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東海村のニュートリノ設備 2006.7.27 |
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〜 建設が進むJ-PARCニュートリノビームライン 〜 |
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KEKと日本原子力研究開発機構(JAEA)が共同で東海村に建設を進めている大強度陽子加速器施設(J-PARC)についてはこれまでにも何度かお伝えしてきました。J-PARCでは世界最高強度の陽子ビームからさまざまな二次粒子を生成し、素粒子・原子核から物質構造の解明や生命科学などの幅広い分野での研究が進められる予定です。 中でもニュートリノのビーム強度をこれまでの100倍に高めて東海村のJ-PARCから岐阜県のスーパーカミオカンデに送り込むT2K実験は、世界からも注目を集めています。 今日は、大強度のニュートリノビームを発生させるニュートリノビームラインの建設状況についてお伝えします。 超伝導電磁石システム J-PARCのニュートリノビームラインは500億電子ボルト(50GeV)陽子シンクロトロンの内側に陽子ビームを取り出してから約90度曲げて、スーパーカミオカンデの方向にニュートリノを作り出します。高いエネルギーまで加速された陽子の軌道を曲げるには強い磁場が必要です。このためニュートリノビームラインでは、通常の電磁石よりも強い磁場を発生させることができる超伝導電磁石を用います。 この電磁石は液体ヘリウムを使って極低温(マイナス約270度)で機能させるので、クライオスタットという低温容器が必要になります。クライオスタット中は大きな真空容器になっていて、いわば大きな魔法瓶です(図1)。真空は熱を伝えにくいので、極低温の超伝導電磁石に熱が入るのを防ぐのです。 ニュートリノビームライン用のクライオスタットは2台の超伝導電磁石を収める設計になっていて、ダブレット(双子)とも呼ばれます。この1号機が昨年度末に完成し、今年春から夏にかけて性能試験を行いました(図2)。 7トンの磁石を支える低温容器 超伝導電磁石は約7トンの重さがありますが、真空容器中では外部からの熱がなるべく伝わらないようにしながら、0.1mmの精度で支える必要があります。このためガラス強化プラスチック(GFRP)で作られた直径24cm、長さ約20cmのパイプを使います。GFRPは極低温でも高い強度を保ち、同時に非常に低い熱伝導率を持つ理想的な材料です。 厚さわずか4mmのGFRPのパイプを2本使って、約7トンの磁石を支えます。高い精度で磁石を固定するのは陽子ビームを安定して運ぶ上で非常に重要なことです。液体ヘリウムを注入した試験で磁石が実際に±0.1mmの範囲で固定されているかを測定し、性能を満たしていることが確認できました。図3は低温での磁石の位置をレーザー距離系で測定している様子です。 熱を遮る工夫 真空容器とサポートポストには80Kシールドと呼ばれる熱遮蔽が設けられています。室温から液体ヘリウムの温度(5K)をいきなり遮断するのではなく、液体窒素の温度(80K)までいったん冷却してから、さらに冷やすのです。これは冷凍機の効率が液体ヘリウムの温度(5K)を冷やすよりも80Kを冷やす方が20倍ほど効率が良いためです。 室温からの大部分の熱侵入は80Kシールドで取り除かれます。またシールドや磁石本体には薄いアルミ箔のような物を多層にした物(MLI)を巻いて、赤外線によって運ばれてくる熱(輻射熱)を10分の1から30分の1に下げています。試験ではこの熱侵入量も測定し、設計通りの値であることが確認されました。 熱侵入を減らす多くの努力をした結果、磁石全体(28台)を冷やす冷凍機に必要な電力は約500kWとなります。超伝導電磁石そのものは殆ど電力はかからないので、常伝導電磁石に比べると、全体の消費電力は10分の1以下で済みます。 KEKの超伝導磁石関連技術は世界でもトップクラスで、今回の試験では磁石の励磁試験も含めた総合的な試験に成功し、T2K実験に向けての大きな目標を達成しました。 ニュートリノを作り出す 地球でもすいすいとすり抜けてしまう幽霊のような素粒子ニュートリノがスーパーカミオカンデを通り抜ける時、捕まえることができるのは、そのうちのわずか千億分の1ほどです。実験を成功させるためには、ニュートリノをとにかくたくさん作って、効率良くスーパーカミオカンデの方向に送り出す必要があります。 陽子ビームを黒鉛などの物質にあてると、さまざまな2次粒子が飛び出してきます。そのうちのパイ中間子は数十メートルほど飛行すると、弱い相互作用によってミュー粒子とミューニュートリノに崩壊します。T2K実験ではこのミューニュートリノを295km離れたスーパーカミオカンデの方向に打ち込みます(図4)。 ニュートリノは電気を帯びていない中性の粒子なので、その軌道を制御することはできません。このため、崩壊元のパイ中間子の軌道を制御する必要がありますが、陽子を標的にあてた時に発生するパイ中間子は、それぞればらばらな方向を向いています。このパイ中間子の向きをそろえるために電磁ホーンという装置が使われます。 電磁ホーンの響き 電磁ホーンは、アルミニウムの管が二重になった装置で、電流を内側の管から流し、端板を通って外側の管で戻す、というものです。内管と外管の間には内管に巻き付くように磁場が発生します。この磁場によって、パイ中間子は前方を向くように曲げられるのです。このアルミ管の形が楽器のホルンに似ていることから、電磁ホーンと呼ばれています(図5)。 パイ中間子を収束させるのに必要な磁場(2テスラ)を発生させるためには32万アンペアという大電流を流す必要があります。このような電流を流し続けると巨大な熱(ジュール熱)が発生してアルミニウムが融けてしまうため、陽子ビームが来るのにあわせて100分の1秒程度の瞬間的なパルス電流を発生させます(図6)。その瞬間、発生した磁場と管を流れる電流が電磁相互作用(ローレンツ力)を起こして20気圧の圧力が内管にかかります。20気圧といえば、水深200メートルの水圧に相当します。 T2K実験では3台の電磁ホーンによりパイ中間子を収束する予定ですが今回、このうちの第1ホーンの試作器が完成しました(図7)。 通電試験では、ローレンツ力による歪みやジュール熱による温度上昇を測定しながら、徐々に電流値をあげていき、目標の32万アンペアでの通電に成功しました。パルス電流が流れるたびにローレンツ力で弾かれた金属がポン、ポンという音を発生させますが、32万アンペアに近付くにつれ、「パッーン」「パッーン」という大音響を発し、耳を覆わずにはいられなくなりました。今後、長期間の通電試験を続け、長期に渡って安定に動作するよう開発が続けられます。 世界初の実験に挑戦 T2K実験では大強度のニュートリノビームを作り出すことによって、ミューニュートリノがごくわずかの確率で電子ニュートリノに変わってしまうという、世界でも未発見の振動現象を探します。謎の多いニュートリノの性質を調べることで、我々が住んでいる宇宙がなぜ今のような姿になっているかについての知識が増えるかもしれません。2009年から始まる予定のこの実験の成果にご期待ください。
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