Shota

所要時間:約6分

ワイヤー張り作業を終えた直後のCOMET CDCグループ

ワイヤー張り作業を終えた直後のCOMET CDCグループ

2016年6月10日、COMET実験で使用する円筒形ドリフトチェンバー検出器(CDC)が完成しました。

大阪大学を中心としたCOMET CDCグループは、2015年3月にCDC検出器の外筒を富士実験棟へ搬入してから約半年間、検出器内部のワイヤー張り作業を行っていました。 検出器で使用するワイヤーの本数は約2万本。 張ったワイヤーは、その張力を1本ずつ測定し、基準を満たさないものは全て張り替えるなどの作業を行っていました。

その後、内部のクリーニングを経て、6月10日に内筒を取り付け、CDC検出器に蓋をしました。 CDC検出器の端板と内筒の隙間は、たった250ミクロン (0.25mm)しかないため、作業は慎重に行われました。 最終的に、ワイヤーや内部に傷をつけること無く、無事にCDC検出器が完成!

今後は、ガス漏れ試験を行なった後、宇宙線ミューオン等を利用したCDC検出器の性能評価試験を行う予定です。


以下では、COMET CDC検出器完成までの様子をダイジェストで紹介します。

半年かかったワイヤー張り作業

富士実験棟への搬入後は、検出器内部のワイヤー張り作業を行っていました。 1本1本、手作業で張るため、約2万本のワイヤーを張り終えるには、約半年かかりました。

検出器内部には、高電圧を印加するための直径25ミクロンの金コーティングされたタングステンワイヤーと、それを取り囲むように直径125ミクロンのアルミニウムワイヤーがびっしりと張られています。 それぞれのワイヤーにかけられている張力は1本あたり50グラム・80グラム程度ですが、全ワイヤーの合計は、なんと約1.4トンの荷重となります。

この荷重を支えるのは厚さ5ミリメートルのCFRP(炭素繊維強化プラスチック)素材でできた外筒です。 荷重による検出器の変形もコンピュータシミュレーションによる計算で考慮して設計されています。

張力測定

張られたワイヤーは、途中で絡まったり、切れたりしてないかはもちろん、その張力を1本ずつ測定し、基準を満たさないものは全て張り替えました。 その日に張った分のワイヤーは、その日の終わりに張力測定を行い、また全てのワイヤーを張り終えた後にも再度全ワイヤーの張力測定を行いました。

内筒のインストール

内部のクリーニングを経て、2016年6月10日に500ミクロン厚のCFRP素材の内筒をCDC検出器の内側にインストール。 CDC検出器の端板と内筒の隙間は、250ミクロンしかないため、クレーンで吊り上げた内筒をサポートガイドを使いながらゆっくりと慎重に検出器中心に向けて降ろしていきました。

最後は端板と内筒リングをボルト留めし、隙間をRTVゴムで埋めて、CDC検出器が完成! 完成後は、クレーンを使って空中で回転させ、COMET実験で使用する際と同じ横向きにして、クリーンルーム内に設置しました。

今後の予定

ガス漏れ試験

検出器は内部にヘリウムガスを充填して動作させます。 使用するヘリウムガスが漏れないように精密な設計と製造・加工を行っていますが、ガス漏れがないかチェックする必要があります。 漏れている箇所は、ヘリウム検出器で特定し補修を行います。

宇宙線を使った性能評価試験

宇宙線ミューオンなどを利用したCDC検出器の性能評価試験を行ない、実験が始まるまでの間に、検出器の性能を最大限に引き出し、本実験へ向けての準備を進めて行きます。

東海キャンパスへの輸送

性能試験が完了し、COMET実験の準備が整った暁には、約100km離れたKEK東海キャンパスのハドロンホールへと輸送します。 検出器を損傷しないよう、振動対策などを施しながら慎重に運搬する必要があるため、CDC検出器、最後の大仕事となる予定です。

COMET実験の展望

今回のCDC検出器の完成は、その第一歩を踏み出し、本実験までの道筋が見えてきたことを意味します。

COMET CDCグループで建設の中心的役割を担っている大阪大学の吉田学立 特任助教は、 「KEKを始め、多くの研究機関・企業の方々にご協力頂き、この度、CDC検出器の完成にこぎつけることができました。 昨年度に製作した試作機では、最大で84本のワイヤーから信号を読み出したのですが、実機では一気に4986本に増えるため、物理解析もより複雑化・大規模化し、困難も増します。 しかし、CDCグループ内では新しい検出器の新しいデータに触れられる喜びと興奮で大いに盛り上がっています」 と検出器の完成を喜んでいました。

世界最大強度のミューオンビームを使った、世界最高感度での「ミューオン - 電子転換過程」を探索するCOMET実験の続報をお待ちください。

COMET CDC完成までの道のり


用語解説

COMET実験

COMET実験は、レプトン世代数の保存を破るミューオン稀崩壊現象の一つである「ミューオン - 電子転換過程」の探索を行う実験で、KEKや大阪大学、九州大学などの国内の大学・研究機関に加え、イギリス、中国、ロシアなど世界15カ国が参加する国際共同実験です。

現在の素粒子標準模型では禁止されている「ミューオン - 電子転換過程」が発見されれば、間違いなく新物理の証拠であり、素粒子物理学の新時代の扉を開くことになるでしょう。

2018年頃より、KEK東海キャンパスの大強度陽子加速器施設J-PARCにて実験を行う予定であり、ミューオン稀崩壊の世界初発見、または、最高感度での分岐比測定が期待されています。

CDC検出器

富士実験棟に搬入された検出器は、円筒状のワイヤードリフトチェンバー (Cylindrical Drift Chamber) で「CDC検出器」と呼ばれています。 電子の運動量を測定する装置で、COMET実験の第1期 (COMET Phase-I)でミューオン - 電子転換過程を探索するための心臓部となる検出器と言えます。 これまで、大阪大学を中心としたCOMET CDCグループ内で、検出器の開発やシュミレーション、試作機による動作試験が行われており、実機であるCDC検出器の建設もいよいよ大詰めです。

COMET実験の関連記事