2010年6月17日
今年5月、ミュー型ニュートリノを、スイス・ジュネーブから730km離れたイタリア・ローマ郊外のアペニン山脈に向けて打ち込んでニュートリノ振動現象を観測する「OPERA実験」で、タウ型ニュートリノへの振動現象が観測されました。
OPERA実験では、スイス・ジュネーブにある欧州原子核研究機関(CERN)から、ローマ郊外のアペニン山脈の山頂下約1000mに設置されているグランサッソ研究所(イタリア国立物理学研究所直属の研究施設)に向け、スーパー・プロトン・シンクロトロンで加速した高エネルギー陽子から人工的に作ったミュー型ニュートリノを打ち出しています(図1)。ニュートリノが飛ぶ距離は約730km。宇宙線などが十分遮蔽された地下の細長い実験室(巾15m、長さ100m)に設置された、重さ約1250トンのニュートリノ検出器が、CERNからのニュートリノを観測しています。この実験は、日欧を中心とする12カ国33研究機関の170人の研究者からなる実験で、日本からは愛知教育大学、宇都宮大学、神戸大学、東邦大学、名古屋大学が参加しています。
物質を構成する素粒子は、強い力を感じるクォーク群と、強い力を感じないレプトン群に分類できます。レプトン群には電子、ミュー粒子、タウ粒子と、それぞれに対になるように電子型ニュートリノ、ミュー型ニュートリノ、タウ型ニュートリノの全部で6個の素粒子が属します(図2)。ニュートリノが質量を持てば、飛行中に他の型のニュートリノに変身し、もとの型のニュートリノに戻り、更に他の型に変身し、、、という「ニュートリノ振動」という現象が起こると予測されていました。この理論を提唱したうちの1人は、坂田昌一名古屋大学教授(当時)。2008年にノーベル物理学賞を受賞した、小林誠KEK特別栄誉教授と益川敏英京都大学名誉教授の恩師です。1999年に始まったK2K実験は、KEKの陽子加速器でミュー型ニュートリノを人工的に作り出し、250km離れた岐阜県飛騨市神岡町のスーパーカミオカンデに 打ち込んで、「ニュートリノ振動」を確認しました。K2K実験は、加速器を使ってニュートリノ振動を確認した、初めての実験でした。
出典:プレプリントサーバーに掲載されたOPERA実験の論文、arXiv:1006.1623、「Observation of a first ν_τ candidate in the OPERA experiment in the CNGS beam」,10ページ,図1より
スーパーカミオカンデは、3つのニュートリノのうち、電子型とミュー型の反応を記録できます。K2K実験で、KEKから打ち込んだミュー型ニュートリノの数と、スーパーカミオカンデで測定したミュー型ニュートリノの数を比較したところ、明らかにミュー型ニュートリノの数が減っていることが分かりました。スーパーカミオカンデでは、電子型ニュートリノが観測されなかったため、KEKから打ち込んだミュー型ニュートリノがタウ型ニュートリノへと「振動」したと考えられています。
一方、OPERA実験はタウ型ニュートリノを観測するように設計されています。測定器に入ってきたタウ型ニュートリノが、測定器中で反応して生じたタウ粒子を観測したのです(図3)。
今回のOPERA実験の観測により、ミュー型ニュートリノがタウ型ニュートリノに振動することが直接的に確認できました。次に期待がかかるのは、ミュー型ニュートリノと電子型ニュートリノ間の振動現象の観測です。この現象が確認できれば、3つの型のニュートリノが相互に振動して行き来する可能性がでてきます。これは、レプトン群の6つの素粒子がお互いに独立ではないことを意味します。2008年のノーベル物理学賞を受賞した小林・益川理論は、クォーク群の6つの素粒子が互いに独立でないことがCP対称性の破れを引き起こすことを予測した理論です。同じように、レプトン群のほうからもCP対称性の破れが生じるかもしれません。こうしたCP対称性の破れの新たな起源の解明は、いま物理学がかかえている大きな謎のひとつである、「消えた反物質の謎」を解くきっかけになるのです(図4)。
このミュー型ニュートリノと電子型ニュートリノ間の振動現象を観測しようとする実験が、T2K実験。茨城県東海村のJ-PARCから、スーパーカミオカンデに向けてミュー型ニュートリノを打ち込む実験です。スーパーカミオカンデでは、T2K実験により打ち込まれたニュートリノを次々と観測しています。T2K実験では、ニュートリノビームが東海村と神岡の距離である295km飛行したときにニュートリノ振動が最大になるように、ニュートリノの エネルギーを調節しています。このため、K2K実験では約30%程度のミューオンニュートリノが他の種類のニュートリノに振動したのに対して、T2K実験では、少なくとも半分以上のニュートリノが他の種類のニュートリノに振動することが予想されています。
また、T2K実験はK2K実験に比べ、陽子ビームの強度を約100倍にパワーアップしています。このため転換頻度が低いことが想定されているミューオン型ニュートリノと電子型ニュートリノ間の振動現象を発見することが期待されているのです。
T2K実験、OPERA実験の他に、加速器を使ったニュートリノ振動実験として米国フェルミ研究所(フェルミ研)の「MINOS実験」が現在進行中です。フェルミ研では、T2K実験のライバルともいえる「NOvA実験」の準備も進められています。他にも、原子炉で生成されるニュートリノを使う、フランスの「Double-Chooz実験」、中国の「Daya-Bay実験」、韓国の「RENO実験」が新しいタイプのニュートリ ノ振動探索に向けて準備中です。