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中性子の100メートル走 2007.10.18 |
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〜 世界一精密な中性子回折装置 〜 |
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秋晴れの日が多い10月は、運動会の季節ですね。子供の頃、徒競走で運動場を力一杯駆け抜けた思い出を皆さんもお持ちのことと思います。「ヨーイ、ドン!」でスタートした時にはみんな横一線だったのに、100メートル先のゴールに着いた時にはライバルにすっかり差を付けられてしまって、とても悔しい思いをした、そんな甘酸っぱい経験はありませんでしたか? 今日は、生まれてから100メートルほど走ってから研究に用いられる中性子のお話です。 社会の変革をもたらす物質科学研究 今から20年ほど前、「巨大磁気抵抗効果」という現象が発見され、研究者の間で話題になりました。今年のノーベル物理学賞を受賞したのは、この現象の発見者のグリューンベルク(ドイツ)やフェールト(フランス)です。以前の記事でもご紹介したように、巨大磁気抵抗効果を利用したGMRヘッドや不揮発性メモリー等の部品が開発されたおかげで、パソコンや携帯オーディオプレーヤーなどは極めて大容量になり、また小型化にも成功しました。 物質科学研究の面白い点は、筋書きの無い発見によって新しい科学が形成されることがよくあることです。巨大磁気抵抗効果の他にも、酸化物超伝導体、フラーレン、ナノチューブ、準結晶、等はどれも最近の20年の間に発見され、現代社会を支える科学や技術に大きな変革をもたらしつつあります。例えば、酸化物超伝導体の研究から強相関電子系科学が開花、フラーレンやナノチューブからは、電子素子、ドラッグデリバリー、ガス吸蔵、触媒など様々な応用技術(ナノテクノロジー)が生まれています。 物質研究の強力な道具 これらの研究展開を支える手段(物質を研究する手段)として、外部からの刺激や環境の変化に対する応答を調べる方法があります。温度、磁場、圧力、電場、応力、化学的環境等の変化に対する物質の応答の変化を調べることで、その裏にひそむ様々な物理現象の研究や機能開発を進めることができます。 一方、光やX線、ガンマ線等の電磁波や電子、中性子、ミュオン等の量子ビーム等を試料に入射し、散乱又は透過(吸収)したビームを計測することも、物質の研究手段として定着しています。これらのビームは物質中で何らかの相互作用を起こし、様々な情報を外部にもたらすからです。 中性子を使うと物質のミクロの構造や性質を調べることができる研究についてはこれまでも何度かご紹介してきました。中性子はその名の通り、電気を帯びていないので、電子や原子核に近づいても反発したり接近したりすることがありません。電子によって散乱されるX線では水素、リチウム、炭素、酸素などの軽い元素があまりよく観測できないのにくらべ、中性子を使えば原子番号とは関係なく、軽い元素も含めた原子核の散乱の様子を見ることができます。環境にやさしい物質を使った製品の開発などでは、これらの軽元素の振る舞いを調べることが特に重要になります。私たちは、外部環境の変化に対する物質の応答を中性子を用いて詳しく調べることで、物理現象のメカニズムを解明し、さらなる機能開発を行いたい、と考えています。 世界最高レベルの実験装置 KEKと日本原子力研究開発機構(JAEA)が共同で東海村に建設を進めている大強度陽子加速器施設(J-PARC)では、世界最高レベルの大強度陽子ビームを使って、中性子も世界最高レベルの大強度ビームを得ることができます。 加速器で得られる中性子ビームが世界最高レベルであるなら、それを用いて実験を行う装置もまた世界最高の性能が発揮できるものでなくてはなりません。KEKの物質構造科学研究所では、これまでの装置では不可能な研究領域の開拓を目指す、従来にない超高分解能型の回折装置、SHRPD(図1)の建設を進めています。 陽子ビームがパルス状に液体水銀のターゲットに照射されると、水銀の核破砕反応で発生した中性子が四方八方に飛び散ります。ある方向に飛び出した中性子を集めて実験に用いるのですが、この時、なるべく方向や速度、タイミングがそろった中性子がたくさんそろっている方が実験の精度を高めることができます。「ヨーイ、ドン!」で思い思いの方向にいっせいに走り始めた中性子たちの中から、同じ方向を向いて同じ速度で走っている中性子たちだけをうまく選び出すというわけです。 このため、中性子を「中性子導管」と呼ばれるパイプの中に誘導し、約100メートル先の装置に導いて回折実験を行うのがSHRPDです。 中性子が走る距離が100メートルというのは世界最長のビームラインです。発生させる中性子の強度が世界最高レベルのJ-PARCならではの実験装置です。 図2は世界の主な粉末回折装置の性能を比べたものです。SHRPDは中性子の強度が強く、装置の分解能も最高レベルの右上に位置します。SHRPDは、最先端の欧州原子炉実験施設ILLや英国中性子散乱施設ISIS、あるいは新設のオーストラリア原子炉OPAL等の回折装置などと比較しても、世界最高の分解能を持ちますので、実験のフロンティアをさらに押し進めることができます。 SHRPDが高い分解能を実現できるのは、シャープな中性子パルスを発生させる中性子発生源の開発に加え、中性子ビームを中性子導管で安定に輸送する技術によります。現在、中性子導管が格納されるビームライン実験室とSHRPD本体が格納される実験装置室を建設中です(図3、4)。 物質科学の進展とともに対象とする物質はますます複雑になってきています。図5の例は、開口フラーレンの回折パターンのシミュレーションをSHRPDとその前身のKENS-Vegaで比較したものですが、SHRPDではVegaに比べピーク(ブラッグ反射)が分離されており、ブラッグ反射から抽出された構造因子の信頼性が極めて高いことが容易に想像できるでしょう。また、先に述べたように、温度、磁場、圧力、電場、応力、化学的環境等の変化により、物性や機能が複雑に変化する例も多く知られていて、わずかな構造の違いを観測できるSHRPDの活躍が期待されます。
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