偉大なる予言者 -3名の日本人にノーベル物理学賞

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KEKで行われた記者会見で、鈴木厚人KEK機構長(写真左)から花束を手渡される、2008年度のノーベル物理学賞を受賞したKEK名誉教授、小林誠氏。

 

スウェーデン王立科学アカデミーは10月7日、2008年のノーベル物理学賞を、米国シカゴ大学の南部陽一郎名誉教授、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の小林誠名誉教授、京都産業大学の益川敏英教授の日本人3人に授与すると発表しました。翌日には、下村脩・米国ボストン大学名誉教授のノーベル化学賞受賞も発表され、相次ぐ日本人科学者の快挙に、日本中が沸きました。日本人のノーベル賞受賞は、2002年の小柴昌俊・東京大学特別栄誉教授(物理学賞)、田中耕一・島津製作所フェロー(化学賞)以来6年ぶり。物理学賞では、小柴氏に続き計7人。「お家芸」とも呼べる日本の物理学の力がまた証明されたというわけです。

 

今回、ノーベル物理学賞を受賞した3人はみな、理論物理学者です。物理学とは、自然界の物質や現象を研究する学問。理論物理学者は、物質や現象の「ふるまい」をモデル化し、それらを、数式を用いて表現します。対して、物質や現象を実際に観測するのが、実験物理学者。理論物理学者は、さまざまな数学的手法によって、なんらかの物理事象を予言します。そして、実験物理学者の実験データと突き合わせることによって、果たして予言が当っていたのか、その妥当性が確認されます。つまり、この宇宙の仕組みを知るための「役割分担」がなされている、というわけです。そんなこともあってか、研究者の間では、お互いを「理論屋」、「実験屋」と呼び合ったりしています。しかし、このような役割分担ができてきたのは、ごく最近のこと。20世紀に入ると、物理学は驚異的に進歩しました。そのため、学ぶべき理論や数学的手法、実験技術が増えるとともに、研究分野の幅が広がり、ひとりで全てをカバーすることが難しくなったのです。特に素粒子物理学の分野では、実験に使う加速器や測定器が、巨大化、複雑化したため、この傾向が顕著になっています。

 

 

前置きが長くなりましたが、2008年のノーベル物理学賞のキーワードは、「対称性の破れ」です。南部氏は1961年、特定の物質が超低温に冷やされた時に電気抵抗がゼロになる「超伝導」をヒントに、「自発的対称性の破れ」という考え方を編み出し、それを素粒子理論に取り入れました。

 

 

 

 

宇宙の最小単位である素粒子は、物質を形作る粒子と、粒子間の力をやりとりする粒子の2種類に分類されます。光の粒子、「光子」は、電磁気力をやりとりする粒子です。光子の特徴は、質量がゼロであること。これが何を意味するか、というと、無限の遠くまで届くということです。しかし、超伝導では、これが遮られてしまう現象が起きます。科学館などで、よく実演されている超伝導の実験で、極低温に冷やされた超伝導体に磁石を近づけると、宙に浮く様を見たことがあるかもしれません。これは、超伝導になると、磁力線が超伝導物質の中に入り込めない状態になっているから。そのため、磁石を超伝導体の上に置くと、超伝導体に入り込めなかった磁力線が磁石と超伝導体の間で丸められ、その反発力と磁石にかかる重力がつり合うため磁石が浮かぶのです。この遮られている状態は、見方を変えると、光子が質量を持った、というふうに考えられるのです。質量がないと、無限遠まで届きます。反対に、質量があると途中で止まってしまいます。この、超伝導体で遮られている状態を、光子に質量を与えた、とみなして、それを真空にも当てはめたのが南部氏の画期的なアイデアなのです。最新の巨大加速器、大型ハドロンコライダー(LHC)で発見されることが期待されているのがヒッグス粒子。真空は、ヒッグスと呼ばれるもので満たされていて、超伝導体のようなふるまいをします。そこを粒子が通ると、粒子に質量が与えられる、という理論で、南部氏の考えが基礎になっています。南部氏の予言は、なぜ物質が質量(重さ)を持つのかという根源的な疑問に解答を与えるものなのです。

 

 

小林誠、益川敏英両氏の受賞理由は、1973年に発表した「小林・益川理論」です。この論文で、当時3種類しか見つかっていなかった基本粒子のクォークが、6種類以上存在することを予言。翌1974年にはチャームクォークが、1977年にはボトムクォークが見つかり、最後まで残ったトップクォークも1995年に発見されて、6つのクォークが揃いました。今回の授賞理由となっている「粒子のCP対称性の破れ」は、ひとつの物理現象とそれを「CP反転」させた現象の間に違いがあることを意味しています。「CP反転」のCは粒子と反粒子を入れ替えること(荷電共役変換:ChargeConjugation)、Pはそれを鏡に映してみること(空間反転:Parity)です。1964年に、その対称性がわずかに破れていることが実験で観測され、研究者たちに大きな驚きを与えました。これを、6つのクォークという考え方で説明したのが、小林・益川理論だったのです。

 

 

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南部陽一郎 米国シカゴ大学名誉教授

137億年前の宇宙誕生時には、粒子と反粒子は同じだけあったと考えられています。たとえばマイナスの電気を帯びた「電子」とプラスの「陽電子」は、同じだけ、また、物質とその対となる反物質も同じだけあったはずです。しかし、今では、その「対称性」は破れて、自然界に反物質は存在せず、私たちの周りには物質しかありません。物質ばかりの世界になるための条件のひとつが、この「CP対称性の破れ」。研究者がこの小さな破れにこだわる理由は、なぜ宇宙には物質と反物質が同じ数だけあるのではなく、物質だけが主に存在するのかという謎を解く鍵がそこにあるかもしれないからです。

 

 

 

 

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益川敏英 京都産業大学教授

日常の世界では反粒子が存在しないため、そもそもCP対称性を意識することはありませんが、加速器で作る高いエネルギー状態では粒子と反粒子は同じ数だけ対で作られ、一見CP対称性が成り立っているように見えます。ところがKEKのKEKB加速器で行われたBELLE測定器の実験では、大量のB中間子と反B中間子の生成崩壊を観測して、粒子と反粒子の性質にわずかな違いがあることが確認されました。BELLE測定器も、今回のノーベル賞受賞の立役者と言えるわけです。

 

小林・益川両氏は、K中間子、B中間子でおきるCP対称性の破れを説明しました。これは、宇宙の反物質の謎の解明に向けた具体的な一歩。反物質の消失は宇宙のごく初期に起きたことなので、この謎の解明には、LHCやILCなどのより高いエネルギーでの実験、J-PARCやKEKBの改良などによる、大強度ビームでの実験が必要です。