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図1. 銀河系中心の想像図。 Credit; NASA, https://images.nasa.gov/details-PIA17009

図1. 銀河系中心の想像図。 Credit; NASA, https://images.nasa.gov/details-PIA17009

もうすぐノーベル賞授賞式です。ノーベル賞の授賞式は毎年12月10日、アルフレッド・ノーベルの命日に行われていますが、2020年のノーベル物理学賞はどのような研究に贈られたのでしょうか? KEK素粒子原子核研究所 理論センターで宇宙論の研究に取り組む郡和範 准教授が、2020年のノーベル物理学賞を解説します。

2020年度ノーベル物理学賞は、オックスフォード大学名誉教授のロジャー・ペンローズ、マックスプランク地球外物理学研究所教授のラインハルト・ゲンツェル、カリフォルニア大学ロスアンゼルス校教授のアンドレア・ゲズに贈られました。受賞理由は、ペンローズについては、「一般相対性理論の強固な予言としてのブラックホールの生成の発見について」、ゲンツェルとゲズの2名については、「我々の銀河の中心に存在する超重量のコンパクトな天体の発見について」でした。

初めに、ペンローズの業績を解説します。まず、今回のノーベル物理学賞受賞研究にとって重要な一般相対性理論の説明から始めましょう。一般相対性理論はアルバート・アインシュタインにより発見され、1915年から1916年にかけて発表されました。その理論の根幹をなす、時間と空間(時空)とエネルギーの関係を表す式はアインシュタイン方程式と呼ばれます。一般相対性理論は、重さ、つまり質量が存在すると、周りの時空を曲げることにより、重力が発生すると教えます。これを直感的に理解するには以下のように仮想的な実験を考えると分かりやすいでしょう。ある人がソファーに座っているとします。ソファーの表面は、その人の体重により、くぼんでしまいます。そのくぼみの様子は、例えるならば、質量による周りの時空のひずみと解釈してもよいでしょう。仮に座っている人の周りにボールが置いてあったとすると、そのくぼみに引き寄せられるかのように、ボールは落ち込んで行きます。このボールを引きつける力を引力(重力)と解釈するのです。実際、一般相対性理論における重力とは、こうして質量(もしくはエネルギー)が存在することで時空がひずみ、そのひずみに引き寄せられる力として生じるのです。ニュートンの万有引力の法則は、質量が軽く、この曲がり方が緩い(また、速度も遅い)場合のみに使われる近似的な理論であると理解されます。一般相対性理論は、ニュートンの万有引力の法則をも含んでいる、より強い重力と、より速い運動をも扱うことのできる広い枠組みの理論なのです。ものすごく狭い領域にものすごく重いものがあったとき、ひずみが激しく、下に突き抜けてしまっているような状態がブラックホールだと思っていただくとわかりやすいでしょう。

しかし、アインシュタイン自身は、実は、生前にブラックホールの存在を疑っていたとさえ言われています。アインシュタインが一般相対性理論を発表したほんの約1ヶ月後に、アインシュタイン方程式の解の中でも、最もシンプルなブラックホールの解がカール・シュワルツシルトにより発見されました。球対称・無回転・電荷なしのブラックホールで、シュワルツシルトブラックホールと呼ばれます。この解は物理の用語で“静的”と表現されるように、時間が経っても変化しません。アインシュタイン自身が見つけられなかった解を、発表直後に他人が見つけてしまっているのです。ご存知、中学で習う2次方程式には、一つの方程式に2つの解がありますね。実は、アインシュタイン方程式のように非線形の偏微分方程式の解は1つや2つでなく、ずっとたくさんありえるのです。その方程式自体の発見者であるアインシュタインですら、厳密な解をすべて調べつくしているわけではありません。カール・シュワルツシルトに続くように、後にアインシュタイン方程式の厳密解が本人以外の研究者により発見されて行く歴史は、アインシュタインにとってはさぞかし皮肉なことでしょう。ペンローズは、以下に説明するように、一般相対性理論の理解への貢献という意味で、アインシュタイン以来、その理論に画期的で重要な貢献をしてきました。これも、発見者と独立に、後世の人がその理論の理解を深めていく例の一つとなっています。

ペンローズが数学的に証明したのは、一般相対性理論において、物質が強い重力により潰れたならば、特異点と呼ばれる特殊な領域が生じるというものです。そして、このようにして自然に発生する特異点に向かってすべて落ちていくため、その場所で発せられた光ですら捕捉されて出てこられない領域の境界、つまり事象の地平線が形成されると考えました。そして、特異点は事象の地平線に必ず囲まれていて、外の人からは見ることができないと考えました(宇宙検閲官仮説)。

