コライダー用測定器の読み方
#ハイライトKEKで改造が進んでいるSuperKEKBや、現在スイス・ジュネーブにある欧州合同原子核研究機関(CERN)で行われている大型ハドロン衝突型加速器(LHC)実験は、入射粒子を衝突させる「コライダー実験」と呼ばれています。粒子の正面衝突により、加速して粒子に与えたエネルギーを無駄にすることなく素粒子反応に使うことがでます。
図1:Belle II測定器を構成する装置の配置説明図
Belle II測定器は、衝突点を囲むように、「崩壊点位置検出器」、「中央飛跡検出器」、「粒子識別装置」、「電磁カロリメーター」、「ミュー粒子・中性K中間子検出器」から構成される。
図2:ATLAS(アトラス)測定器を構成する装置の配置説明図
ATLAS(アトラス)測定器は、高さ25m、長さ44m。陽子の衝突点を囲むように、「内部飛跡検出器」、「カロリメーター」、「トロイダルマグネット」、ミューオン測定器」からなる。また、前後方にも「トロイダルマグネット」と「シンギャップチェンバー」、「ミューオン測定器」が配置されている。
図1は、SuperKEKBの測定器、Belle II(ベル・ツー)の説明図、図2はATLAS測定器の説明図です。それぞれの装置は形も名前も異なっていますが、いずれも衝突点を覆うように幾重にも装置が配置されているという共通点があります。
実験の目的の違いにより加速器の特徴も違い、測定器に要求する機能も異なりますが、コライダー用測定器は、次の3つの要件を満たすように設計され、割合と普遍的な構造を持っていますので、押さえておくといろいろな実験報告を読む時に役に立ちます。
I. どのような素粒子反応をも記録できること。
II. 反応によって生じた粒子が、測定器のどこを通過しようとも粒子の種類、位置情報、運動量、エネルギーなどを測定できること。
III. 記録できない範囲がないように装置が配置されていること。
記録の対象となる粒子としては、「電荷を持っている粒子」と「電荷を持っていない粒子」に分けることができ、
A) 「電荷を持っている粒子」としては、電子、陽電子、陽子、反陽子、ミューオン、反ミューオン、正電荷を持ったパイ中間子、負電荷を持ったパイ中間子など
B) 「電荷を持っていない粒子」としては、光子、電荷を持たないパイ中間子、K0(ケイ・ゼロ)中間子、Λ(ラムダ)粒子、ニュートリノなど
があります。
ミューオンという粒子は、宇宙からも降ってきています。開いた手のひらに一秒間に1個降っているのですが、20世紀の始めまで人類はその存在に気がつきませんでした。その存在に気がついたのは、「霧箱」という装置ができたからです。質量が約200倍であるほかは、ほとんど電子と同じ性質を持つ素粒子です。
一方、パイ中間子も宇宙から降ってきている粒子です。しかし、素粒子ではなく、アップ・クォークやダウン・クォークが2つ組み合わさってできている粒子であることがわかっています。
K0中間子や、Λ粒子も宇宙から降ってきている粒子ですが、これらには、ストレンジ・クォークが中に入っていることが知られています。つまり、素粒子ではありません。
陽子、パイ中間子、K0中間子、Λ粒子などは、2つもしくは3つのクォークからできている粒子で、ハドロンと総称されています。
列挙した粒子以外にもたくさんの素粒子や、素粒子が組合わさった粒子が存在しますが、それらはとても不安定なため、測定器の中に入ってくるまでに、比較的安定しているA)やB)の粒子に変化してしまいます。しかし、そうした変化してしまった粒子たちの通過位置や運動量、エネルギーが測定できれば、変化する前の粒子を次々と推定し、衝突時に起きた反応に遡ることができるのです。
設計の大原則は、粒子の通過位置情報を取得してから、エネルギーを測定するという順番です。通過情報が取得できる粒子は荷電粒子に限られます。電荷を持った粒子は、半導体と反応させるか、ガスと反応させることで、粒子の通過をあまり乱す事なく、情報を収集することができます。ビームパイプに接近したところで高精度に軌跡を記録する「バーテックス測定器」という装置と、より広範囲に軌跡を記録する「飛跡検出器」を配置します。
