Makio Nakamura

所要時間:約6分

Belle II 測定器の中心部に挿入され、RVCにより接続されようとしている衝突点用超伝導電磁石(QCS) = 1月10日午前10時10分、KEKの筑波実験棟で/<i class='fa fa-copyright' aria-hidden='true'></i> KEK IPNS

Belle II 測定器の中心部に挿入され、RVCにより接続されようとしている衝突点用超伝導電磁石(QCS) = 1月10日午前10時10分、KEKの筑波実験棟で/ KEK IPNS

今春に陽電子・電子の衝突実験の開始を予定しているKEKつくばキャンパスのBelle II 測定器で、前・後方のビーム衝突点用超伝導電磁石(QCS)を相次いで挿入し、衝突点ビームパイプと接続する作業が、1月10日から15日にかけて行われました。接続作業は、ドイツ電子シンクロトロン(DESY)が新たに提案・開発した遠隔真空接続(RVC)と呼ばれる方法が使われ、接続部での真空漏れもなく無事に接続できたことが確認できたということです。

SuperKEKB加速器では、KEKB加速器の設計に比べ、陽電子ビーム、電子ビームの収束をそれぞれ20分の1に絞り込み、ビーム電流を2倍に上げることで、ルミノシティ(衝突頻度)の世界記録をさらに40倍に更新しようとしています。QCSは、強力な超伝導磁石により、陽電子ビーム、電子ビームの焦点を縦方向に100ナノメートル程度にまで絞り込むための要となる装置で、衝突の直前に収束用の磁場をかける必要性から、その先端部をBelle II 測定器の奥深くまで差し込み、崩壊点検出器(VXD)を備えた衝突点ビームパイプに接続する設計となっています。

前方のQCS(電子ビーム側)を慎重に前進させ、衝突点ビームパイプに接続する。QCSの先端部の様子を確認するDESYのKarsten Gadowさん

前方のQCS(電子ビーム側)を慎重に前進させ、衝突点ビームパイプに接続する。QCSの先端部の様子を確認するDESYのKarsten Gadowさん

ところが、Belle II 測定器の検出器中心部は余分なスペースがほとんどなく、手動でネジを締めてビームパイプを接続することができないため、DESYが、パイプ接続部に特殊なギアーシステムを設置し、遠隔操作で動作させるRVCを提案。2012年ごろから、ドイツのハンブルグにあるDESYの研究施設で、設計・試作・テストを続けてきました。DESYの機構は、回転式ロックシリンダーで噛み合わせたビームパイプの接続部に、窒素ガスで圧力をかけて真空を維持するもので、世界初の試みであり、DESYが国際特許を出願中です。

10日に始まった作業には、RVCの生みの親であるDESYのチーフエンジニア、Karsten GadowさんとKEKの技術者、研究者ら30人ほどが参加。QCSを片側ずつゆっくりと前進させて挿入。接続部付近で干渉する部品の一部を急きょ作り直して交換するなどの改良を加え、作業開始から6日間で前・後方ともに無事に接続が完了しました。

Godowさんは「想定内の問題だけで、予定通り接続でき、ホッとしています。次に開けるのはフェーズ II 運転が終わる夏ごろの予定で、現在のBEAST装置を本番用のVXDと交換するのを楽しみにしています」と話しました。

開発者のDESYチーフエンジニア、Karsten Gadowさん 「時間はかかりましたが、想定通りにうまくいきました」

自ら開発したRVCシステムによる初めての接続作業を振り返るGadowさん

自ら開発したRVCシステムによる初めての接続作業を振り返るGadowさん

– DESYから一人だけの参加ですね。
Gadowさん コンピュータ解析や素粒子物理の話であれば、他の人物が来ますが、この技術がわかるのは自分だけです。DESYでもオンリーワンなので、これが通常のシフトです。

– そもそもこの仕組みを思いついたのは誰なのでしょうか。
Gadowさん 私です。ほとんど手が入らない狭い場所で、真空接続が必要になったことを受け、私自身が2012年ごろに提案し、DESYで設計・開発を進めてきました。

– どんなところからヒントを得たのですか。
Gadowさん 私は宇宙計画が大変好きです。中でも宇宙船同士を真空の宇宙空間の中でドッキングさせるテクニックに惚れ込み、その方法からインスピレーションを得ました。

– 具体的な仕組みを教えてください。
Gadowさん RVCは小さなフランジをつけた二つのビームパイプを、回転式ロックシリンダーと外から圧力をかけることで接続し、真空を維持するという最先端技術です。DESYで実施した試験では、フランジを一旦ロックすると、圧力を解放するまでに生じるずれ幅はわずか80マイクロメートルで、一般的な金属製シール(Helicoflex)で必要とされる900マイクロメートルを大きく下回っています。当初は油で圧力をかけようと計画しましたが、油漏れや固形化の可能性があるため、窒素ガスを使った機構に変更しました。この技術については、DESYの技術移転部が現在、特許を出願中です。

– 今回の初めての接続作業の感想は。
Gadowさん 作業は大人数で、大変込み合ってしまい、交通整理が大変でしたが、最初にしてはうまくいったと思います。

– もっとも難しく、時間を要した作業はなんでしょうか。
Gadowさん 接続そのものは、ビームパイプの接続部を合体させ、窒素ガスで圧力をかけるだけなので、ものの10分です。しかし、その前に干渉する部品があり、それを作り直す必要が生じて時間がかかりました。前方のQCS(電子ビーム側)の挿入時にはTPCを用いた中性子バックグラウンド計測器の箱がQCSの通り道に近すぎて、ブラケットを半日かけて作り直しました。後方のQCS(陽電子ビーム側)を挿入する際には、今度は冷却用の送水パイプがひっかかり、ガイド部品を週末に作り直しました。
当初から「2週間は必要」と話はしていたので、作業の時間はほぼ想定していた通りだったと考えています。

– 今後の予定を聞かせてください。
Gadowさん ようやくすべてが終わり、プレッシーから開放されたので、金曜日には帰国の途につきます。DESYに帰ったら、VXDの一部になるPXDの組み立て作業を進めなければいけません。5月末には日本に送り、合体させて本番用のVXDを組み上げます。夏にはBEAST装置(フェーズ II 運転に使用する機器)と本番用機器を交換しなければならないので、またRVCを開けることになるでしょう。そのときは私の出番ですね。

– Gadowさんの趣味は何でしょうか。また、家族と週末何をして過ごしますか。
Gadowさん トライアスロンと庭仕事が好きです。帰ったら二人の娘と一緒に喫茶店でコーヒーを飲み、映画を見たいですね。

– ご協力ありがとうございました。


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