内機構長いかがでしょうか?」
山内「やってみますか」
チコ「山内さんはKEKの機構長として人を束ねる立場だよね?」
山内「まあそうです」
チコ「それじゃもし目の前に鉛筆が何本かあったとして、これを束ねたい時はどうする?」
山内「輪ゴム?」
チコ「そうねぇ山内さんは輪ゴムの使い方は知っているわけね。輪ゴムってさあ、引っ張ったら伸びて、離したら縮むよね。なんで?」
山内「そっそれは、えーっと…」

原子や分子が集まった物質の代表的な形態は固体、液体、気体の3種類です。これを「物質の三態」と言います。これらは主に原子・分子の結びつき方の違いによるのです。簡単に言えば、原子や分子ががっちり結びついてスクラムを組んでいるのが固体で、緩く結びついていて付いたり離れたりしているのが液体、原子や分子が自由に動き回っているのが気体、ということになります。

固体の中で原子や分子の結びつきの強さを表す指標の一つが「弾性」と言われる性質です。例えば、金属製の定規の片方を固定して反対側を押すと曲がりますが、力を緩めれば元に戻ります。でも、同じ長さのプラスチック製定規と比較すると、金属製の方があまり曲がらず、戻る力も強く感じるはずです。これは、金属中の原子同士の方が強く結びついているからです。外からの力で変形する時は原子も位置を変えようとしますが、原子同士の力が強ければ移動を防ぐ力も強いため堅く感じるのです。一方、外の力が強すぎると原子の並び替えが起こって固体は曲がったまま戻らなくなります。このような状態を「弾性限界を越えた」と言い、元に戻らない変形を「塑性変形」と言います。形状記憶合金のような特殊な場合を除くと、金属などの固体を引っ張った時の弾性限界は1%以下です。つまり引っ張ってもほとんど伸びないし、伸びたら伸びたまま元には戻らない。それが普通の固体です。

ところがゴムは違います。輪ゴムを引っ張ると簡単に2倍以上伸びて、手を離すと元に戻ります。また伸ばした状態を保つためには、力を加え続けなければなりません。つまり、ゴムは伸びた状態でエネルギーを貯めているということになります。

なぜゴムは他の固体とは違う性質を持っているのでしょう?その理由を理解するためには、内部の分子の形を考える必要があります。例えば、天然ゴムの主成分はポリイソプレンと言う高分子で、炭素原子が数珠繋ぎになった紐のような形をしています。この天然ゴムに硫黄を加えると、高分子の間に繋がった「架橋」ができて網の目状となり、広い温度範囲にわたって軟化しにくい弾性体になります。この加硫による弾性改良は1839年にチャールズ・グッドイヤーによって発見された方法で、有名な米国のタイヤメーカーの名前は彼の名前に因んだものです。

そんなゴムに力を加えると、架橋の網目構造が保たれたまま形が変形していきます。この時、1本の高分子に着目すると、糸鞠のように丸まった紐が引き伸ばされる、ということが起きます。この引き伸ばされる前の糸鞠状の高分子の紐は、熱運動によって揺らされて、エネルギー的に同等な様々な状態の間を行ったり来たりしています。力を加えていない状態は紐が動ける自由度が高く、これを物理の言葉で「エントロピーが大きい」と呼びます。一方、伸びた高分子の紐も熱によって揺らされるのですが、しかし動ける範囲が狭くなるため糸鞠よりも少ない状態の数しか取ることができません。つまり伸ばされた高分子は「エントロピーが小さく」なるのです。統計物理学の原理によると原子や分子の集合体は、内部エネルギーと温度×エントロピーの差で表される「自由エネルギー」の小さい状態に向かおうとします。糸鞠状の高分子と伸ばされた高分子を比較すると、伸ばされた高分子のエントロピーが小さい分だけ自由エネルギーの高い状態になっています。つまり伸びた状態は高分子にとって居心地が悪いので、自発的に元の糸鞠状に戻ろうとするのです。このように伸びたゴムが元に戻ろうとするのはエントロピーが関係していることから、ゴムの持っている特異な弾性を「エントロピー弾性」と呼ぶのです。

世界で生産されるゴムのうち約75%が自動車用のタイヤとチューブに用いられることからも分かるように、ゴムの性質をよく理解してタイヤの性能を向上させることで社会に大きな影響を与えることができます。特にタイヤの「グリップ力」「耐摩耗性」「燃費性能」という3大性能はあちらを立てればこちらが立たずという関係にあり、世界のタイヤメーカーたちはこの難問に知恵を絞っています。そこでKEKの出番です。KEKの加速器が作り出す放射光、中性子、ミュオン等の「量子ビーム」を上手に使えば、タイヤの中の高分子やその他の分子がどのような形をしてどう動いているか明らかにできる、というわけです。

ということで、今回の”勝手にチコちゃんに叱られる”では「ゴムの秘密」を取り上げました。実はこの原稿は、5月末には初稿が出来上がっていたのですが、何と!本家NHKの「チコちゃんに叱られる」の6月5日の放送で全く同じテーマが取り上げられ、先を越されてしまいました。番組でチコちゃんがゴムの伸び縮みする理由をどう言ったかというと、「まるで水のようだから」。さーすがチコちゃん、5歳児なのにゴムの中の分子がエントロピーに支配されていることを知っているなんて、将来はきっと物理学者だね!

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