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空気のような検出器 2005.2.3 |
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〜 エアロジェルで粒子を識別 〜 |
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エアロジェルという物質をご存知でしょうか。ちょっと見るとみつ豆に入れる寒天のような外観(図1)ですが、手に持ってみると、まるで重さを感じない、つかみどころがないような不思議な物質です。それもそのはず、エアロジェルは体積の90%以上が空気という世界で最も軽い固体なのです。 B中間子の様々な崩壊様式を調べているBelle実験では、この不思議な物質が粒子識別の検出器としてたいへん重要な役割を果たしています。世界で初めて大規模な実用化に成功したエアロジェルチェレンコフ検出器についてご紹介しましょう。 エアロジェルとは エアロジェルの主成分は、お菓子の袋などに乾燥剤として含まれている二酸化ケイ素ですが、特別な手法で製造時にその大きさを保ったまま乾燥させることで作ることができます。 エアロジェルは、優れた断熱性と、特異な音響特性をもっています。下からバーナーで加熱してもエアロジェルの上にのせた花は燃えず、形を保ったままです(図2)。この写真からも、いかにエアロジェルが、高い断熱性を保持し、固体として特殊な特徴をもっているかわかって頂けると思います。 エアロジェルはまた、光の屈折率が通常1.01〜1.06と気体と液体の間の値を持っています。これが高エネルギー実験の装置として注目されるきっかけとなりました。 粒子の識別に有利なエアロジェル 電気を帯びた高エネルギーの粒子が屈折率の異なる物質に飛び込むと、チェレンコフ光という特殊な光を出します。例えばスーパーカミオカンデなどでは、巨大な水タンクの中でニュートリノが水と反応して電子などを生成した時に出されるチェレンコフ光をタンクの壁面にびっしりと並べられた光電子像倍管で検出します。 チェレンコフ光が発生するための条件は、粒子が通過する物質の屈折率と、その粒子の速度に大きく関係しています。粒子の速度が遅いと発生しません。 Belle実験のような高エネルギー実験の検出器ではいろいろな種類の検出器を組み合わせて、飛び込んでくる粒子の種類を識別します。例えば粒子の飛行経路の途中に磁場をもうけて、その中での粒子の曲がり具合を測定すると、その粒子の運動量を求めることができます。 さらにチェレンコフ光が発生するかどうかの条件を加えてやることで、飛び込んできた粒子の速度からその粒子が重いか軽いかを区別できます。ある粒子Aはこの条件を満たし、ある粒子Bでは条件を満足しない、となるような屈折率を選べば、この二つの粒子AとBの識別は、チェレンコフ光を発生したかどうかを検出することで可能になります。このような検出器を「しきい値型チェレンコフ検出器」といいます。 Belle実験の場合、識別したい粒子の運動量は数GeV/c程度ですので、屈折率としては1.02〜1.05程度の物質が必要になります。ところが、この屈折率は気体と液体の中間にあたり、圧縮気体でもこれらの屈折率を作ることは困難です。そこで、注目を浴びたのがエアロジェルです。エアロジェルは、上記した多孔質構造から屈折率1.05近辺の値を持つため、エアロジェルを輻射体としてもちいたチェレンコフ検出器が開発され、1970年代後半から本格的な研究・開発が行われてきました。 Belle実験のエアロジェルチェレンコフ検出器 Belle実験に於いて、1GeV/cから3.5GeV/cの運動量領域でK中間子とパイ中間子を識別することは、CP非保存などの物理結果を得るためには非常に重要な測定です。このKとパイの粒子同定を目的として、前章で記したエアロジェルをもちいたチェレンコフ検出器の開発を行いました。屈折率としては1.01から1.03程度のエアロジェルが必要でした。ところが、屈折率が1.02以下の製品で透明度の高いサンプルは、当時の技術では製作が不可能でした。透明度の悪いエアロジェルでは、発生するチェレンコフ光を効率良く読み出すことができないため、実用化できないという状況でした。また、それに加えて、もう一つ大きな問題がありました。実はエアロジェルを長期間使用すると、それ自身がまわりの水分を吸着してしまい、透明であった品質が悪化してしまうという問題がありました。エアロジェルは当初は本来の性能がでても、長期的には性能が悪化してしまうというのが、当時の常識でした。このために、エアロジェルを使用した検出器を開発するのは、ある意味、疑問視されていたといってもよいかもしれません。 これらの問題を解決するために、Belleの粒子識別装置を担当者は、化学の専門家である松下電工と共同で高透明度かつ1.02以下の低屈折率を持つエアロジェルの製作開発を93年から開始しました。これは、物理と化学の研究者の分野を超えた共同研究で、追求したい要求とそれを満たすためのアイデアの議論など、大変有意義な作業でした。その結果、新たな製造手法を導入することで、これを達成することができました。更に、この新しい手によって、エアロジェルを疎水化することに成功しました。これによって、エアロジェルの長期安定性が確保されました。図3は1994年に行ったテスト検出器で実施した結果です。それぞれの製作でエアロジェルの透明度を向上し、大きな電子信号を得ることができました。この結果から、エアロジェルの品質を確認した後に、1995年から実機の製作を開始しました。大きさ10cm × 10cm × 2cmのエアロジェルの塊を約7000枚製作し、それを検出器として設置しました。図4はこのときの検出器の製作の様子です。製作から10年近くたった今でも透明度悪化は全くみられず、非常に安定に運転しています。 エアロジェルを用いた検出器の進化と今後 Belleグループの研究によって、高透明度で長期安定なエアロジェルの製作ができるようになったことで、新たな可能性が生まれました。従来、エアロジェルで発生するチェレンコフ光は、内部で散乱してしまい、元来もっていた角度(チェレンコフ角)の情報を失ってしまうと考えられていました。ところが、透明度が向上したことで、エアロジェルからのチェレンコフ光を直接観測することができることがわかりました。図5にはエアロジェルから発生するチェレンコフ光を光検出器で測定した写真です。きれいな、リング(チェレンコフリング)がみえることがわかります。この結果をもとに、エアロジェルからのチェレンコフリングを直接検出することによって、更に粒子識別性能を向上しようという計画が現在進行中です。 また、エアロジェルは高エネルギー実験だけでなく、天文の分野での検出器としても使用されています。更に、宇宙でのダストをとらえる実験機器として衛星に搭載されてもいます(図6)。 今後、更に様々な分野での応用が期待されています。
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