研究者グループの「意思表示」~測定器趣意書提出~

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4th測定器の概念図

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ILD測定器の概念図

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SiD測定器の概念図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

17世紀、ガリレオが「地動説」という、常識を覆す発見をした当時の最先端技術「望遠鏡」。病原菌を発見し、物質の構造やしくみを解明して、私たちの暮ら しを大きく変えてきた装置「顕微鏡」。遥か宇宙の超新星爆発で生まれたニュートリノをとらえ、物理学に新境地を開いたカミオカンデ-高精度な「測定器」と いう道具が捉えた現象は、新しい考え方や概念を次々と生みだしてきた。国際リニアコライダー(ILC)の実験でも重要な役割を担う測定器。その開発に向 け、研究者グループがひとつのマイルストーンを達成した。「測定器趣意書」の提出である。
加速器実験における測定器の役割は、目に見えない微細な粒子の衝突現象を捉えることだ。いくら素晴らしい性能の加速器で精度の高い素粒子の衝突を実現させ たとしても、その衝突現象を正確に捉えることができなければ、新しい発見には結びつかない。素粒子物理研究を進めるための両輪となるのが、加速器と測定器 なのだ。ILCは、素粒子である電子と陽電子を衝突させる加速器。陽子などの内部に構造を持つ複合粒子同士を衝突する時に比べて、そこから生じる衝突現象 は格段にクリーンであり、高い感度と分解能を実現することが出来る。そのため、例えば、昨年稼働した世界最大の加速器大型ハドロンコライダー(LHC)で は、その発見が期待されているヒッグス粒子の検出に、約1年間の稼働期間を要すると考えられているのだが、ILCでは約1日と遥かに短い。つまり、ILCの測定器はそのような高感度・高分解能を実現するように開発されなければならないというわけで、要求される性能は非常に高度だ。

 

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リサーチ・ディレクター山田作衛氏

測定器趣意書とは、測定器概念の詳細な解説、様々なサブ測定器、シミュレーション結果、ハードウェアや技術など、多岐にわたる膨大な資料がまとめられた文書で、いわば測定器開発グループの「このような測定器が作りたい」という最初の公式な意思表示。今回、趣意書を提出したのは、「ILD」「SiD」「4th」と呼ばれる3つの測定器概念研究グループだ。「3つのグループが、締切日を遵守して趣意書を提出したこと、また非常に質の高い内容だったことは注目すべきことです。ただし、ページ制限は守られませんでしたが(笑)」と語るのは世界のILC測定器開発を統括する物理・測定器責任者(リサーチ・ディレクター)の山田作衛氏。測定器趣意書の“提出先”である。提出された趣意書については、国際測定器諮問委員会(IDAG)による評価プロセスがすでに開始されている。通常の測定器開発プロセスでは、趣意書が提出されると、提出先の研究所の委員会等の審査を経て、最適な測定器設計の選択へと至る。例えば、3つの趣意書が審査され、実際に開発される1つが選択されるというかたちだ。その後、概念設計、工学設計へと続く。直線型加速器のILCのビーム衝突点は1つ。2005年に定められたILCのベースライン設計では、「プッシュ・プル機構」と呼ばれる方式で2台の相補的な機能を持つ測定器をビーム衝突点で交替させ、それぞれデータ取得することが計画されている。つまりILC測定器は多くても2台、ということになる。しかし、今回の趣意書提出は、実際に開発する測定器概念2つを選択するのではなく、「認証」がなされるという。認証とはどういうことか。「『認証』は、各趣意書の物理目的、技術的選択、そして実現可能性と能力について詳しく吟味することを意味します。『認証された趣意書』とは、これらについて十分な水準を満たしていること、結果、そのR&D及び研究が継続されるべきこと、を意味するものです」と山田氏は語る。

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ILDグループ測定器趣意書共同代表者・杉本康博氏

「ILD」「SiD」「4th」どのグループも国際協力で研究が進められているが、日本人研究者が最も多く参加しているのがILD(InternationalLargeDetector)。高エネルギー加速器研究機構(KEK)の杉本康博氏は、ILDグループの測定器趣意書の2名の共同代表者のうちの一人だ。ILDは、もともとGLDとLDCという2つのグループが1つにまとまったグループであり、人数も多い。「もともと違いのあったものを一つにするのが大変でした。最終的に趣意書に書くべきデザインができたのが10月。そこから、一つの決まったデザインをもとに、半年でシミュレーションを行いました。シミュレーションをしたデータを解析して趣意書を3月末までに書き上げるというスケジュールはとても厳しいものでした」と杉本氏は語る。趣意書をまとめる際に、特にシミュレーションに関しては、若いポスドク(博士研究員)や学生が非常に頑張ったという。「彼らなしではできませんでしたね」(杉本氏)。
「趣意書の提出はゴールではなくて、これがスタート。詳細設計書の作成にむけて活動は続きます。ゆっくりしている暇はありません」と語る杉本氏。趣意書の認証は、今年10月に米アルバカーキで開催されるILCの国際会議で提示される予定だ。認証されたグループは、測定器設計に磨きをかけ、確固たるものとし、2012年に測定器設計を完成させる。この時点で加速器の国際共同設計チーム(GDE)は、ILC設計を完成する予定だ。加速器と測定器の開発が足並みをそろえて行われているのだ。