特異点とは、簡単な理解では、点のように小さい領域に大量の物質が集まってきて密度が無限大になってしまった領域のことを言います。そこでは既存の物理学による計算が困難になるのです。例えば、計算機で、1÷0=を計算させてみてください。体積が0のところに質量1が集中した場合の密度を計算したことに相当しますが、おそらくエラーメッセージを返してくるのではないでしょうか。これは計算機が計算できないということを単に示しているだけですが、それがどのように間違っているかを物理的に問い直してみましょう。ここで、このように体積がゼロに近い極限的な点の密度という物理量を計算したいと考えたとき、計算機が計算できないことが誤りではなく、1÷0=を計算させようとした理論が誤りであると理解します。本当に正しい理論とその計算方法を知っていたなら、1÷0=という計算を無理やり実行させる必要がない可能性があるのです。現代の物理学では、そうした特異点と呼ばれる密度などが無限大となる領域での物理量を計算する重力の理論が未完成なのです。正しい重力理論では、例を挙げれば、割り算の分母のゼロがゼロになる前に有限な値で下げ止まるとか、もしくは同じぐらいの量のゼロが掛け算されるように理論が変更されて、ゼロが分母と分子でキャンセルして有限な値を出すなどと予想されます。もちろん、これらは想像の範囲内のことですが、新しい理論の未知の機構により従来の理論は変更されるに違いないと考えられています。特異点が出現しないような候補の理論は、未だ推論の域を出ませんが、小さなスケールで重力に量子的な性質が現れ、既存の古典的な理論が変更されるとする超弦理論などの量子重力理論です。ペンローズは、ある意味、古典論である一般相対性理論の範囲内では不可避的に特異点が形成されてしまうことを証明し、古典論の計算の限界を示したとも解釈されます。量子重力理論が完成すれば、この問題は解決されるのではないかと期待されています。

前述したように、事象の地平線近くで発せられた光は、どれだけ時間をかけても、事象の地平線から逃げ出せません。このことから、ブラックホールは光でみることができないと理解されます。球対称・無回転・電荷なしのシュワルツシルトブラックホールを仮定した場合、事象の地平線までの半径をシュワルツシルト半径と呼びます。太陽の質量(いわゆる1太陽質量=約2×1030kg)を持つシュワルツシルトブラックホールのシュワルツシルト半径は約3kmです。太陽の半径は約70万kmですので、このことから、ブラックホールのサイズは、同じ重さを持つ恒星と比べて、とても小さいことがわかりますね。1939年にオッペンハイマーとスナイダーにより、球対称のガスの重力崩壊で事象の地平線が作られることはすでに指摘されていました。その当時、非常に特殊な場合にしか、ブラックホールは形成されないと考えられていたのです。しかし、ペンローズは、1965年に球対称とは限らずとも一般的に特異点が形成されることを数学的に証明し、ブラックホールにおける特異点定理を発表しました。これは、後に発表される有名なホーキング-ペンローズの宇宙初期における特異点定理と並んで有名な定理となります。

次にゲンツェルとゲズの2名の業績を解説します。受賞理由には、われわれの銀河の中心にある超重量でコンパクトな(ぎっしり詰まった)天体と書かれていて、必ずしも”ブラックホール”の発見とは書かれていない点に注意が必要です。

ヨーロッパのグループ、アメリカのグループを率いるのが、それぞれゲンツェルとゲズです。お互い1990年初頭から約30年の間、銀河中心の観測においてしのぎを削ってきました。まず、銀河中心は、ダストなどが可視光を吸収するため、地球からは可視光ではよく見えないことに注意することが必要です(図1)。そのため、電波や赤外線で観測することになります。歴史的に、銀河中心にある電波源は、電波で明るい順に、いて座 (Sgr) A、 B、 C、 D、 …と名付けられています。いて座Aの西側の成分である、いて座Aウエストの中に、特に電波で明るい領域が1974年に発見され、いて座A* (Sgr A*)と名づけられました。A*はエイスターと発音されます。A*と名付けられた理由は、Aよりもジェットという激しく吹き出す成分などからの放射が活発であることから、エネルギーの励起を意味する*をつけて、Aと区別するようになったためです。2008年には、米シェパード・ドールマン達により、いて座A*のサイズは約0.3天文単位以下 (約5千万km)と報告されました。1天文単位は、地球と太陽の間の平均的な距離に相当する量で、約1億5千万kmです。この精度を出せるのは、大気のゆらぎによるシグナルを補正する技術、補償光学が進展したおかげです。ドールマンは、最近は、国際共同研究プロジェクト「イベントホライズンテレスコープ」 (EHT)のリーダーであることでも知られています。地球からいて座A*までの距離は、約2万7千光年です。1光年は1年間に光が進む距離です。

いて座A*の近傍の恒星たちは、赤外線のソース(Source)という意味で、Sと数字(たとえばXX)を組み合わせて、SXXと呼ばれています。ここでXXは1や2などの通し番号の数字です。その中でも、特にいて座A*に最も近い軌道を持つ恒星S2について、ゲンツェルとゲズは、それぞれ、チリとハワイにある可視光と赤外線(光赤外)の望遠鏡である、VLTとKeck望遠鏡とによる観測を行ってきました。ゲンツェルらはS2と呼び、ゲズらはS02(もしくはS-02、またはS0-2) と呼びます。かなり呼び方にバリエーションがありますので、この解説では単にS2と呼ぶことにします。

