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入射器はおお忙し 2009.6.11 |
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〜 3つのリングへの同時入射に成功 〜 |
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子供の頃、お手玉で遊んだことはありますか? 最初は2つか3つのお手玉を投げては受け止め、また投げて、という一連の動作がぎくしゃくしてしまいます。ところが、慣れてくると、お手玉の数を増やしたり、他の動作をしながらでも長く続けることができるようになったりします。うまい人になると、ビンのような形をした棒やナイフなどで目の覚めるような大道芸を披露してくれたりしますね。 KEKには入射器と呼ばれる全長600メートルの線形の加速器があります(図1)。この加速器は、電子を静止した状態から光速の 99.9999998%まで加速して、KEKB加速器と2種類の放射光実験施設に供給したり、陽電子を作り出して供給する役割を持っています(図2)。 これまでは一度に一つの加速器へ電子や陽電子を供給して、次に機器を調整して次の加速器へ供給する、という形で運転されてきましたが、お手玉を次から次へと投げ続けるように、エネルギーの異なる電子や陽電子を次々と目的の加速器へと供給することで、運転効率を格段に高めることに成功しました(図3、4)。 運転切り替えにかかる時間 KEKでは、昨年のノーベル物理学賞で一躍脚光を浴びた、CP対称性の破れを実証したBファクトリー実験で有名なKEKB加速器が稼働しています。また、放射光実験のための専用の電子加速器であるPFリングとPF-ARリングを運転しています。 これらは貯蔵型リングと呼ばれる円形の加速器です。貯蔵型リングに電子または陽電子を入射するには、入射器と呼ばれる別の加速器を用いて、あるエネルギーまで電子のビームを加速します。入射器には線形の加速器が使われますが、KEKにある入射器は、世界第2位の加速エネルギーを誇る大型の電子陽電子線形加速器です。 この入射器は、HERとLERという2つのリングからなるKEKB加速器と、PFリングおよびPF-ARリングという、4つのリングに電子を入射しなければなりません。4つのリングのそれぞれに入射する電子ビームのエネルギーや強度は同じではありません。このことから、入射器はいろいろな運転モードで稼働することが要請されます。 それならこの入射器をいくつか作ればよいと思われるかも知れませんが、線形加速器はとても高価なものですから何台も作るわけにはいきません。従来の方式では、ある時はKEKBのHERリング、またある時はKEKBのLERリング、そしてPFリング、PF-ARリングと時間的に入射器の運転モードを最短で15分ごとに切り替えて運転してきましたが、その切り替えには2分もかかりその間はビームが入射できない無効な時間になっていました。 運転モードの切り替えをなくせ KEKBリングでは蓄積電流をできる限り一定にして衝突性能をあげるために実験中も常にビームを追加入射しながら運転してきました。(「連続入射」とよんでいます)。いちいち入射器の運転モードを切り替えていては、衝突実験の性能が下がってしまいます。また、PFリングやPF-ARリングに入射している間はさらに性能が下がってしまいます。一方PFリングにとっても放射光実験の性能を上げるためにはKEKBへの入射の合間をぬってではなく連続して入射できること(トップアップ運転)が望まれていました。 この問題を解決するために切り替えに必要な時間を極限まで短くする努力を行いました。通常入射器は最大1秒間に50回ビームをリングに打ち込むことができ、その時間間隔は最短で0.02秒です。この0.02秒という短い時間に電子を加速するか陽電子を加速するか、またどこのリングに入射するかを選択し、要求されたリングに入射するよう振り分けることで、どのリングから見てもビームを中断なく並行して入射できる「同時入射」を実現しました(図5)。 しかし、そうひとことで言ってもそれは簡単な仕事ではありません。まず、それぞれのリングが要求するビームのエネルギーが異なります。それを同じ線形加速器で加速しなければなりません。また、電子と陽電子の切り替えもしなければいけません。