一方、高エネルギーの光子や電子、陽電子は物質中でなだれのような反応(電磁シャワーという)を起こし、たくさんの光子や電子、陽電子を作ります。それら全ての光子や電子・陽電子を吸収し、その総量を測定するのが電磁カロリメーターです。 同じように高エネルギーのハドロンも物質中で強く反応し、ハドロンのなだれ(ハドロンシャワ-という)を起こします。それら生成されたハドロン全てを吸収し、その総量を測定するのがハドロンカロリメーターです。カロリメーターでエネルギーを測定された粒子は、そこで詳細な位置情報を失います。
また、粒子の運動量を測定するためには、測定器に磁場をかける必要があり、そのためコライダー用測定器では、強力な電磁石が装置の一部となります。磁場をかけると、フレミングの左手の法則により、粒子の持つ運動量に反比例して軌道が曲げられるので、その曲がり具合から運動量を計算します。
測定する粒子の性質を利用し、それぞれを識別できるように各種装置をタマネギのように配置した、ビーム軸に垂直な断面図を図3に示します。
図3 コライダー用測定器をビーム軸方向から見た断面図。粒子の測定方法を概念的に表したもの。測定器で見えない粒子の飛跡は、破線で表されている。
電子や陽電子は、飛跡検出器に信号を残し、エネルギー測定器・電磁カロリメーターでエネルギーが測定されます。また軌跡検器中での軌跡の曲がり具合から運動量が測定されます。
一方、光子は電荷をもたないために飛跡検出器には信号を残しませんが、電磁カロリメーターで吸収されエネルギーが測定されます。
陽子や荷電パイ中間子などは、電荷を持っているために飛跡検出器に信号は残しますが、電磁カロリメーターではあまり反応しないので、その外側のハドロンカロリメーターでエネルギーが計測されます。一方、中性子は電荷がないので、飛跡検出器、電磁カロリメーターでも信号を残しませんが、物質と強く反応するのでカロリメーターで吸収されてエネルギーが記録されます。
K0中間子やΛ粒子は中性なので、飛跡検出器にはもともとは信号を残しませんが、ちょうど飛跡検出器の中で、正負の2つの荷電粒子に崩壊することが多く、飛跡検出器にVの字に軌跡を残し、その後ハドロンカロリメーターで吸収されてエネルギーが測定されます。
ミューオンは電荷を持っていますが、電子の約200倍も重いために電磁シャワーを起こしません。また物質とは強く反応しないためハドロンシャワーも起こしません。そのために、電磁カロリメーター、ハドロンカロリメーターでも吸収されることがなく、一番外側にあるミューオン測定器に軌跡を残していくことで、ミューオンであることが分かります。
ニュートリノは中性でかつ物質とほとんど反応しないために、飛跡検出器にも信号を残さず、電磁カロリメーター、ハドロンカロリメーター、ミューオン測定器でも反応せず、測定器を突き抜けていってしまいます。そこで、IIIの要件、「密閉性」が重要になります。密閉生が実現されていて、ニュートリノ以外が確実に捉えることができているならば、運動量保存則から、失われた運動量はニュートリノが持ち去ったとすることができるわけです。
実験によっては、電子をハドロン粒子と区別をしたり、パイ中間子、K0中間子、陽子などを積極的に区別するなどとった粒子を特定するための、粒子同定のための特別な装置を挿入することもあります。
関連サイト
Belle II 実験
日本語(一般向けサイト)
英語(研究者向けサイト)
LHC アトラス実験
関連する研究グループ
Belle II
アトラス実験
Belle
ZEUS
Tevatron-CDF実験
トリスタン実験
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