素粒子反応と保存則
古代ギリシアの「原子論」では、原子は不滅と考えられていたが、現在では、原子はもとより、素粒子も、消滅したり、新しく生成されたり、崩壊したりして、変化しうる存在であることがわかっている。これらの現象は、前後の素粒子の組み合わせに変化がないもの(弾性散乱とよばれる)や、崩壊現象(「寿命」の項参照)をふくめ、広い意味での「素粒子反応」と呼ぶことができる。しかしながら、この「素粒子反応」は、無法則に、野放図に起こるわけではない。素粒子の組み合わせが変化しても、反応の前後で変化しない「量」がある。こういう場合、反応において、この「量」が保存しているといい、これが法則として広く認められるときは、「この『量』の保存則が成り立っている」といわれるわけである。保存則は、そのもとになっている対称性のおかげで成立することがわかっている。よって、保存則は、そのもとになっている対称性の名で引用されることも多い。


エネルギーと運動量の保存
素粒子反応においては、反応の前後で、エネルギーの和および運動量の和(3次元ベクトル)は保存する。エネルギーは、運動エネルギーと質量のエネルギーの和で表せる。ここで、質量のエネルギーは、質量に光速の2乗をかけたものである。エネルギー保存、運動量保存は、それぞれ、物理法則の時間、空間における並進対称性に対応している。平たく言うと時間と空間が一様であると言う至極当然な仮定から出て来るものであり,この仮定が正しい限り厳密に成り立つ保存則である。


角運動量の保存
複数の素粒子からなるシステムの角運動量は、個々の素粒子の固有角運動量(スピン)と素粒子間の軌道角運動量のベクトル和である。しかし、量子力学では、角運動量の値は、1/2(プランク定数を 2πで割ったものを単位として)の倍数しか許されないとか、2方向の成分が同時に確定できないとかの制限があり、その計算には量子力学的な算術を必要とする。角運動量保存則は、空間の回転対称性と結びついている。つまり空間は勝手にとった1点から見たどの方向も同じ性質を持つ(等方性)という一見当然な仮定からこの保存則は導かれる。従ってこの仮定が成り立つ限り厳密に守られる保存則であり,崩壊を含めて起こりうる素粒子の反応に制限を与えている。


電荷の保存
素粒子が帯びている電気量(電荷)の和は、反応の前後で変化しない。よって、電荷を持っているもっとも軽い素粒子(電子と陽電子)は、壊れることができないことになる。電子と陽電子が出会うと双方が消滅して複数の光子になるが、電子や陽電子が、単独で無くなってしまうことはない。


レプトン数、バリオン数の保存
レプトンには3種類の荷電レプトン(電子,ミュー粒子,タウ粒子)とその反粒子,それに対応する3種類の荷電の無いニュートリノ(電子ニュートリノ,ミューニュートリノ,タウニュートリノ)とその反粒子が存在することが知られている。素粒子反応の前後でレプトンの総数から反レプトンの総数を引いた数は変化しないことが知られている。そこでレプトンには1を,反レプトンには-1を与えることにし,これをレプトン数と称する。すなわち反応の前後でレプトン数の和は保存する。実際にはレプトン数の保存はレプトンの各々の種類(ファミリー)毎に成り立っており,これを破る現象は見つかっていない。例えば,ミュー粒子がガンマ線と電子に崩壊するとか,ミューニュートリノが電子ニュートリノに変わるなどである(後者は,ニュートリノ振動とよばれ,最近,精力的に実験されている。ニュートリノ振動が存在するかもしれないという兆候が報告されているが,ちゃんとした確認はなされていない)。標準模型ではレプトン数の保存は説明できず,この保存則の成り立つメカニズムは未解明のままである。多くの探索実験が行なわれており,また計画もされている。

すべてのバリオン(重粒子)は、バリオン数+1を持っている。反バリオンは、−1をもっている。このバリオン数も、保存している。バリオンは、クォーク3個でできているので、バリオン数の保存は、「クォーク数」(クォークが1、反クォークが −1)の保存と言い換えても良い。クォークの種類(香り、フレーバー)は、弱い相互作用(弱い力)で変化しうるので、個々のフレーバーのクォーク数(ストレンジネスやチャーム量子数)は、必ずしも保存しない。

もし、ニュートリノがマヨラナ粒子(粒子と反粒子が区別できない粒子)であったならば、レプトン数は保存しない。また、大統一理論が正しいなどの理由で、陽子の崩壊が起こるならば、バリオン数、レプトン数とも保存しないことになる。実験では、いまのところ、そのような証拠は確認されていない。


