ILC 実現に弾み ~日本製の超伝導空洞ILC の要求仕様を達成~

アーカイブ

KEK STFでの超伝導加速器開発グループのメンバー

昨年11月25日、国際リニアコライダー(ILC)実現にむけた最重要課題のひとつである「高性能な空洞の量産」に向けて弾みがつく、うれしい記録が達成された。

高エネルギー加速器研究機構(KEK)の超伝導RF試験施設(STF)で行われた、ILC用の超伝導加速空洞の縦型クライオスタットでの性能試験(縦測定)で、ILCで要求されている要求仕様を満たす記録が国内で初めて達成されたのである。記録を達成した加速空洞は「MHI-013」。日本の企業が製造した9セル加速空洞の13号機だ。「この空洞は、ILCで要求されている仕様である加速電界31.5MV/m、Q値>1×1010および加速電界35MV/m、Q値>0.8×1010を国内で初めてクリアしたことが確認されました。最大の加速電界は36.2MV/mを記録しました」と語るのは、KEKの若手加速器研究者である渡邉謙氏である。

渡邉氏の言う数字は門外漢にはまるで暗号のようだが、この「加速電界とQ値」は高性能の加速空洞開発におけるカギとなる重要な2つのパラメータなのだ。

加速電界とは、一定の長さで得ることができる加速エネルギーのこと。「MV/m」は、「1メートル当たり1メガ(100万)電子ボルトの加速エネルギー」を表す。この数字は加速器全体の長さと大きく関係する。例えば、加速電界10MV/mの空洞Aと5MV/mの空洞Bがあるとする。Aが1メートル加速すると、加速されたビームは10メガ電子ボルトのエネルギーを持つことになる。Aの半分の加速電界であるBは、決して10メガ電子ボルトのエネルギーに達することが出来ないわけではなく、2メートル加速すればAと同じエネルギーになる、というわけだ。加速器の長さが短くなることは、コストの低減も意味するため、とても重要な要因となる。

実際に、約10年前に最高性能を誇ったのが欧州合同原子核研究機関(CERN)の電子・陽電子衝突型加速器「LEP(LargeElectronPositronCollider)」。現在稼働中の大型ハドロンコライダーの前身で、周長27キロメートルの大型円形加速器だった。LEPの空洞の加速電界は6MV/mであった。ILCの加速空洞のスペックは、その5倍以上の31.5MV/mだ。

一方のQ値。耳慣れないこの言葉は、英語では「Qualityfactor」で、Qはその頭文字。一定の加速電界を実現するためにどれだけの電力を使ったか、を表す指標である。いわば空洞の燃費のようなものといえよう。「表面欠陥や電界放出※1電子などがない空洞内が非常に清浄な状態であると31.5MV/mの加速電界を発生させるのに、計算上約100Wの電力が必要となります。この場合のQ値が大体1×1010です」(渡邉氏)。このQ値が大きいほど、高性能の加速空洞だということになる。「例えば、空洞内部の洗浄が不十分で化学的残留物があったり、埃などの汚染物質の混入があった場合、同じ加速電界を発生させるためにより多くの電力が必要となります。その場合、加速空洞に要求される仕様を満たすことは出来ません」(渡邉氏)。いくら電界が上がっても、投入しなければならない電力量が大きい場合は、ILC空洞を名乗ることができないというわけだ。

空洞の内部は電解研磨等、一連の表面処理が施され、鏡のようにピカピカに磨き上げられる。加速空洞の性能試験は、これらの表面処理方法が効果的か確認する意味もある。「実用化にあたっては、1回の試験で性能を出す必要があります。今回の試験には、表面処理方法の再現性を評価するということも含まれていますので、1回目の試験で性能が出ても出なくとも、2回の試験を行います」。

MHI-013と同時期に試験を行った加速空洞「MHI-012」は、1回目の縦測定で、加速電界38MV/mという好記録を出した。しかし、Q値がILCの要求にはわずかに届かなかった。12月上旬、MHI-012の2回目の表面処理・縦測定が実施され、日本製9セル空洞で初めて40MV/mの加速電界を超える性能を達成。Q値もILCの仕様をクリアした。「最終状態では40.7MV/mまで加速電界が立つことを確認しました。さらに投入電力を増やせば加速電界は上がるはずでしたが、この空洞は縦測定終了後に高輝度光子ビームプロジェクト※2のためビームラインへの組み込みが予定されており、仕様を十分に満たしたため、40.7MV/mの時点で測定を終了しています」(渡邉氏)。

ILCで使われる超伝導空洞は16000台以上。そのため、世界各国で性能を満たす空洞を製造する実力を持つ必要がある。KEKのトリスタン加速器は、超伝導空洞を使った大型加速器の基礎を作った実績を持つ。その技術が、欧州のLEP加速器やXFEL加速器、米ジェファーソン研究所のSNS加速器(核破砕中性子源)などの大型加速器に応用されて、世界的に技術力が向上してきたのだ。欧米では、これらの加速器の研究開発の成果もあり、すでにILCの仕様を満たす加速空洞が製造されている。この点では日本は欧米に一歩遅れを取っていたのだが、空洞を製造する企業と連携を強化することで、今回の純国産での性能達成にこぎつけた。3月末には、KEKに加速空洞の量産化研究開発を行う施設が完成する。これまでに培われた世界の経験を基盤にしつつ、日本は、独自の強みを活かして超伝導空洞の大量安定製造における国際的なリーダーシップを目指し、品質管理や生産性の向上、コスト評価を含めた量産技術の確立に向けた活動を開始する。

※1 強い電界により、電子が真空中に放出されること。
※2 「小型高輝度光子ビーム発生装置開発プロジェクト」とは、ILC用の超伝導空洞の技術をX線発生装置に活用し、従来よりも輝度が高い装置を開発するプロジェクト。施設の大幅な小型化を測ることができるため、今までの大型の加速器施設でのみ行うことのできた研究を、各研究所や企業、病院などで行うことが可能になる。