子どもたちに科学の目を

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KEKのホームページで連載中のマンガ「カソクキッズ」  http://www.kek.jp/kids/comic/index.html

日本が世界に誇る文化のひとつ、マンガ。このマンガを通じて、楽しくしかも教育的なやり方で、子どもや科学と関わりの薄い大人に素粒子物理を紹介しようという取り組みが高エネルギー加速器研究機構(KEK)で進んでいる。その名も「カソクキッズ」。ほぼ毎月更新される連載マンガだ。イントロダクションとなる第0章は、こんなふうに始まる。 ̶夏休みの自由研究で「宇宙の謎を解きあかす」というとんでもないテーマを選んだ少年「じん」は、空想好きの女の子「ぽに」、SF好きの「めが」、不思議なマイペース少女の「たま」らと共に、「KEK」を訪れる。そこで出会った研究者に導かれ、宇宙の謎を探るカソクキッズの冒険(?)が始まる…。

 
カソクキッズ連載開始のねらいは、素粒子物理学や加速器を知る「きっかけ」づくりだ。「物理や素粒子と聞いただけで、敬遠してしまう人が多いですね。科学は好きでも、素粒子物理になるとちょっと・・と言う人もいます」と語るのは、KEKの藤本順平氏。サイエンスカフェ、見学対応など、様々なかたちでアウトリーチ活動に活躍している研究者だ。「でも、一度でも説明する機会があると、だんぜん興味を持ってくれる人が増える。つまり、知るきっかけ、触れるきっかけを提供することが大切なのだと気がついたのです」。そこで、マンガというメディアを使うというアイディアに至る。

 
最近は、ダイエット食品、化粧品などの広告から、裁判員制度の解説や振り込め詐欺対策まで、様々な分野の広告、広報活動にマンガが使われている。なぜだろう?マンガが大人から子どもまで、広い年齢層に受入れられやすいという日本の風土もあるだろう。しかし、特筆すべきはその情報伝達力だ。高月義照東海大学教授の行った実験授業で、同じ内容のマンガと小説を2グループにわけた生徒に読ませた。それぞれ読み終わるまでにかかった時間を比較したところ、マンガは約10分、小説は30~40分という結果であった。その後、内容理解度を調べるためにテストを行ったところ、小説グループが86点で、マンガグループの71点を上回ったという。つまり、マンガは短時間でおおまかな情報を伝達する能力に優れたメディアだということができるだろう。KEKが期待したのも、この情報伝達力だ。そして伝えようとしたのは「物理の楽しさ」。物理を“教える”のではなく、その面白さに気づいて欲しいと考えたのである。

 
KEKから制作を請け負っているのは、うるの拓也氏。広告や広報専門のマンガ家である。うるの氏はカソクキッズ制作について、「WEBサイトに限らず、日本の子供教育向けコンテンツには、教える、解説する、ということにとらわれ過ぎて、エンターテイメントを感じさせて引き込む、という視点の作品があまりありません。今回の仕事では、KEKの理解を得て、「子供たちに科学の目を開いてあげるにはどうすればいいか」という、本質的な部分を意識して担当しています。これは、本当に幸せで名誉なことだと思います」と語る。「日本におけるマンガ文化は、日本独特の形態になっていると思います。多くのマンガは連載という形式で、連続して読み続けるようになっており、日本人の多くはそれを読みながらマンガの表現手法を理解していきます」(うるの氏)。例えば、顔に縦線を入れれば「ゾッとしている」、頭や顔に汗の絵を入れると「焦っている」といった具合に、表情、ポーズ、セリフに日本マンガの「お約束」的な表現を組み合わせることで、複雑な心理を伝えることができるというわけだ。これが、伝達できる情報量の多さにもつながっている。「マンガの表現ルールを覚えた人々は、それを日常生活のコミュニケーションにも応用するような部分があります。ボディランゲージや会話に漫画的な表現を組み入れることで、一度に多くの情報を伝えたり、言葉にしにくい気持ちを伝えたりするわけです」。

 
コミュニケーションツールとしての地位を確実に築き始めているマンガ。そして、そのスタイルは海外でも、受け入れられている。うるの氏はハワイ、韓国、欧州などで利用する広告マンガも手掛けているが、各国向けにアレンジしたりしないという。「日本のタッチ、作風、演出が求められているからこそ、私の出番があるわけですから」。カソクキッズの取り組みは、海外の研究所からも注目を浴びている。うるの氏は、米フェルミ国立加速器研究所とスラック国立研究所の合同広報誌であるSymmetry Magazine8月号の表紙用マンガを依頼されたのだ。「KEKは世界的な研究機関であり、このウェブサイトでも、私は世界をちゃんと意識しているつもりです。ですが、日本独自の作風を変えようとは思いません。自国の文化に誇りを持ってこそ、他国も認めてくれると思っています」。

 
昨年12月から連載を開始したカソクキッズは、現在第7話「目に見えない世界を知ろう~後編」まで進んでおり、20話で完結予定。今後カソクキッズたちは、小林、益川両博士のノーベル賞受賞理由「CP対称性の破れ」にも挑戦するという。