ILC のある街「国際科学研究都市」

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国際科学研究都市のイメージ図。©K.Mori&K.Hayakawa

国際リニアコライダー(ILC)ができるといったい何が起きるのだろう?宇宙の謎の解明が進む。今までの常識がひっくり返るような発見が期待できる。そして数多くのノーベル賞科学者たちがそこから生まれる — 学問の世界で、何かすごいことが起きるのはなんとなくわかるのだが、今ひとつピンと来ない。そんな人のために、岩手県奥州市で行われた講演会で、ILCが建設され運用される街「国際科学研究都市」はいったいどんな街になるのか、野村総合研究所の北村倫夫氏と野村アグリプランニング&アドバイザリー株式会社の石井良一氏が発表した。今回のスタディは講演のためにおこなわれた暫定的なもので「あくまで『たたき台』。イメージをつかんで頂くためのもので、裏付けがあるものではありません」と北村氏。しかし、目に見える具体的な例示は、ILCをぐっと現実的なものにした。

ILCの建設地は、研究所を中核とする「国際科学研究都市」になる。世界にはこの「国際科学研究都市」と定義できる都市が数多く存在している。これらの都市は、都市形成の初期要因や研究・産業分野、ネットワークや空間の広がりなどから分類することができる。例えば、高エネルギー加速器研究機構(KEK)のある筑波研究学園都市は「国家政策型」。国の特別な政策によって形成された都市だ。神戸市では、先端医療関連産業の集積を図る「神戸医療産業都市構想」が推進されている。これは、医療分野に特化した都市づくり。空間的な広がりから見ると、台湾の新竹のような数百ヘクタール規模のコンパクトな「特定地区型」から、数千〜数万ヘクタールの「広域エリア型」(仏ソフィア・アンティポリス等)、数十万ヘクタールに及ぶ「圏域型」(米サインディエゴ等)に分類できる。また、R&Dや生産・市場等のネットワーク際的か、または国内にとどまるものか、という分類指標もある。

北村氏によると「ILC国際科学研究都市」のタイプは、初期形成要因からは「誘致型」、中核主体としては「国研+大学型」、研究・産業分野からみると「融合分野型」、空間的な広がりとしては「広域エリア型」、そして連携ネットワークの広がりからは「グローバル連携型」に分類されるという。これは計画初期には、県や地域が中心となって、研究所や大学、企業等を誘致してクラスター形成が行われるということ。「ILCは巨大プロジェクトですから、当然『国策型』という側面もあります。とはいえ、誘致する地域の理解や熱意が重要になるでしょう」と北村氏は言う。中核となる研究所はもちろん国際研究機関であるILCだ。周囲には、関連する国内外の研究所や大学の出先センターが集積すると考えられる。ILCで行われる研究は基礎科学だ。そのため必ずしも研究成果がすぐに産業に結びつくわけではない。しかし「ILC建設のためには高度土木建築技術はもちろんのこと、表面処理技術や精密加工技術などの先端技術が必要になります。それらを提供する国内外の企業の拠点の集積も考えられます」。さらに、加速器を使った医療技術などの研究が行われる可能性もある。研究者や企業の技術者等が世界中から集まり、その活動は間違いなくグローバルなものになるだろう。「初期段階では、数百ヘクタール規模で活動が進むと思われますが、最終的には筑波研究学園都市レベルの規模になる可能性があります」(北村氏)。

「ILC国際科学研究都市」はまた、世界から集まった研究者や技術者、そしてその家族が居住し、生活する場所でもある。それらの人々が快適かつ安全に暮らすことができるような社会インフラや生活サービスの充実は、必須条件となる。国際空港との移動の利便性向上や道路等交通ネットワークの整備はもちろん、最新の情報通信ネットワーク基盤は、生活にも研究にも欠かせないものとなる。外国人仕様の住宅や宿泊施設、多言語対応の医療モールやインターナショナルスクールの整備、行政手続きのワンストップサービスの提供、文化や生活慣習の違いに対応するための支援体制の準備も必要だ。さらにパーソナルなサービスとしては、各国のニュースやテレビ番組等の外国語のメディアコンテンツの提供や多様な宗教に対応する礼拝環境の整備など、配慮すべき点は数知れない。

最後に、北村氏はILCの経済効果について「都市建設が始まって初期10年間に、直接経済効果と経済波及効果を合わせて約5兆2000億円」との見方を示した。ただし、この数値は「あくまでもイメージ」。正確な数字を算出するにはより精緻な調査が必要だと釘を刺した。

北村氏は「国際科学研究都市の形成には、ビジョンと戦略、そして実行に移す計画が必要」と言う。大きな予算を必要とするILCのようなプロジェクトの実現には、言うまでもなく国民の理解が必要だ。「ILCの国内外への広報活動を進めるためにも、国際科学研究都市を形成するビジョンと計画の早急な策定が求められると思います」。また、石井氏は「しっかりとした戦略をもって都市開発をすれば、ILCのある都市は、住環境と先端科学の融合した『ライフスタイルの理想像』を実現できるかもしれません」と語った。