標準理論を超えるためには

 

標準理論最後の立役者であるヒッグス粒子と見られる粒子が見つかったことを受け、加速器を使った高エネルギー物理学の研究は、標準理論を超える 物理の探索へと広がってゆきます。今回のハイライトでは、標準理論の何が超えられなければならないのかをとりあげます。

標準理論は、これまでに加速器によってその存在が確かめられた素粒子の性質や、「電磁気力」、「弱い力」、「強い力」の3つの力によって引き起こされる素粒子反応の法則をまとめたものです。また、それら3つの力にも、関係する素粒子が存在するとした理論で、その存在も加速器実験により確かめられています。

更に標準理論では力を伝える素粒子たちはもともとは質量がゼロであることが要求されます。しかし実際には弱い力はを担う素粒子は陽子の約80倍~90倍も重い素粒子です。この解決策として標準理論には 2008年にノーベル物理学賞を受賞された南部博士の「自発的対称性の破れ」を介して質量を得るようになったとする「仕組み」が組み込まれています。この「仕組み」が働いている証拠となるのがヒッグス粒子の存在でした。弱い力を伝える素粒子たちに質量を与える仕組みは「ヒッグス機構」と呼ばれます。弱い力の素粒子たちの質量の関係はヒッグス機構により予測することができ、その値は実験値とよく一致しています。


図1 標準理論に現れる素粒子の表。数字は10億電子ボルト(GeV)を単位として表した素粒子の質量。ニュートリノにも質量があることがわかっているが、その値はまだ決定されていない。質量がゼロであるのは、光子とグルーオンだけである。
電子などのレプトンやクォークに関しては、それそれの粒子とヒッグス場との反応の大きさ(結合)である「湯川結合」によりその質量が決まると考えています。。湯川結合の「湯川」は、1949年に日本人として最初のノーベル賞を受賞された湯川秀樹博士に由来します。図1は電子やクォークの質量をまとめたものです。世代数が大きくなるにつれて質量が大きくなる傾向が見てとれます。電荷を持っている素粒子のなかで、一番質量が小さいのは電子です。一方、現在観測できる素粒子で一番質量が大きいのはトップクォークで、トップクォークの質量は電子の約33万7千倍です。何故33万7千倍なのか?との問いに対して、標準理論はトップクォークの湯川結合が電子のそれの33万7千倍だからとの答えにとどまります。標準理論を超えるためには、まず、それぞれの素粒子の湯川結合の大きさを測定し、この考えを検証する必要があります。

そもそも、何故世代が存在するのかを標準理論は扱っていません。小林・益川理論によれば、少なくとも3世代あれば、クォークが関係する反応に関して物質と反物質の性質に差異が生じることが指摘され、実際にKEKBファクトリーのBelle(ベル)実験や、米国SLAC国立加速器研究所のPEPII(ペップ・ツー)加速器で行われたBaBar(ババール)実験により、小林・益川理論が実証されました。標準理論には、3世代版の小林・益川理論が取り込まれていますが、ほぼ同じパターン(世代)が3つ組み込まれる必然性の理由は明らかになっていません。


図2 標準理論に現れる素粒子は、全宇宙の4%しか占めていないことがわかっている。残りの96%は、標準理論に登場しない未知の物質やエネルギーで構成されている。

もうひとつの標準理論の明らかな不備は、天文観測からその存在がほぼ明らかとされているダークマターに相当する素粒子が、この理論には現れていないことです。ダークマターが素粒子として存在するならば、それには強い力や電磁気力が働きません。また、太陽系は天の川銀河の中で約秒速250km/秒の速さで回転しており、銀河の回転がほぼ一定の速さであることからダークマターも我々の近辺では同程度の速度で飛びまわっていると考えられます。この秒速250km/秒という速度は、宇宙を漂っている粒子としては比較的遅いため、高速度で漂う粒子を「ホット(熱い)粒子」と呼ぶのに対して、ダークマターは「コールド(冷たい)粒子」と呼ばれます。標準理論のなかで、強い力も電磁気力も感じない素粒子の典型はニュートリノなので、ニュートリノがダークマターの候補と考えられた時期もありました。しかし、宇宙全体のニュートリノの量の試算や、ニュートリノは「ホット粒子」に分類されるなどのため、今ではニュートリノはダークマター候補とならないことがわかっています。結局、標準理論には、ダークマターの役割を担う素粒子が現れておらず、天文観測の結果に答えるためには、標準理論の素粒子表を拡大する必要があるのです。

ダークマターが素粒子として存在するならば、十分なエネルギーがあれば加速器によって直接生成することができます。LHC実験による重い新粒子の発見という形で、素粒子表にダークマターが加わる可能性の研究が精力的になされています。ダークマターに相当する素粒子の発見は、それは即ち、標準理論を超える理論構築の第一歩となります。

関連サイト

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国際リニアコライダー(ILC)でのエネルギーフロンティア研究

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