宇宙の神秘を求めて ~村山斉氏インタビュー~

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数物連携宇宙研究機構 機構長・村山斉氏

 

数物連携宇宙研究機構(Institute for the Physics and Mathematics of the Universe:IPMU)は、文部科学省が公募した、日本に基礎科学研究の「目に見える世界拠点」を作ることを目的とした「世界トップレベル国際研究拠点プログラム」として、選定された研究所である。2007年10月に発足したばかりの、IPMUを率いるのが、弱冠44歳の若き理論物理学者、村山斉氏だ。「この研究所の目的は、一言でいえば“宇宙の神秘を理解したい”ということです」。宇宙は何でできているのか、宇宙はどうして始まったのか、運命はこれからどうなるのか、どうしてここに我々がいるのか、それを支配している法則は何か?の5つを研究テーマに、従来の分野の壁を越えた新しい研究組織によって研究を進めていく。「自然科学ですから、まず実験データが必要です。日本は、加速器はもちろん、カミオカンデのような地下実験施設や、すばる望遠鏡といった素晴らしい施設を持っています。これらのデータを活用して、三極から謎の解明に迫って行こう、というわけです」、と村山氏は語る。そして、「数物」の機構名が示すように、その理論的な考証を行っていくのが数学者と物理学者たちである。

 

 

現在の宇宙は、ビッグバンから始まり、膨張し続けている、と考えられている。時間を巻き戻していくと、宇宙は収縮し最後には宇宙創成の姿があらわにされるはずだ。「時間を巻き戻していくと、最後にはぐしゃっとつぶれてしまうのですが、物理学の計算では無限大になり、物理学者はどうしていいかわからなくなってしまうのです。でも、数学者は無限大の扱い方を知っている。物理学者だけではできないことがあるのです」。

 

 

物理学の立場から編み出された数学は数多い。ニュートンは、万有引カの研究をする中で、運動量の変化率を表そうとして「微分学」を、そして、変化率を積み上げて最後にどこに行き着くのかを知るために「積分学」を編み出した。陽電子の存在を予言した物理学者ディラックは、量子力学の定式化のためにデルタ関数という数学概念を編み出した。この関数は、便利に使えて、論理的に破綻しているわけではないのだが、これまで数学的に「関数」の性質として論じていたことが当てはまらない事柄が出てくるもの。そこで数学者は、これは関数とは別のものであるという意味合いを込めて「超関数」と名付けている。一方、純粋に数学者の興味で進んでいたものから物理の理論が生まれたこともある。2008年のノーベル物理学賞を受賞した小林・益川理論で使われている数学「群論」がその一例だ。「群論が何かの役に立つとは最初はだれも思っていなかったのです。このように考えると、数学者と物理学者が一緒に仕事をするということには、大きな意味があると思っています」。しかし、物理学者と数学者。果たしてうまくやっていくことが可能なのであろうか?「もちろん、文化も考え方も違いますから簡単ではない、と考えていました。でも、今のところ、研究所の雰囲気はとても良く、思ったよりもずっとうまくいっています」。

 

 

村山氏とILCの関係は深く、長い。村山氏がILCと関わりを持ったのは、今から18年前のこと。「私の博士論文のテーマが、リニアコライダーだったんです。」当時、米国では、超伝導超大型加速器「SSC」の建設が進んでいた(1993年に計画中止)。「SSCに関しては、すでに様々な物理理論が展開され、議論されていました。リニアコライダーの理論には、まだ人が手をつけていない問題がたくさんありましたし、ちょうど日本の研究コミュニティでは、当時はJLCと呼んでいたのですが、リニアコライダーの機運が高まっているところでした。そこで、このテーマを選んだのです」。しかし村山氏、実はこの論文で落第しかけたという。「当時は、理論と実験はかなり乖離していたんですね。それで、リニアコライダーの計算なんてしているのは理論じゃないと(笑)。私のやっていたことは、理論と実験のちょうど中間のようなことだったので、評価されにくかったのでしょうね。」

 

 

ILCでの実験は、IPMUでの研究とどのように関わってくるのだろうか?「一番期待できることは、宇宙の暗黒物質の解明ですね」。宇宙の約四分の一ほどを占めると考えられている暗黒物質については、研究者の間ですでに80年間くらい議論されているが、その正体は全く不明だ。「暗黒物質の正体解明は、リニアコライダーでなければできません。もうひとつは、質量の起源だと考えられているヒッグス。大型ハドロンコライダー(LHC)で見つかった証拠を証明できるのはILCです。泥臭い計算もたくさんやりましたし、ぜひ実現してほしいですね」。

 

 

IPMUは、「基礎科学研究の世界拠点」構築を目指している。つまり、研究における日本の国際化を目指しているとも言い換えることができる。「研究では、日本人は損をしていると思うんです。海外でいい論文を紹介する時に“日本の論文”といわれることが多い。人の名前、顔が見えていない、つまり、評価されるべき仕事が評価されていないということで、とても残念に思います。その改善に向けて、一翼を担えたら、と思いますね」。仮に日本にILCの国際研究所を建設することになった場合は、IPMUの経験を大きく活かすことができるだろう。設立から一年、一番の苦労は?「実は今、寄付金を募っているんですよ」え、研究資金が足りない?「研究費もそうですが、研究以外に使うことができる資金が足りないのです。たとえば、細かいことなのですが、海外から研究者を呼ぶ場合は、その家族も日本に来ることになります。下見もしないで日本に引っ越すかどうか決めるわけにもいきませんし、子供がいればインターナショナルスクールの面接もある。でも正式に採用していない研究者の家族ですから、旅費すら出すことができないのです」。さらに、IPMUは10年の期限付きプロジェクト。期限が切れて、研究者が日本から離れてしまっては元も子もない。「彼らを引き留めるために、給与に充てる資金も今から準備しておかなければいけないわけです※」。ILCがIPMUから学ぶことは多そうだ。
※詳しい寄付に関する情報はhttp://www.ipmu.jp/jp/news/081212news.html