ノーベル賞でたどる素粒子の発見物語:強い相互作用における漸近的自由性の理論的発見

コラム

2004年のノーベル物理学賞は、「強い相互作用における漸近的自由性の理論的発見」として、米国の3名の物理学者、ディビッド・グロス博士、デビッド・ポリッツァー博士、フランク・ウィルチェック博士が受賞しました。

1990年のノーベル物理学賞の受賞対象となった1969年にスタンフォード線型加速器センター(SLAC)で行った実験は、陽子は内部構造を持たない素粒子ではなく、それよりも下の階層をなす点状の粒子から成り立っている、という結論でした。さらに奇妙なことにそれら陽子の中の点状の粒子は、あたかも陽子の中ではまるで力を受けないで互いに独立して運動しているということもわかりました。もちろん、それらは陽子の構成物であるので、強くくっつきあってもいなければならない。この陽子を構成する粒子の奇妙な性質を、「陽子の中のクォークに働く強い力(強い相互作用)は漸近的自由性を持つ」といいます。そんな奇妙な性質を実現するために働いている力とは何なのか?

このSLACの実験結果を見たファインマン博士は、陽子の中にクォークをきつく束ねる別の粒子がいるはずだと考えました。原子では中央にいるプラスの電荷を持つ原子核と外側を回るマイナスの電荷を持つ電子の間で光子が飛び交うことで電磁気力による引っ張り合う力が生じて、原子を形作っています。

同じように陽子の中のクォークも電荷とは異なる「新しい電荷」(今では色荷と呼んでいます)を持ち、それが「強い力」の源となり、光子に似た力を伝えるなにか(今ではグルーオンと呼んでいます)が存在するはずだ、とも考えました。グルーオンがクォーク間を飛び回ることで、陽子が陽子として存在している、と。ファインマン博士はこれら陽子の中のパーツをすべて合わせて、「パートン」と呼びました。しかし、光子が飛ぶ交うことで働く電磁気力は電荷を持つ粒子同士が近づけば近くほど力は強くなります。つまり「漸近的自由性」の性質は持っていません。どのような理論なら、「漸近的自由性」という性質を持つのでしょう?

どうやら「漸近的自由性」を持つ力の理論の存在を最初に確認したのは、電弱理論の繰り込み可能性を証明し、1990年にフェルトマン博士と共にノーベル賞を受賞したトフーフト博士であったようです*1。トフーフト博士の発見については御本人へのインタビュー記事を参照*2。

トフーフト博士のノーべル賞受賞となった電弱理論は、ゲージ粒子(力を伝える素粒子)がヒッグス機構によって質量を持つ場合の「非可換ゲージ理論」と呼ばれる理論でした。その後、質量を持たないゲージ粒子しか存在しない場合の「非可換ゲージ理論」について研究を開始し、この場合は力を受ける粒子が近づけば近づくほど電荷は減っていき、極限まで近づくと電荷は消えてしまい、力が働かなくなるという「漸近的自由性」をもつことに1971年頃には気がついていたようです。しかし、彼はそれが「強い力」と関係があるとは気がつかず、論文にすることもなく終わってしまったようです。

そんな時、米国のプリンストン大学ではグロス教授のグループでグロス博士自身と博士の大学院生であったウィルチェック氏とが、またハーバード大学の大学院生であったポリッツァー氏、の3名が独立に、グルーオンを通じて働く強い力が色荷による非可換ゲージ力である時は、クォーク同士が近づくにつれて,相互作用が弱くなり,漸近的自由性を持つという論文を発表しました。1973年のことでした。漸近的自由性を持つこの強い相互作用の力学理論は現在は量子色力学と呼ばれています。

こうして現在の素粒子の標準理論の二つの柱、「電弱理論」と「量子色力学」が完成しました。

*1 トフーフト博士の電弱理論の繰り込み可能性の証明によるノーベル賞受賞の解説記事はこちら:
https://www2.kek.jp/ilc/ilctsushin/2017/12/22/ryoushikouzounokaimei/

*2 トフーフト博士が漸近的自由性の計算結果を得ていたことがわかるインタビュー記事はこちら
https://www.ipmu.jp/sites/default/files/webfm/pdfs/news30/J_Interview.pdf

*3 トフーフト博士のILC応援メッセージはこちら。
http://aaa-sentan.org/ILC/ilc-people/mylinearcollider/1999%E5%B9%B4%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E7%89%A9%E7%90%86%E5%AD%A6%E8%B3%9E-gerald-t-hooft%E5%8D%9A%E5%A3%AB/

*4 グロス博士のILC応援メッセージはこちら。
http://aaa-sentan.org/ILC/ilc-people/mylinearcollider/2004%E5%B9%B4%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E7%89%A9%E7%90%86%E5%AD%A6%E8%B3%9E%E5%8F%97%E8%B3%9E%E8%80%85-david-gross%E5%8D%9A%E5%A3%AB/