低速陽電子実験施設

KEK

施設紹介

陽電子は電子の反粒子です。本実験施設では、専用ライナックをもちいて生成した陽電子からエネルギー可変単色陽電子ビーム (低速陽電子ビーム) をつくり、固体表面物性や原子分子物理学の研究を行っています。

陽電子について

陽電子は電子の反粒子です。電荷が正である他は電子と全く同じ性質をもっています。陽電子は1930年にディラックによってその存在が理論的に予言され、1932年に初めて霧箱を用いて確認されました。現在ではすべての素粒子に反粒子があることがわかっていますが、陽電子は最初に見いだされた反粒子です。それだけでなく、最初に物質研究に用いられた反粒子で、今でも広く使われています。一般の方に最も身近な使われ方は、癌の所在を明らかにするPET(陽電子放出断層撮影)ではないでしょうか。そのほか、固体の電子状態の研究や、空孔型格子欠陥の研究、多孔性物質の孔のサイズの測定などに用いられています。これらの研究では、陽電子が電子と対消滅したときに生じるガンマ線を検出します。

しかし、本施設での実験では主に、陽電子自体や、陽電子と電子が結合してできるポジトロニウムなどを直接検出する実験を行っています。

陽電子の発生法

専用ライナックで加速した電子ビームをタンタルコンバータに入射します。

  加速エネルギー 55MeV,電力 600W

  パルス運転: 50Hz, ショートパルス(1~10ns可変),ロングパルス(1μs)

タンタルコンバータ(厚さ4mm)に入射した高エネルギー陽電子が,タンタル原子核のクーロン力で軌道を曲げられるときに,高エネルギーの制動放射X線が生じます。

制動放射X線がタンタルコンバータの外に出る前に,電子陽電子対生成(光子の電子・陽電子対への転換)が起きることがあります。そのときに生じた陽電子を利用します。

陽電子を低速にする方法

タングステンが負の陽電子仕事関数をもつことを利用します。

電子の仕事関数はどの物質でも正なので,金属から電子を取り出すにはエネルギーを与える必要があります。
しかし陽電子には,陽電子に対する仕事関数が負の金属が存在し,そのような金属からは自発的に出てきます。陽電子仕事関数が負の金属には,銅(Cu),ニッケル(Ni),タングステン(W)等があります。

物質中に入射した高エネルギー陽電子はその中で熱化します。熱化とは,エネルギーを失って物質と熱平衡の状態になることです。熱平衡になった陽電子は物質中を拡散し,やがて電子と対消滅してγ線になります。しかし中には消滅する前に表面まで戻ってくる陽電子があります。もしその物質の陽電子仕事関数が負なら,その陽電子は表面から勝手に飛び出します。これが低速陽電子です。

この現象をつかって低速陽電子を作るユニットをモデレータといいます。本施設ではタンタルコンバータの下流に,厚さ25μm のタングステンの薄膜を格子状に組んだモデレータを配置しています。薄膜を使っているのは表面積を多くとるためです。

本施設の低速陽電子ビームの特徴

  • 高強度:5x107 低速陽電子/s (長パルスモード:パルス幅1.2μs)
  • エネルギー可変(最大35keV)で輸送:試料や検出器が通常のアース電位で測定が可能なので,高い汎用性があります。これは高強度低速陽電子ビームでは世界で唯一の特性です。
  • 標準化されたビームライン分岐法:実験の発展に応じる高い拡張性があります。
  • 短パルスモード(パルス幅1~10ns,強度:1x106 低速陽電子/s )オルソポジトロニウムのTOFや細孔中の寿命測定が可能です。また,レーザーとの同期が容易です。