ストレンジネス、チャーム量子数、ボトム量子数の保存
これらは、ハドロン中に含まれるストレンジクォーク、チャームクォーク、または、ボトムクォーク、及びこれらの反クォーク、の数によって決まっている数である。ストレンジクォークはストレンジネス −1 を、チャームクォークはチャーム量子数1を、ボトムクォークはボトム量子数 −1 を、それぞれ持っている。また、これらの反クォークは、符号が逆の対応する数を持っている(たとえば、反ストレンジクォークはストレンジネス1)。また、これらの量が反応において保存するということは、これらのクォークが反応において保存する(対生成や対消滅は許される)ということを意味する。強い相互作用(強い力)や電磁相互作用では、これらは保存するが、弱い相互作用(弱い力)では、保存しないことがわかっている。たとえば、ストレンジネスを含むK中間子は、弱い力で崩壊して、複数のパイ中間子などになる。ただし、弱い力でのクォークのフレーバーの変化は、荷電カレント(Wボソンが媒介する反応)でのみおこり、中性カレント(Zボソンが媒介する反応)では、起こっていないようである。


アイソスピンの保存
アイソスピンとは、アップクォークとダウンクォークに、大きさ1/2のベクトルを対応させたとき、スピンと同様の算術や対称性が成り立つことから提唱された量である(アイソスピンの項参照)。
強い力による反応の前後において、アイソスピンは保存する(実際には,アップクオークとダウンクオークの質量がわずかばかり違うためこの保存則は近似的に成り立つ)。これは、強い力において、アップクォークとダウンクォークが保存し、これらのクォークの対称性が反応において維持されることの結果である。これにより、たとえば、中性のロー中間子が、荷電パイ中間子対に崩壊はするが、中性パイ中間子対には崩壊しないことが説明できる。
電磁相互作用においては、アイソスピンは保存しない。これは、アップクォークとダウンクォークの電荷が違うことから明らかである。また、弱い力においても、アイソスピンは保存しない。


パリティ保存(P保存)、C保存、CP保存、T保存
素粒子あるいはいくつかの素粒子からなる系が,空間の反転(鏡に映すことと等価)に対して対称の時,波動関数の符号の変化をパリティと呼ぶ。パリティは電磁気力,強い力では保存するが,弱い力では保存しない。すなわち,弱い力は,現実の世界と鏡に映った世界で働き方が違うことになる。パリティは,素粒子自身のパリティと素粒子間の角運動量の両方に起因する。
素粒子あるいはいくつかの素粒子からなる系において、粒子と反粒子を互いに逆にしても(C変換)同様の状態になり、その波動関数の符号の変化の有無が、反応の前後で変わらないとき、C保存がなりたっているという。
CPの反転とは上の2つの変換を両方とも行うことである。この世のほとんど全てのものはCPの反転に対して対称になっているのであるが,ただひとつ,中性K中間子では,これの破れ(CP非保存)が観測されている(CP非保存の項参照)。
もう1つのT変換は、時間の向きを逆にすることであるが、これに対応してT保存というものを議論することができる。Tの保存の破れは、まだ確認されていないが、通常の理論では、CPT保存が成り立っていると予想しているので、CPが保存しないような反応では、Tも保存していないと推測される。


Gパリティの保存
C変換(C保存などの項参照)とアイソスピンの向きの反転を同時に行う変換をG変換と呼び、これに伴う波動関数の符号の変化をGパリティと呼ぶ。アイソスピンの保存則と同じく近似的に成り立つ法則である。Gパリティは強い相互作用による素粒子の反応を電荷を持った素粒子まで含めて説明するのに便利なため導入された。強い力では素粒子のGパリティ(複数の場合は個々のGパリティの積)は反応の前後で変化しない。例えばロー中間子のGパリティは+でパイ中間子のGパリティは−である。ロー中間子は2個のパイ中間子には崩壊するが3個のパイ中間子には崩壊できない。一方,ロー中間子とほとんど同じ質量のオメガ中間子のGパリティは−なので強い力でほとんどが3個のパイ中間子に崩壊する。逆に,イータ中間子のGパリティは+なので偶数個のパイ中間子に崩壊できるはずだがそのような崩壊は見つからず(これはパリティ保存のためであるが)3個のパイ中間子に崩壊し寿命も長い。これはイータ中間子が強い力で壊れるのでなくそれよりも弱い電磁気力で壊れるためである。Gパリティは、強い力でしか保存しない。ストレンジネスもチャーム量子数もボトム量子数も持たない中間子は、Gパリティを持っている。


同種粒子交換対称性
複数の粒子からなる系において、同じ種類の粒子が2個以上あり、それらのうちの2個を互いに交換した場合の波動関数の符号の変化の有無には制限がついている。スピンが半整数の粒子(フェルミオン)は、符号が変化しないということは許されない。つまり、同種の複数のフェルミオンは、全く同じ状態にはいることはできない。これが、「パウリの排他則」である。これに対して、スピンが整数の粒子(ボゾン)は、逆に、ちょうど符号が逆になるということは許されない。


保存則の破れ
ここで述べられている種々の保存則は、完全に成り立っているとは限らない。ある特定の相互作用でのみ成り立っているものもあるので、その反応において複数の相互作用が混じっているときは、近似的にしか成り立っていない場合もある。未知の性質の相互作用が少し混じっている場合には、いままで成り立っていると思っていた保存則が、少しだけ破れているのを実験で発見できる可能性もある。「保存則の破れ」の探索は、素粒子実験において常に魅力のあるテーマとなっている。




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