実験開始準備完了 ATFの新しいビームライン始動

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多数の収束磁石が設置されたATF2ビームライン。これらの磁石を用いて電子ビームを35ナノメートルまで絞り込みます。

 

 

高エネルギー加速器研究機構(KEK)の先端加速器試験装置(ATF)は、国際リニアコライダー計画をはじめとする、将来の加速器に必要とされる「ビーム計測技術」と「ビーム制御技術」の開発研究を行う加速器である。2009年1月、新しいビームラインATF2が運転を開始した。ここでは35ナノメートル※の極小電子ビームの実現とその安定な制御技術の開発を目指す。「昨年11月にビームラインの建設を完了し、試運転を始めました。それから放射線施設としての完成検査を受け、1/5付けでビーム利用を開始していいという許可が下りました。これから必要な診断装置の立ち上げをしながらナノメートルへのビーム調整実験が始まります。」と、語るのは、ATFの“現場監督”とも呼べるKEKの照沼信浩氏である。
※ 1ナノメートル=100万分の1ミリメートル
「ATF2ビームラインの電子ビームを小さく絞る部分(最終収束系)は直線の組み合わせなので、今回の試運転のためにビームを通すこと自体はそれほど難しいことではありません。しかし、その上流にあたるダンピングリングからビームを取り出す調整は大変でした。ダンピングリングと新しいラインの設定が密接に絡むからです。」(照沼氏)。ダンピングリングは、ビーム内の粒子の向きをきれいに揃えるための円形加速器だ。ILCのような衝突加速器では、電子ビームと陽電子ビームを正面衝突させるが、ビームの中の粒子は極めて小さい。そんな極小の粒子と粒子が衝突する頻度を高めるために、ビームのサイズを小さく絞り込んで粒子の密度を上げるのだが、そのためにはまず、ダンピングリングで粒子の向きをそろえ、「高品質」なビームにする必要があるのだ。

 

 

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照沼氏

ATFのダンピングリングでつくられる電子ビームは世界トップクラスの品質を誇る。この最高品質のビームを使って技術開発を行えるとあって、KEKに長期滞在する海外の研究者も一段と増えている。「ATFの開発環境は恵まれています。実験・研究テーマが多彩なので、国内外問わず多くの学生が来ていますし、常駐する学生も増えてきています。ATFは、若者の教育、研究する機会を与えられる魅力的な加速器だと思います。」ATFのように、多数の海外の研究者が訪れる加速器は他にもあるが、多くの場合は、各国の計画で建設された加速器を使って行われている共同研究である。今回稼働を始めたビームラインは、設計の段階から多数の研究者が参加し、ビームラインに必要なコンポーネントを国際的に分担した珍しい例だ。「苦労したというか困ったと思い出すのは、やはりビームラインにそれぞれが担当した装置を入れるときですね。何度も打ち合わせをしているわけですが、実際にそのとき初めて他との関わりを持つわけです。例えば、自分のところで開発しているときは自分の用意した基準にあわせているので気づかないのですが、現場ではビームが通るところを基準として合わせなければいけない。当たり前と思えることですが、意外とこの手の問題は多かったです。」日本の研究者、エンジニアによる作業の中では、「暗黙の了解」として説明の必要のないようないことも、海外の研究者には通じないことはしばしば。研究所によって流儀が異なるうえ、特殊な道具などを使うこともある。

 
「でも、国際的にやるから、方法の違いがあるのは当然のことで、それほど大きな問題はありません。ATF2の建設期間は約1年でした。ATFのビーム運転も行いながらの作業だったので非常に忙しかったです。みんなでよくやったと思います。」と照沼氏は振り返る。「ATFは国際協力ではありますが、大きな部分はKEKが占めています。これはホストしている以上やむをえないこと。ですから、KEKがイニシアティブを持って、主導していく形じゃないとなかなかうまくいかない」、と語る照沼氏を「厳しいリーダー」だとする関係者も少なくない。「海外の方にとっては合理的な意見と思えることでも、実際にはいくつかの制約の上に立っているのでそうもいかない。これをわかってもらうのは結構大変です。国際協力だからだといっても、できることできないことをはっきり言わないといけません。」

 

 

これから、ILCに必要とされる「ナノメートルレベル」の電子ビームを達成するための調整を段階的に進めるとともに、ビームを診断、維持するための技術開発研究がおこなわれる。