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「観る」ということ

物構研ハイライト
2014年6月 9日

不透明な容器に何かが入っている。フタを開けることなく、中身を当ててもらいたい。
容器は直径8センチ、高さ15センチ足らずのプラスチック製、茶筒のような円筒形をしている。手に持って振ると、カラカラと音がする。――― 硬い、軽いものらしい。動きからすると、小さいもの、3センチくらいだろうか。そのうちある一人が磁石を持ってきて調べ始める。

これは高校生向けに行われたイベントでの一幕。目では見えないものを調べる時、音や磁力など、色んなものを使って反応から中身を推測する。手法や対象は違えども、研究の現場でもやっていることは基本的に同じだ。可視光で観測できなければ、X線で、中性子で...と様々なビームを当てて、多角的に情報を得る。そうして初めて物質の姿が明らかになっていく。

図1 磁石上に浮く超伝導体(YBCO)
磁場を退ける「マイスナー効果」と、超伝導内部に磁束が入り込む「ピン止め効果」により超伝導体が宙に浮く。

今回調べられたのは、鉄とヒ素から成る「鉄系超伝導物質」。2008年に東京工業大学の細野 秀雄 教授らによって発見されたもので、鉄を含むにも関わらず超伝導状態を示すことが、物質科学に大きなインパクトを与えた。超伝導は、物質の温度を下げていくと、ある温度で突如電気抵抗がゼロになり、外からの磁場を完全に退ける現象のこと。超伝導というと、白煙をたなびかせながら浮上している画を思い浮かべる人も多いだろう(図1)。この現象は超伝導物質が磁場を自らの外に退け、磁石同士が反発するかのような力が働き浮上するもの。超伝導状態は強い磁場によって壊されるため、超伝導物質の材料には鉄やニッケルなど磁性を持つ元素を使用しないのが、暗黙の常識だった。ところが、発見された鉄系超伝導物質は、タブーである鉄を含むだけでなく、その転移温度も55ケルビン(-218度)と超伝導物質群の中では比較的高い温度で超伝導状態になることが衝撃的で、新しい原理による超伝導ではないかと研究が進められている。

電子が多いほど良い?

電気抵抗ゼロで電子が動く「超伝導」の担い手は、もちろん電子だ。そのためには物質中の電子がどのような状態で、どのくらい存在するかが重要になる。材料開発では、電子の濃度を変えながら性質を調べていく。鉄系超伝導体は、鉄とヒ素がシート状になった骨格で構成されている(図2)。超伝導体とは言うものの、この骨格の部分だけでは、超伝導と相性の悪い磁性を示してしまう。間に挟まれる層の酸素をフッ素に置き換えると、この層で電子が余り、その電子が鉄とヒ素のシートに供給されて、磁性が消失すると同時に超伝導が現れる。細野教授らのグループは、電子濃度をより高くするため、酸素を水素に置き換えた。すると電子濃度が高くなってくると超伝導を示す温度に変化が現れ始め、一度10ケルビン(-263度)まで下がり、その後再び上昇し、電子濃度0.3付近では39ケルビン(-234度)まで上昇する(図3上)ことが分かった。超伝導を示すエリアは、フタコブラクダのようになり、その温度も2こぶ目の方が高い。電子濃度をもっと高くすれば、3こぶ目が現れるかもしれない...と思ったかどうかは定かでないが、さらに濃度を上げ調べていく。

図2 LaFeAs(O1-xFx)の結晶構造の模式図
青:ランタン(La)、赤:酸素(O)、茶:鉄(Fe)、黄:ヒ素(As)を表す。酸素をフッ素(F)に置き換えることで、電子が余剰になり、鉄とヒ素の層に供給される。
図3 LaFeAs(O1-xHx)の電子状態相図
上は2012年に発見された超伝導相(ピンク色部分)。下が今回発見された磁気秩序相(右側の青色部分)を含む相図。●がミュオンと中性子により同定された磁気転移温度。■が放射光により同定された構造変化の温度。

さて、どんな性質が現れるか?

ここから研究者にとって、不透明な箱の中身を探る作業が始まる。超伝導が出るのか、あるいは...という性質を調べるにはミュオンが有効だ。ミュオンは素粒子の一種で、加速器で作られるミュオンはスピンの方向が全て揃っているために、原子サイズの方位磁針のように利用できる。物質中にミュオンを注入すると、ミュオンが物質の磁場に反応して動くため磁場分布を細かに調べることができる。もし超伝導を示すならば、外から磁場をかけたとしても、ある大きさ以下の磁場では完全に磁場を退ける完全反磁性となる。つまり外部からかけた磁場と同じ大きさの反磁場が超伝導体内部に生じて、超伝導体内部の磁場は完全にゼロになる。もし物質中に何も磁性が生じていなければ、ミュオンスピンはそのまま保持され、磁性があればそれに反応して向きが変わる。これを利用して高濃度側の状態を調べると、電子濃度が0.4を超えたあたりで超伝導状態が消滅、代わりに磁性を示す状態が現れることが分かった。図にすると、ちょうど左右対称のような分布で磁性状態と超伝導状態が現れていた(図3下)。

マルチプローブで「観る」

では磁性の原因はどこからきているのか?これを調べるために登場するのは中性子。中性子も一粒ずつがスピンを持っているため、物質中の磁場を調べることができる。ただしミュオンが結晶の格子間に入り込んで、ミュオン周辺にある原子からの局所的な磁場の情報を得るのとは対照的に、中性子は物質を構成する全ての原子と相互作用し結晶全体にわたる巨視的な散乱情報を観る。これによって、磁性の原因がやはり鉄原子にあり、その磁気モーメントが一列ごとに交互に並んでいることが分かった(図4左)。またこの時の結晶構造をX線で調べると、歪みが生じていることも明らかになった(図4右)。これらの変化は、低濃度側で見られる磁性状態とも異なっており、今後詳細な研究が進めば、鉄系超伝導発現のしくみの解明が期待される。

図4左 中性子で同定された磁気構造
矢印はFe2As2層で鉄イオンが持つ磁気モーメントの向きを示したもの。
図4右 放射光X線で同定された構造変化
構造変化に伴う鉄の原子位置の変化の向きと大きさを模式的に示したもの。

この実験を中心的に行ってきたのは、平石 雅俊 KEK物構研博士研究員。2008年に鉄系超伝導体が発見されてすぐにこのテーマに着手した。そして2009年には超伝導電流の流れを調べ、鉄系超伝導は銅酸化物とは異なるしくみで超伝導が起きていると予感させていた。今回の実験には小嶋 健児 准教授、中性子から平賀 晴弘 特任准教授、放射光から山浦 淳一 特任准教授と、KEK物構研の各量子ビームのエキスパートが加わり多角的な測定を行った。鉄系超伝導のしくみそのものはまだ分からない。不透明な箱の中身を探る作業はまだ続いている。

関連サイト

物質構造科学研究所(IMSS)
高エネルギー加速器研究機構 構造物性研究センター(CMRC)
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所(IMSS)ミュオン科学研究系
J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)
東京工業大学 応用セラミックス研究所
東京工業大学 フロンティア研究機構
東京工業大学 元素戦略研究センター

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