S2は、いて座A*の周りに楕円軌道を描きながら運動する太陽質量の14倍から21倍もある重い恒星です。その軌道において、いて座A* の一番近くを通る場所(近星点)では、いて座A*に約180億kmの距離まで迫ります。その楕円軌道を約16年弱という周期でまわっています。どちらのグループも一周すべての軌道の観測を、理論計算の予言を用いてフィットし、ブラックホールの候補天体の質量を推定しました。近星点の通過の速度は秒速約5000kmというものすごい速さにのぼります。さらに、いて座A*の強い重力の下、その運動を詳細に観測した結果、いて座A*は、約400万太陽質量の質量があることがわかりました。もし、それがシュワルツシルトブラックホールであると仮定すると、そのシュワルツシルト半径、つまり、そのブラックホールのおおまかな大きさは、約0.1天文単位(約1千万km)と推定されます。

ここで、ブラックホール以外の候補を探る思考実験にいくつか挑戦してみましょう。仮にいて座A*と同じ領域に太陽400万個分を、隣り合うぐらいぎちぎちに置いてみたならば、どういう状況か考えてみます。太陽の半径は約70万km(=1太陽半径)ですので、その400万個分が隣り合う仮想的な領域の大きさは約0.7天文単位(約1億キロ)もの大きさを占めてしまいます。つまり、いて座A*の大きさの観測的な上限である、0.3天文単位よりずっと大きくなってしまうのです。逆に言うと0.3天文単位の中には約40万個しか太陽をつめこめません。

次に、太陽よりずっと重い恒星だったらいて座A*にある約400万太陽質量の天体になり得るのでしょうか。これも答えはノーです。太陽の10倍重い恒星では、半径は質量の約0.72乗に比例するという関係があるのです。このような重い恒星はCNOサイクルと呼ばれる核融合サイクルで燃えています。これは太陽のppチェインと呼ばれる核融合のサイクルとは異なる核融合サイクルです。その理論を使うと、恒星の質量と半径の関係を理論的に出すことができます。残念なことに、10倍重い恒星を考えた場合、半径は太陽半径の約5倍以上になってしまいます。単純に太陽を10個詰め込んだ場合の領域の半径は太陽半径の10の1/3乗、つまり約2.1倍なので、それよりずっと大きく広がってしまうのです。また、今度はその逆で、太陽質量より軽いppチェインの星がたくさんあるとする解釈はどうでしょうか。このような軽い恒星の場合、半径は質量の約0.17乗に比例することが理論的に知られています。つまり、こうした軽い星を、同じ領域に詰め込んでみる場合もうまく行かず、トータルの質量が減るわりにほとんど半径は小さくなりません。つまり、標準的な恒星を仮にぎちぎちにその領域に詰め込むという方法では、どうやっても説明できないことがわかっています。もちろん、そんなことを考える前に、すでに自明なことですが、それだけの恒星が0.3天文単位以内にぎちぎちに詰め込まれているならば、可視光と赤外線で明るくなりすぎて、明らかに観測と矛盾します。

一風変わった解釈として、ブラックホールでも恒星でもない、理論的にのみ、その存在が予想されているグラバスターなどは、銀河中心というガスが多く物質が容易に降り積もる環境において不安定となってしまい、長時間存在できないことが知られています。つまり、いて座A*となれるコンパクト天体は、消去法によりブラックホール以外にはないと推測されるのです。しかし、本当にブラックホール自体を検出したわけではないので、受賞理由では、ブラックホールと呼ばれず、”コンパクトな天体の発見”という表現となっているのです。

2016年2月以来、重力波干渉計LIGOとVIRGOが、ブラックホールなどのコンパクト天体の連星合体からの重力波を報告し続けています。今年の10月1日発表のO3A(GWTC-2)という名前のデータリリースでは、新たに39個の重力波イベントが報告され累計で50イベントとなりました。その中には太陽質量の約85倍と約66倍のブラックホールが合体して、太陽質量の約150倍という、とても重いブラックホールになったとする事象もありました。また、2019年4月には上述したEHTが約6000万光年かなたにある銀河M87に存在する太陽質量の約70億倍の質量の巨大ブラックホールの影の存在を、初めて画像として直接撮影することに成功しました。銀河の中心に鎮座する巨大ブラックホールの候補天体が本当にブラックホールであることを示したことになります。加えて、今年4月、とうとうS2での一般相対性理論の効果の検証が報告されました。Keck望遠鏡を用いたGRAVITY共同研究チームが、S2の近星点移動が一般相対性理論と無矛盾であるという結果を報告しました。つまり、ニュートンの万有引力の法則だけでは、S2の観測結果を説明できないとする初めての結果です。日本のグループもすばる望遠鏡を用いた将来計画が提案されていて、その追検証とさらなる精密な検証が待たれます。最近の理論研究において、宇宙初期のインフレーションがつくる密度ゆらぎがつぶれることで形成される”原始ブラックホール”がダークマターの正体かその一部を担っているかもしれないとする学説が、盛んに議論されるようになりました。将来のブラックホールの研究からますます目が離せませんね。

この原稿の作成にあたり、KEK理論センター博士研究員の伊形尚久さんにたくさんの貴重なご意見をいただきました。彼の協力に感謝いたします。


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