これまでは運転に必要となる電磁石に流す電流の値を変えることで、切り替えを実現していました。この設定を変えなくても同時入射が実現できる工夫を探したのです。 0.02秒の早わざ ここで陽電子がどのようにつくられるかを簡単に紹介しましょう。陽電子は自然界には存在しませんから、数十億電子ボルト(数GeV)に加速された電子ビームを原子番号の大きい物質にぶつけて人工的に作り出します。この物質は「標的」と呼ばれます。そして発生した陽電子は電磁場を使って巧みに集め、さらに加速して陽電子ビームとします。いかに能率よく陽電子をつくりビームとして加速するかは現代の加速器科学のなかでも主要な研究課題のひとつです。 さて、こうして陽電子ビームのために標的が必要なわけですが、電子を加速する際には必要ないものです。これまで、陽電子ビームを発生させる場合には標的をビームラインに挿入し、電子ビームの場合には抜くという操作を繰り返していました。しかしながらこれを0.02秒で動かすことは不可能です。そこで、標的から少しはずれた場所に小さな孔をあけビームラインに挿入固定し、電子を加速する場合にはビームの軌道を横方向にずらして、この孔を通り抜けるようにしました(図6)。陽電子のときにはビームはそのまま標的に当たり陽電子を発生します。このために、0.02秒の間にビームの軌道を数ミリメートルだけ変えることができる、磁場の立ち上がりが速い軌道補正用電磁石を新たに製作しました。標的の出し入れを0.02秒間隔で行うことは無理ですが、ビームの軌道を数ミリメートルだけ0.02秒の間に変えることは技術的に可能なわけです。 やっかいだった磁場の制御 次にエネルギーの違いの問題も解決しなければなりません。4つのリングへの入射エネルギーはそれぞれに異なります。例えばPFリングのエネルギーは KEKBリングに比べて比較的に低いので、加速しておいたビームを線形加速器の途中から逆に減速することにしました(図7)。そして、ビームを加速するマイクロ波の位相や時間タイミングを0.02秒のうちに変更することで加速エネルギーを素早く切り替えるようにしました。 しかし問題は電磁石の磁場でした。線形加速器というと単に加速するだけと思われがちですが、多くの四極電磁石や軌道補正電磁石が配置されています。通常は通すビームのエネルギーに応じてそれらの磁場の強さを変更していました。しかしもともと線形加速器に設置されている大部分の電磁石では、磁場を 0.02秒間隔で変化させることはできないので、電磁石の設定は一定である必要があります。同じ磁場の強さでもエネルギーの異なる粒子に対する効果は同じではありません。そこで線形加速器の電磁石はいずれのエネルギーについても結果的にうまくビームを誘導できるような強さに調節しなければなりません。シミュレーションによるビーム光学計算と実際のビームを用いた試験による試行錯誤を繰り返すことでようやく運転に使用できるような値を決めることができました。 千手観音のように さらに、線形加速器の各種パラメータを、ビームの種類に応じて切り替える、インテリジェントなシステムが必要です。このシステムはイベントシステムと呼ばれますが、これが扱う時間の精度は上に説明した0.02秒よりずっと短く10ピコ秒ほどです。イベントシステムは600mの長さの入射器に沿って置かれたたくさんの装置を同時に制御して各リングの求めるビームを送り出します。 こうした様々な困難を克服し、2009年4月、KEKBのLER、HERそしてPFリングへの同時入射に成功しました。PF-ARについては新しくビームラインを建設する必要があり、まだ実現していませんが、基本的な手法が確立されたことになります。もちろん0.02秒ごとにビームが入れ替わっているので、正確に言うと「同時」ではありません。しかし、加速器の運転制御をしている人間からすると、複数のリングのビーム電流があたかも「同時に」増えていくのをみることができるのです。かつてアメリカの研究所SLACで類似するシステムが稼働したことがありますが、エネルギーが全く違うビームを同時に手玉にとるように加速、振り分けする手法は世界初めてのものです。この技術は、高いクォリティーのビームを常に必要とする現代の加速器において大きな貢献となっています。
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