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所要時間:約8分

Muon g-2 theory initiative workshop参加者(一部)。

Muon g-2 theory initiative workshop参加者(一部)。

2021年6月28日~7月2日の日程で、「Muon g-2 theory initiative workshop(ミューオンg-2理論イニシアチブ ワークショップ)」が開催されました。「ミューオンg-2」については、長年、研究が続いてきましたが、現在、殊に大きな注目を集め、話題となっています。今回のワークショップは、KEK素粒子原子核研究所と名古屋大学の共催で行われ、283名の研究者が日本、ドイツ、米国、フランス、イタリアなど27か国の148機関から参加しました。この研究会は2017年から始まり、前回の2019年まではドイツ、米国などの研究機関が持ち回りとなり対面で行われていました。4回目となる今回は日本でホストすることになり、新型コロナ感染症対策としてオンラインでの開催となりました。

素粒子物理学の重要な研究方法の一つに、素粒子の性質を実験で精密に測定し、それが理論の予想計算と一致するかどうかを確かめるというものがあります。この場合は、実験と理論がそれぞれ独立に、同等の十分に高い精度で結果の数値を出す必要があります。この理論計算の精度を高めることが、今回のワークショップのおもな目的です。

「ミューオンg-2(ジー・マイナス・トゥー)」は、電子の従兄弟ともいわれる「ミューオン」1個の磁石としての強さを表す量で、ミューオンが量子力学的に他の素粒子と相互作用しない粒子ならば、ゼロになるはずです。しかし、実際には、ミューオンのすぐ近くで生じる光子と電磁気力、さらに様々な素粒子やそれらの間に働く力による量子効果のために、ゼロでない値になっています。ミューオンg-2の値は、実験で直接的に測定できますし、理論の予想値も既知の知識から精密に計算することができます。現在、どちらも有効数字8桁に迫る高い精度を達成していますが、実験値と理論値の間には、かなりはっきりとした食い違いが見えています。

ミューオンg-2の値には、すべての素粒子の効果が集約されて足し合わさっています。実験と理論の数値が合わないということは、私たちがまだ知らない素粒子や力が宇宙に存在することを意味します。素粒子物理学の研究者は、この未知の存在や効果のことを「新しい物理」または「新物理」と呼んでいます。ミューオンg-2は、効果を集約する範囲がとても広いので、探査できる「新物理」の範囲も広いことになります。

今年(2021年)4月に、米国フェルミ国立加速器研究所で行われているミューオンg-2測定の途中結果が初めて発表され、素粒子物理学者のみならず科学ファンの間でも話題になっています。これを米国ブルックヘブン国立研究所で行われた前回の実験結果と統合すると、実験と理論(後述するホワイトペーパーの値)の間には標準偏差(誤差)の4.2倍の食い違いが見られることになりました。解析されたフェルミ国立加速器研究所のデータは全測定計画の6%に過ぎないので、今後も精度の向上したデータが発表されることが確実な状況です。現状で実験の誤差と理論の誤差がほぼ拮抗していますので、今後は理論値の更なる高精度化が期待されています。

さて、このワークショップでの研究者の活動についてですが、ミューオンg-2の理論の計算は、あらゆる素粒子と力の効果を含めないといけませんので、少人数でできる容易なことではありません。そのため、世界中の研究者が集結し、muon g-2 theory initiative(ミューオンg-2 理論イニシアチブ)という国際研究チームを結成しました。研究者は手分けをして研究を行い、その結果をまとめたホワイトペーパーという論文を2020年に発表しました。次回は2022年を目処に結果の更新版を出版することを目標に準備を進めています。

