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カニの横歩き 2005.12.1 |
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〜 KEKBに設置されるクラブ空洞 〜 |
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カニは歩く時にまっすぐ前に進まず、横に歩きますよね。加速器の中でビームとビームをぶつける時に、このカニの横歩きのような状態を作り出せれば性能をもっとあげることができるのではないかと考え出された装置が「クラブ空洞」と呼ばれるものです。KEKB加速器の性能を飛躍的に高めるために来年春に導入される予定のクラブ空洞についてご説明しましょう。 ビームを斜めにぶつける 先週ご説明したように、衝突型加速器では電子などの粒子のエネルギーが効率よく素粒子の反応に用いられます。KEKB加速器では電子と陽電子が一周3kmのトンネルの中でそれぞれ専用の真空パイプの中を猛スピードで逆向きに走り、Belle測定器の中心の一点で衝突します。この時、電子の軌道と陽電子の軌道は1.3度の角度で斜めに交差します(図1)。 電子と陽電子のビームはそれぞれ高さ2.1μm、横幅110μm、長さ7mmと、横幅に対して長さが約65倍もあるような細長い形の塊(バンチ)になっています。このバンチをそれぞれの軌道に沿ってぶつけると、図2の上の絵にあるように、一度に少しの電子と陽電子しかぶつかりません。 ビームの形をカニの横歩きのように斜めにしてやれば、図2の下のように、衝突のチャンスが広がります。しかし斜めにするといっても加速器の中でのビームは髪の毛ほどの厚さしかなく、ほとんど光に近い猛烈な速度で回っています。どうすれば電子の塊にカニの横歩きをさせることができるでしょうか。これを可能にするのがクラブ空洞です。クラブとは英語でカニを意味します。 クラブ空洞とは ビームを斜めにぶつける時にバンチを横歩きさせるアイデアは、1988年にスタンフォード線形加速器センターのロバート・パーマー博士によって提唱されました。パーマー博士は線形加速器を用いた衝突型加速器(リニアコライダー)を想定してこのアイディアを出しましたが、KEKの生出勝宣(おいでかつのぶ)博士と横谷馨(よこやかおる)博士は翌1989年にこの横歩きのアイデアが円形の加速器にも応用できることを示しました。 問題はいかにバンチに横歩きをさせるかです。加速器の研究者達は、ビーム加速で経験を積んだ空洞を使う、それも空洞内の磁場を使うことに思い立ちました。高校の物理の授業で「フレミングの左手の法則」を習った方はご記憶かもしれませんね。磁場の中で電流が流れると、電線は力を受けます。電気モーターなどはこの原理で電気エネルギーを回転の運動エネルギーに変えています。 真空のパイプの中を走る電子や陽電子のバンチも電流です。電子や陽電子が通過する時に磁場があると、電流の方向、つまりビームの進行方向と直角な方向に力を受けます。 図3を見てください。空洞の右から電子のバンチが入ってきた時に紙面の手前から奥に向かって垂直な方向に磁場があると、バンチの前の部分にいる電子は下向きの力を受けます。バンチの通過にあわせてすばやく磁場の向きを逆転させてやると、バンチの後ろ側では上向きの力を与えることができます。このようして、ビーム軸にそって運動していた電子のバンチをカニのように横歩きをさせることができます。 一般に空洞とは電場を使って電子や陽電子を加速するものですが、クラブ空洞は、バンチを横歩きさせるための空洞です。 高調波への挑戦 〜妙なる調べ〜 お風呂に水を溜めて、中の水を勢いよく右へ左へと動かすことを考えてみてください。うまく水をかきまぜると、中の水がタップンタップンと大きく右に左に揺れ動きます。水の波の長さがお風呂の横幅とちょうどうまくあって、共鳴という状態をつくりだしているのです。 加速空洞では金属の空洞に電波を注入して、電波が空洞の中で共鳴する状態を作り出しますが、その共鳴の仕方にもいろいろあり、それらを分類するのにモードという言葉を使います。通常の加速空洞では、お風呂がタップンタップンとゆれるような、比較的単純な電場と磁場のパターンとなる共鳴が使われてしています。この共鳴は「TM010」(図4)モードと呼ばれていますが、これは電子や陽電子を電場を使って加速するのに適したモードで、カニの横歩きをさせることはできません。 カニの横歩きを実現させる共鳴モードは「TM110」と呼ばれています(図5)。同じ大きさのお風呂でも、波の起こし方を工夫してやれば、もっと短い波長の波でもお風呂と共鳴するようになります。ギターを弾く人はご存知と思いますが、ギターの弦の長さの半分や3分の1の場所を左手で軽く触れておいて、右手で弦を弾くと、弦の長さの音よりももっと波長の短い音(つまり高い音)を出すことができます。これを高調波(ハーモニクス)と言います。 ところで、加速器に設置された空洞は、外からの電波だけでなくその中を走るビームからもエネルギーを受け取り共鳴を起こします。ビームとの相性のよい(今は望んでいない)TM010モードの共鳴も容易に励起されてしまい、ビームに悪い影響を与えることになります。どうすれば「TM010」の共鳴を起こさせないで「TM110」の共鳴だけに効率的にエネルギーを注入することができるのか。1990年代初期、米国のコーネル大学に滞在し研究を続けていたKEKの赤井和憲(あかいかずのり)博士は、この問題について巧みな方法を考案し、実際に超伝導加速空洞の縮尺モデルを製作し、その性能を確認しました。この研究が現在進行中のKEKBへのクラブ空洞設置への基礎になっています。 KEKB加速器にクラブ空洞を 1999年の運転開始以来KEKBは着実に性能(ルミノシティ)を向上させて来ましたが、今世紀になりさらに高いルミノシティが望まれていました。そんな要請の中、KEKの大見和史(おおみかずひと)博士は計算機を使ったシミュレーションで、ビームを横歩きさせて実質的に正面衝突させると飛躍的にルミノシティが上がることを示しました(図6)。 この理論的な結果を受け、KEKB用のクラブ空洞の本格的な開発が2004年から始まり、来年春にはKEKBのトンネル内に設置される予定です。開発されたクラブ空洞は極低温で超伝導状態になるニオブという金属で作られ、用いるモードの共鳴周波数の関係上普通の加速空洞に比べて大型になっています。また、ビーム軸の周りに非対称という変わった形をしており(図7)、普通に作ると単純な円形断面に比較して機械的に強度が落ちてしまいます。そこで冷却用の液体ヘリウムの圧力でつぶれてしまわないように、機械的な強度を強く保つ工夫がされています。これを特別に設計した空洞内面研削装置で滑らかにした後にバレル研磨、電界研磨、高圧水洗浄などによって空洞の内面を2〜3ミクロンの精度で鏡面加工します。 来年にはこのクラブ空洞が入ったKEKB加速器の運転が行われます。運転技術はより難しくなりますが、その努力が実ればさらに強力になったKEKB加速器を使ったBelle測定器の実験が展開されます。ご期待ください。
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