理論計算値の最大の誤差要因は、強い相互作用(クォーク − 素粒子の分類の一つ − 同士を結び付けて陽子や中性子を作りさらには陽子や中性子を結び付けて原子核を作る力)によって起こる効果の計算にあります。これには、強い相互作用を感じる複合粒子である、ハドロンと呼ばれる種類の粒子の実験データに基づいて計算する方法と、格子QCD理論と呼ばれる、強い相互作用の精密なシミュレーション計算を可能にする理論に基づいて計算をする方法の2種類があります。前者にはこれまで数十年に及ぶ実績がありますが、後者は、比較的最近、計算機の進歩によって精度が上がってきたもので、現在のところ、前者の精度に匹敵するまでに至っていません。今回の会議では、格子QCD理論による研究を行うグループ間の計算結果の比較方法や計算誤差の評価方法をめぐって詳細な議論が行われ、将来の戦略を立てることができました。今後、多くの研究者によって、格子QCD理論の計算の精度について確かな評価が行われることが期待されます。このようにして、将来、高精度な実験結果に対しても、同等の精度の理論値が提示できるようになれば、新物理の存在は確かなものと証明できるでしょう。

本ワークショップでは、そのほか、g-2の理論値と実験値の食い違いを説明する新物理に関する研究や、実験の研究者からの発表がありました。日本で実施中あるいは現在準備中の実験との関係でいいますと、KEKの電子陽電子衝突型加速器SuperKEKBを用いた国際共同実験のBelleII実験で、強い相互作用の効果の元になるハドロン生成反応の測定をする計画が、名古屋大学のBelle IIチームの研究者から報告されました。また、茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設(J-PARC)で準備中のミューオンg-2/EDM実験にも強い期待が寄せられました。日本でも、実験と理論がまさに車の両輪となってミューオンg-2研究をスピードアップしている状況です。

ミューオンg-2理論イニシアチブワークショップは、2023年に再び日本がホストして開催予定です。今回のワークショップで出された課題等について研究が進展し、その報告が行われる予定です。

本ワークショップ開会初日の6月28日、ロシア・ノボシビルスクのブドカー原子核物理学研究所のサイモン・アイデルマン氏(Simon Eidelman, 1948-2021)が永眠しました。ワークショップは急遽アイデルマン氏の追悼ワークショプとして開催されました。アイデルマン氏は、多くの実験結果をミューオンg-2の理論計算に利用する分野を切り開いてきたパイオニア研究者の一人で、ミューオンg-2理論イニシアチブワークショップにおいても、結成当初から運営委員として活躍しました。本ワークショップでは、アイデルマン氏を偲んで、氏の業績とそれを発展させた研究について発表が行われました。

アイデルマン氏は、実験研究者としても、Belle、 Belle II実験、J-PARC ミューオンg-2/EDM実験に参加し、KEKや日本人研究者との交流も深いものがありました。親交の深かったKEK 素粒子原子核研究所の研究者の一人である上原貞治 氏は、「アイデルマン氏の物理学の見識と考察の深さは傑出していて、多くの論文をともに書いてきた経験では、実験データのどんな細かい点からでも、重要で公正な物理の意義を引き出され、その様子には息をのむ思いでした。一方で、アイデルマン氏は温厚な人柄で、研究に苦心する研究者を励まし続け、それぞれの研究がもたらす将来の物理学の発展に一貫して希望を抱かせてくれました。」とアイデルマン氏との思い出を語っていました。

同じく、アイデルマン氏と親交の深かった研究者の一人である飯嶋徹 氏(名古屋大学/ KEK 素粒子原子核研究所)は、「名古屋大学のグループは、Belle/Belle II実験でのタウレプトンの崩壊に関する共同研究で、アイデルマン氏ととても親しく交流してきました。何度となく名古屋にも滞在してもらって、タウ崩壊のデータ解析や新しいアイデアに関して議論しましたが、その中で、彼の物理の理解の深さや、理路整然と公正な判断を下してゆく姿勢には感銘させられました。とてもフレンドリーでポジティブ志向な方で、学生とも気さくに話してくださり、とても多くのことを学ばせて頂いたと感謝しています。」と感謝のコメントを寄せました。


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